CubとSRと

ただの日記

つくり続ける

2023年10月13日 | 心の持ち様
 「麻生総理、自分がマンガ好きなもんだから、『国立マンガ喫茶』をつくろうとしている」みたいな新聞記事が書かれ、「国立メディア芸術センター」創設は中止に追い込まれ、もう十五年にもなる。所蔵品となる予定だったという大量の原画は、あの放火事件で灰燼に帰したのだ、とか。
 そして「マンガ喫茶」と批判し嘲笑した鳩山氏の民主党政権になり、3年が過ぎてまた自民党政権になって・・・。

 今、日本のアニメやその元となる多くの漫画が世界中に発信されて人気になっていることは、七十が八十の年寄りだって知っている。「お・も・て・な・し」が日本の特性みたいに言われるようになって随分になる。
 すっかり「観光立国」の二大柱が「マンガ・アニメ」と「おもてなし」。

 でも、これ、どちらも外国を意識してやってきたことじゃないでしょ?
 元々、意識せずにやっていたことです。特性なんかじゃない。人々のために良かれと思って「つくってきたこと」です。

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 「まず、『真の日本人』をめざす」

  以前の日記に
「我々には思いやりの心がある。これは他国にはないものなんだから、これを持っていることを誇りに」、というようなことを書きました。
 そして「背中で教えること」をやろう、と書いたんですが、じゃ、具体的にどうするかと言うと、日常のマナーだ、と。(ルールではなく)

 そうしたら、或る人から
「うしなってはいけないモノと、対抗せねばならない術」
というコメントがありました。的確な指摘です。
「日本人には、思いやりの心がある。これは確かに失ってはならない。しかし、現実問題、それが他国の人に得心どころか理解さえされない以上、日本をつぶされないようにするための何らかの手段を持たなければ、画餅に終わるのではないか。(マナーだけではあまりに頼りない。感化する前に日本は消滅する)」
 実際、火の手は上がっている。燃え盛る火はそこまで来ている。それなのに、今頃、消火栓の修理をしていてどうするのだ。やけどをしてしまうかもしれないけど、服でたたき、素足で踏みつけてでも、火の手をおさえなければ死んでしまうじゃないか。

 「戦いに完勝(まるがち)はない」、と言います。無条件降伏したと教えられた昭和20年の敗戦。しかし、GHQがつぶそうとした皇室は残っています。新年の宮中参賀は、陛下の御健康を、と7回から5回に回数を減らしたにもかかわらず、例年を上まわる参加者(8万前後)だったとか。
        (略)
 焦る気持ちはあるけれど、今、我々にできることは、周囲に真実を伝えることと同時に、自身の「日本人としての特性を高めること」、ではないのでしょうか。
 学生なら、背筋を正して授業を受け、会社員なら、誠実に業務に当たる。公務員なら公僕の意識を以って丁寧な話し方を心掛ける。
 昭和20年までの日本人には当たり前のことでした。
 
 国を憂い、先祖、先達、先輩を敬うならば、まず、昭和20年までの日本人の、それだけの力をつけねばならないのではないか。
 勿論、当時の日本人にだってくだらない人は一杯いたでしょう。でも、そんなのを引き合いに出したって、何も解決はしないのです。
 今は我々が好きな、この日本をつくって下さった先人に一歩でも近付く努力をしなければならない、と思うのです。それが国家再建の主動力になるべきです。

 常に意識して背筋を伸ばす。真正面を見て歩き、真正面を見て話す。
 まずは形から、です。
 茶道の作法、武術の型などは、真面目に、きちんとやるのが当たり前だけど、神社での参拝作法はいい加減でも、と思っている人。
 
 「形ではない。要は心だ」。とんでもない。
 戦後教育の間違いは
「子供は天才だ、純真無垢の心以上のものはない」
としてきたところにあります。
 では、何のために人は色々な修行をするのですか。「見えない(見得ない)」ことをいいことに、「最初から最高の心を持っている」なんて何故言える。
 
 「こころは見えない」から、まず「見える形」をつくるんです。形をつくる努力をしていくうちに、中の心が見えて来るんです。武術の型をつくるうちにその武術の境地が、茶道の作法通りの身捌きが接待(思い遣り)の心を、となるように、神社での参拝の作法が「神ながら」の心を教えて(気づかせて)くれるんです。
 
 ならば、「日常で、日本人の心をつくる」には上記の方法が一番、となりませんか。
 日本は素晴らしい国です。けれど、その国を支え、発展させる日本人は、決して「生まれながらに」素晴らしいんじゃありません。我々の先祖、先達、先輩が、全世界が驚くような努力を重ねて「素晴らしい日本人」になったように、我々も「ならなければ」ならない、と思うのです。
 そして、それは、日本に生まれた者になら、誰にだってできる。  

              2010.01/13 (Wed)
コメント
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