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一体俺たち人類は何をしているんだ。
人間が暴力的になったのは、農業や牧畜が登場して定住するようになって、土地に価値ができ、その占有権をめぐって集団間に争いが生じ、暮しをある範囲に限定する境界が引かれてからである。
そして現代の暴力は、人々の急激な移動とインターネットなどによるコミュニケーション革命によって、集団間の境界が消滅し、人々が堅持していたアイデンティティが崩壊の中で起こっている。
自分が誰であるかという大きな不安に駆られ、親族のきずなさえも感じられなくなった人々が、独りよがりの幻想によって親しい仲間を蹂躙する。
産業はそれまで家畜の力で頼ってきた人間の暮らしを、人工の動力によって拡大することに成功した。しかし、同時に自然の時間を人工的な時間に変える役割を果たした。農村で季節の変化に従って生きてきた人々は、工場が立ち並ぶ都市に集められ、管理された時間に従って生産性や効率を高めることに精を出すようになった。その結果自然界にない製品を作り出せるようになり、支配層だけではなく一般の人々も過剰に物を欲するようになった。それが無限の経済成長を信じる思想を育て、海外へ進出して領土を広げ、自国にはない産物を略奪する行為を正当化した。大航海時代と植民地主義はこうして始まり、人々を生まれ育ちや外見で差別する考えは今でも欧米社会に根深い。
アメリカファースト、なんて悪夢ような時代に逆戻りだ・・・地球環境が限界に達した今、これまでの人間の足跡を検証し、正しい社会へと導かねばならない。過去の間違いを認めて、管理された時間から心身を開放し、自然の時間に沿った暮らしをデザインする。所有を減らし、シェアと共有を増やして共助の社会を目指すべきである。
いたずらに武力を強化して、再び戦争の道を歩むことだけはけっしてあってはならない。
「争いばかりの人間たちへ ゴリラの国から」 山極寿一
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