私は宮澤賢治が大好きで、独身の頃からもし子どもが生まれたら
宮澤賢治の童話を読んであげたいと、賢治の全集をそろえて
いました。
でも、いざ子どもに読んであげようと思ったら、あまりに
難しくて、賢治の世界を伝えられないと断念してしまいました。
今まで一度だけ人前で読んだのは、「ひかりの素足」という童話の
前半だけです。
それでもやっぱり賢治の作品を語りたくて、再び読みだしています。
以前は賢治の想像力はすごい!と思っていましたが、想像の世界に
しては、あまりに骨格がしっかりしていて、もしかしたらこれは
賢治には見えていたし、聞こえていたのではないだろうかと
思えるのです。
鳥の声にも、風の音の中にも、賢治には聴こえているものが
あったのでは…
宮澤賢治という人を貫いているものは「私はあなたであり
あなたは私であり、すべての人はつながっている」という
意識のようです。
このことを知った時、初女先生のおばあさんがよく言っていた
という「他人におこることは、自分にもおこる」という言葉を
思い出しました。
法華経に帰依する賢治の意識とぴったり重なるというものでは
ないかもしれませんが、なぜか私の中では繋がって感じたのです。
賢治は「人間も自然の一部である」と考えていたようです。
きっと初女先生もそうではないかしら…
有名な「雨ニモマケズ」の詩の中の
東二病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ
この詩のここを読むと、初女先生を思い出します。
この「行ッテ」という言葉は、賢治の生涯を象徴する大切な
言葉だそうです。
私には、それが初女先生の行動に繋がるのです。
賢治が花巻農学校の教諭になった年に、初女先生が生まれました。
賢治と同じ時代を初女先生も生きて来たのですね。
同じ東北の地で…
宮澤賢治の童話を読んであげたいと、賢治の全集をそろえて
いました。
でも、いざ子どもに読んであげようと思ったら、あまりに
難しくて、賢治の世界を伝えられないと断念してしまいました。
今まで一度だけ人前で読んだのは、「ひかりの素足」という童話の
前半だけです。
それでもやっぱり賢治の作品を語りたくて、再び読みだしています。
以前は賢治の想像力はすごい!と思っていましたが、想像の世界に
しては、あまりに骨格がしっかりしていて、もしかしたらこれは
賢治には見えていたし、聞こえていたのではないだろうかと
思えるのです。
鳥の声にも、風の音の中にも、賢治には聴こえているものが
あったのでは…
宮澤賢治という人を貫いているものは「私はあなたであり
あなたは私であり、すべての人はつながっている」という
意識のようです。
このことを知った時、初女先生のおばあさんがよく言っていた
という「他人におこることは、自分にもおこる」という言葉を
思い出しました。
法華経に帰依する賢治の意識とぴったり重なるというものでは
ないかもしれませんが、なぜか私の中では繋がって感じたのです。
賢治は「人間も自然の一部である」と考えていたようです。
きっと初女先生もそうではないかしら…
有名な「雨ニモマケズ」の詩の中の
東二病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ
西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南ニ死ニソウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ
この詩のここを読むと、初女先生を思い出します。
この「行ッテ」という言葉は、賢治の生涯を象徴する大切な
言葉だそうです。
私には、それが初女先生の行動に繋がるのです。
賢治が花巻農学校の教諭になった年に、初女先生が生まれました。
賢治と同じ時代を初女先生も生きて来たのですね。
同じ東北の地で…