ツゲ Buxus microphylla var. japonica
これは昔のある知り合いの話。彼女はそのころ、恋の真っただ中にいました。相手の人も良い感じの人でしたが、問題なのは、彼にはもう妻子があったということ。まあ、彼女の人生ですから、私がとやかく口出しすることもできなかったのですが。
正直、私は、やんわりと注意はしたのです。そはれはどこかおかしいのではないかと。けれど彼女の心には伝わりませんでした。彼女はもう自分の心しか見えなくなっていました。自分の行動を論理的に正当化するために、彼女は人の助言や本に書いてあったことを、身勝手に曲げて解釈していました。人はこうと思い込むと、黒いカラスも白く見えることがあるもの。そして、一度や二度は誤ってみないと、本当のことはわからないもの。
泉の精のおとぎ話を思い出します。きこりが泉に斧を落とすと、美しい泉の精が出てきて、あなたの落としたのはこの金の斧ですか、それとも鉄の斧ですか、と問う。そういう選択を迫られる時が、人生にはよくあります。さあ、あなたはどちらの幸せをとりますか? 自分だけの幸せ? それとも、もっと多くの人達との、もっと大きな幸せ?
目先の利や幼稚なプライドに振り回されて、答えを間違えると、何もかも失いかねないよという教訓なのですが、昔も今も、この手の人生の課題でつまずく人は多いんですね。その彼女は、最後まで我を通して、恋した彼を妻子から奪って結婚しましたが、そのために多くの友情や愛情を失いました。そして今は、その彼に病気で先立たれ、子供を抱えて苦しい背活をしていると風のうわさに聞いています。たくさんの人を傷つけて我を通したそのツケが、今回ってきたのです。
もちろん、そこで人生は終わりではありません。神様は、どん底からの人生のやり直し方も、ちゃんと用意してくださっている。それは、とても大変な道ですけど。
ツゲは、黄楊。ツゲ科ツゲ属の常緑低木。地味で花も実も目立たず大木にもならぬその木の花言葉は、「禁欲」、あるいは「淡白」。詩はあるお庭の小さなツゲの木を見ながら思いつきました。花言葉などは事前に調べたわけではなかったのですが、この小さな符合はちょっとおもしろいなと思いました。
(2005年11月花詩集30号)