先日のことです。
遠い昔の、辛い思い出のある場所を、ふとした偶然から再び訪れるという出来事がありました。
子供の頃、何も知らぬまま、見捨てられた心を自ら傷つけ続けていた、そんな日々があった場所でした。
住む人のみが変わって、建物は変わらぬまま。でも周囲の風景は、すっかり変わっていました。
じめじめした陰気な場所だと思っていた竹藪はなくなって、小ぎれいな家々の並ぶ小道に変わっていました。広々としていた畑には、いくつもの家が点々と並んでいました。お化けの出てきそうな古い神社は、建て直され、参道もきれいに整備されて、清々しい広場に変わっていました。
そして、見上げると、いつも黄昏のように暗かった記憶の数々を、ぬぐいさるようにきれいな、あきれるほど澄んだ青空。
なんてことだろう。
思い出は、何も浮かんで来ないのです。涙さえも出ないのです。ビニールのきれっぱしのような薄っぺらな記憶が、一つ流れて消えただけ。あれほど辛かった日々の痕跡は、嘘のように消えていました。
変わったのは、私なのか、風景なのか。
それとも社の木々をなであげる風が、記憶をみんなさらっていってしまったのか……。
瑠璃色の秋空は、想いを吸い上げるばかり。ただどこかから、甘くしょっぱい高まりが、静かに胸に押し寄せてくるのです。
ああもう、引きずっていなくていいのだ。あれは終わったことなのだ。夢の向こうに消えたことなのだ……。
どんな恨みつらみもいつかはみんな、こんなふうに風が食べてくれるのでしょうか。どんなことがあっても、人はいつか、みんなわかりあえるのでしょうか。
まるで、何度も水にさらされて得た金の一粒のように、小さな昔の自分は、私の胸の中で微かな痛みとなって、今も生きています。
(1997年11月ちこり11号、編集後記)