リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

フェイクコラムその後2

2017年03月12日 12時20分08秒 | 音楽系
某経済新聞のコラムの間違い問題、二回問合せをいたしまして、


 ご指摘誠にありがとうございます。貴重なご意見を再度頂き感謝申し上げます。ご意見は担当部にお伝え致します。今後もご愛読をよろしくお願い致します。

というご返事を頂きました。「ご意見は担当部にお伝え致します」というのは伝えるだけで善処はしない、ということだったんですねぇ。ってどうせそうだとは思っていましたよ。(笑)

件の新聞は記事のクオリティがとても高いので、このことで購買をしないということは致しませんが、いい新聞だけに今回の件はとても残念です。描かれているのは4コースのルネサンス・ギターだという推測は当てはまりませんでした。バロック・ギターのようです。という旨の修正記事を1、2行かけば済むことですのに。



上はヘッドの部分を切り取ったものですが、ここのペグが10本ありますのでこの楽器はいうまでもなく10弦5コースのバロック・ギターです。それに仮にこの「少女」の家の蔵にルネサンス・ギターが残っていたとしても、画家は当時大流行していたバロック・リュートをさしおいてわざわざルネサンス・ギターを少女に持たせることはないでしょう。



この絵は、フェルメールの時代から少しあと、18世紀初頭にアントワーヌ・ヴァトーが描いた絵です。描かれている楽器はバロック・ギターです。この時期を過ぎるとバロック・ギターはだんだん衰退していきます。バロック・ギターは17世紀第2四半期頃から18世紀2四半期頃にいたる約100年間、フランス、フランドル、イタリア、スペインで抜群の人気を誇った楽器です。

件の新聞社は訂正記事を書きたかったのかも知れませんが、著者の評論家先生がそれを拒んだのかもしれません。単なる推測ですが。知らないことを適当に書いてしまうのはいけません。もし絵の中の楽器がどういうものか詳しく分からなければ、専門家に聞いて記事を書けばいいのです。ましてや指摘されたからといってひらきなおるようではもっといけません。

リュート奏者はリュートの絵を見ると、何コースの楽器だろう、どういう音が出ているのかなど、反射的にいろいろ探ろうとします。例えば、次の絵は有名なフランスのリュート奏者シャルル・ムートンを描いた版画ですが、(これの原画がルーブルにあるそうです)この11コースの楽器はどういう弦が張られているのだろうとか、右手のタッチや弾弦位置あるいはフレッティング(テンペラメント)がとても気になります。さらに左手でどういう音を押さえているか、これは実はすぐに分かります。





ムートンが押さえている弦をはじくと上のような和音がでます。ハ長調の和音ですね。可能性としてはさらに1コースのソや5コースのミも弾くかもしれません。小指が2コースファ♯を押さえている感じにも見えますが、この手のフォームでファ♯を入れることは普通はないです。リュート奏者(ギター奏者もたぶんそうでしょうけど)左手を見ていると音を聞くまでもなくどういう調でどんな音を出そうとしているのかはわかるものです。



上のフェルメールの絵は、以前にも当ブログで読み解きを行いましたが、絵画中の少女の右手が触れている弦と左手で触っているペグにつながっている弦が異なることから、この絵の瞬間は調弦をしているわけではない、ということを解き明かしました。でもこれは別に絵を何度もみて考えて出た結論では無く、演奏している側からするとすぐにわかることです。この絵はここから読み解きを始めるべきですね。まぁリュートのことでわからんかことはリュート奏者に聞いて下さい。餅は餅屋です。