リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

ローデドナイルガットその2

2017年06月08日 09時08分29秒 | 音楽系
ローデドナイルガット弦を張って3週間目になりました。

先週からは湿度、温度対策上、このような弦の組み合わせにしています。



13~6のバス弦、5コースにローデドナイルガット、13~6のオクターブ弦、3,2コースにナイルガット、4コースはカーボン、1コースはナイロンです。

4コースのカーボンは手持ちの弦がなかったので張っているだけで、積極的な選択ではありません。4コースにもローデドナイルガットを張りたいところです。全体のスキームとしてはローデドナイルガット(CD)とナイルガット(NG)の2種類です。たとえ音色的によくても安定性を考えると弦の素材の種類があまり増えるのは好ましくありません。1コースもナイルガットという選択は可能ですが、細いNG弦(NG42とかNG44)はとても切れやすく怖いのでナイロン(.44)にしています。

細いガット弦は使っているとすぐに切れますが(1日や2日という意味ではありません。もう少しは保ちます)、実は予兆もなく突然切れる訳ではありません。切れるな、という時期は明確にわかります。ところが細いナイルガットは突然プツンと切れます。体験的には、NG48以上であれば大丈夫ですが、NG44以下だと何度も突然のプッツンを経験したことがあります。アキーラではそのことを認識をしているのですが、ナットの削り方のせいにしています。でも細いNG弦で次の実験をしてみてください。

弦を写真のように、一重の結び目ができるようにして下さい。そしてその両端を滑らないように両手で左右にひっぱってみてください。(手が痛くなるかも知れませんので、革手袋などをするといいでしょう)



この実験をすると、NG44以下の細いナイルガットはいとも簡単にきれてしまいます。でも他のどんな素材でもどんなに細くても手で引っ張るくらいで切れることはありません。細いナイルガットはブリッジとかペグの結び目のところで切れやすいという特質を持った素材なのです。ですからどうしてもナイルガットの音がいいという方は、そういった特質を理解した上で、慎重に扱い「覚悟」して使うべきです。

さてCD弦ですが、とても安定度の高い弦です。張って1,2日もすれば安定期に入ります。湿度の影響は受けないですし、温度変化に対しても最近の気候の中ではとても安定しています。同時期に張った4コースのカーボンよりはずっと安定しています。ちなみに4、5コースにNGを張るのも音色バランス的には可能ですが、太いNGは温度変化に敏感かつ他の素材に対して音程的に逆の方向の変化を致しますので、扱いづらいです。その意味では、11~13コースのオクターブ弦も「太いNG」になりますので、同じ問題を持っています。4、5コースにNGを張ると扱いづらい弦が7本になりますが、11~13コースのオクターブ弦だけにすれば、3本で済むのでずっとマシ、という選択です。

CD弦は音の減衰時間がオクターブ弦や他のコースの弦とほぼ同じですし、音色も必要な程度に明確です。巻き弦のように減衰時間が長すぎるということもありませんし、太いガット弦(キャットラインタイプも含む)やカーボン弦みたいに太さによっては音が不明瞭になるということもありません。お値段もそこそこだし、いろんな点を総合すると今後暫くはバロック・リュートのバス、ミドルレンジ用の弦の主流になるのではないでしょうか。

ただ今回使用した中で、精度のよくない弦も何本かあったのが気になるところ。それからCD125がペグボックスあたりで切れてしまったことです。その弦を上述の一重結びして左右に引っ張ってみますと、あっさりプッツンときれます。これはひょっとしてCD弦はNG弦の細いのと同じ特性を持つのではと心配になり、それより細いCD弦でも同様の実験をしてみましたが、切れることはありませんでした。その弦に限って現象だったのでしょうか。

CD弦はとても柔らかい素材です。張る前はこんなに柔らかな素材で弦として使えるのかと思った程です。でもこの素材はあるポイントまではよく伸びるが、そこからはパッタリと伸びなくなるといった感じの素材のようです。この特質のためペグに巻く分が他の素材よりずっと多くなり、上手く巻かないと巻きしろがなくなってしまいますので注意が必要です。またこの伸びやすいという特質のため、ペグの回転と音程の上下があまりリンクせず(特にネックが折れているバロック・リュートの5~8コースあたり)調弦に他の素材とは異なるコツがいります。

以上CD弦についてまとめてみますと:

1)音程はとても安定しており、環境の影響を受けにくい。
2)音の減衰時間は長くもなく短くもなく程よい。
3)音色は必要な程度に明確。
4)価格はそれほど高くはない。
5)製造上の精度にやや問題あり。
6)調弦にコツが必要。

1)や5)については今後使用していく中でもっと細かいことが分かってくることでしょうけど、しばらくはこのパターンの弦を新しい楽器で使っていくつもりです。それから、湿度が下がってくる季節だと、ここで紹介したスキームのNG弦とナイロン弦の替わりにガット弦を使うという選択肢があります。実は先週まではこの組み合わせで使っていましたが、とてもいいバランスです。

ガット弦を張らなければリュートではないという、誰かが言ったことを鵜呑みにするのではなく、合成樹脂弦も含めてガット弦も弦の素材のひとつとして捉え、現状で入手可能なもので一番いいものを選択すべきではないでしょうか。ここ数年来細いプレーンガットはそこそこ実用的になってきましたが、バス弦に関しては少なくともヴァイスが満足していたような弦のレベルに達しているものはまだないのが現状だという事実を知っておくべきです。世界の多くの演奏家達が録音も含めてオールガット(現在得られるオールガットという意味です。私は決して本来の「オールガット」を否定しているわけではありません)で運用していないということが何よりそれを物語っています。今回の話題はガット弦ではなくCD弦ですので、この話はこのくらいで。