えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

「私の一番嫌いな『お花見』」

2014年04月12日 | コラム
三月三十日を境に全ての梅が伐採される青梅の吉野梅郷「梅の公園」の連休の最後は二月の寒さが響いたか正面玄関口の花は五分咲き、日当たりが幸いして見ごろを迎えた東口の斜面を吹く風はほのかに甘い涼やかな香りを乗せて、鼻腔を柔らかく撫でるように吹きぬけていった。馴染の木々へ名残を惜しみながら歩き続け山の頂上に辿りつく。そこには、泥に足を取られながら梅を求める人々の姿を横目に悠々と弁当を広げて夕食の献立や試験の成績を笑い合う、今まで見たこともなかったビニールシートの一群がいた。

吉野梅郷は小高い山へ百を超える種類の梅を植えた「梅の公園」を中心に、実を採るための梅を植えた畑が一面に広がる「梅の郷」で、かつてはどこを歩いても梅の香りが漂う町だった。しかし梅の実を弱らせる病気の発見で町は姿を一変させる。まず畑から白い花を咲かせる太い幹が一斉に消えた。「梅の公園」にも毎年50本から100本の木に感染が見つかり、病に罹った梅は伐られ、山からはゆるやかに色と薫りが失われていった。そして遂に個人宅の木も歴史のある古木も「梅の公園」も一緒くたに、梅郷で育てられた梅は姿を消す。

「旭日」「鴬宿梅」「見驚」「朱鷺の舞」「酔心梅」「書屋の蝶」「月影」「月の桂」、一重八重の白梅紅梅、青梅で生まれた品種「梅郷」の原木。青梅市は既に「梅の公園」のための新しい木を病の届かない遠い地で育てている。だが30年近くその美しさで春を知らせ続けてきた木々は今年で命を落とすのだ。それでも新しい梅を待つ地元住民の手で植えられた福寿草や水仙が、梅の消えた跡地で葉を青々と広げている。その傍らで疲れた足を休めるのに丁度よい空き地を見つけた人々は満開の梅を侍らせることに満足し、仲間との楽しみにただ耽っている。見下ろした山に残る切り株の格子状の切り口は未だ生々しく潤い、かつて人が座る間もなく梅で埋め尽くされていた山の姿は既に遠く過ぎ去っていた。
コメント
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