えぬ日和

日々雑記。第二、第四土曜更新を守っているつもり。コラムを書き散らしています。

・チョココロネと出会えない

2021年05月08日 | コラム
 会社に通勤していた頃は週に二回、会社の近所に移動パン屋が巡回していたのでチョココロネを週に一度は食べていた。時々はサンドイッチや惣菜パンを買い、昼食も済ませてしまう。バンがビルの前に十二時頃止まると、周囲のビルから日傘のOL達が現れて列をなす。列が道路からはみ出す日もあった。彼女たちはここが勤め先ではないかのように豪快にパンを買っていった。袋詰のバターロールや食パン一斤が次から次へとなくなり、昼休みに入るのが遅いと棚の品物はだいたい無くなっていた。そのうち私の顔を見るとバンの運転手兼パン屋の店員は「こんにちは」と声をかけ、私の手元にチョココロネがないと訝しげな顔をするほどには馴染みになっていった。ゴールデンウイークでも平日には巡回していたと記憶している。出社が彼の周回とかちあう時は今でもチョココロネを買うが、生地がくるくると柔らかくほどけるチョココロネはやはりパン屋でなくてはならず、自宅の近所にパン屋はない。二十分ほど歩いた大通りに面する大型の店があるのみだが、あるだけでも有り難いとは思う。とぼとぼとチョココロネを求めて連休通い詰めた。毎日売り切れていた。
「あの」
「なんでしょうか」
「チョココロネは取り扱いがないのでしょうか」
「そんなことはありませんよ!ちょっと探して来ますね」
 レジ打ちの明るい茶色に染めた前髪が白い頭巾に映える店員が、店の奥でパンを平たい鉄の板に並べていた店員へ尋ねに行ってくれた。三時前のパン屋は私一人きりで、幸い後ろに並ぶ人がいなかったので胸を撫で下ろす。彼女は戻ってくると済まなさそうに「今日は売り切れでした。工場からは毎日来るそうです」と言った。「焼き立て」の小さなカードがパンを並べた四角い皿に置かれているのでパンを焼く設備はありそうだが、生地まで準備する余地はないのだろう。焼かれる前のパン種を工場から運び、店で焼いているのだろうかと検討を付けてその日はメロンパンを買い店を出た。次の日は少し早めのお昼前に店を訪れた。緊急事態宣言で行き場を無くした車は駐車場を埋め、道路に面して排気ガスが後を絶たないオープンテラスではマスクを外した夫婦や家族連れがパンをほおばり、チョココロネは売り切れていた。

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