:顔のない女 2011年 高橋葉介 早川書房
・くちべにの行方
この口もとはどこかで見たことがある。
ペン先で引き上げられた口角の孤の途中から下唇に続く線に包まれるように、小粒の歯を見せる口元は191ページ、獲物がつかまることを確信した猫のような不敵さとちゃめっけのある笑顔そのものを形作っていた。
2011年の年明けに出た、高橋葉介の『顔のない女』の主人公“顔のない女”は、殺し屋専門の殺し屋として、ある組織の殺し屋達を次々に葬ってゆく女である。その表情を読み取ることが許されるのは、帽子のつばから覗く口元だけだ。かの女のように口元だけの女性では「口裂け姫」に登場する母親の、よく似た笑顔の唇を思い出す。彼女は口以外に顔のパーツが描かれていない。だが顔がないのは唇をより強調するためであり、“顔のない女”が目を隠されているのとは違う。むしろその唇の口紅は徐々になくなり、代わりにくるくると変わる口全体の輪郭が明らかになるのだ。
話が進むにつれてだんだんと口紅は薄くなり、第4話「キラー・ピエロ」の扉絵では細かくふるえるたよりなげな線の口元ながら、襟元のゆらぎや重く乾いた墨でふちどられる指先よりもくっきりと線を引かれているため、あざやかに口の表情が目に飛び込んでくる。1989年の「イケニエ」に登場する狂女の黒い唇が、たった4コマの間に唇のひとつひとつで艶めかしさだけを藻のようにまとわりつかせるのに、“顔のない女”はあっさりと自分の性格を読者に与えてゆく。それは表情が口紅ではなく口元で形作られているためで、それゆえ口紅が薄くなるにつれて“顔のない女”には確かな姿が与えられてゆくのだ。
ぱっちりと見開けば可愛らしく、細く流せば不必要に艶っぽくなる極端な瞳を伏せたことで、“顔のない女”は少女のようにすっきりとひきしまる口とあごの線、そして彼女たちにはないさばけた雰囲気を手に入れた。ただ、その線は今までの女性たちの前では繊細に過ぎる。だから顔がないのかもしれない。(799文字)
・くちべにの行方
この口もとはどこかで見たことがある。
ペン先で引き上げられた口角の孤の途中から下唇に続く線に包まれるように、小粒の歯を見せる口元は191ページ、獲物がつかまることを確信した猫のような不敵さとちゃめっけのある笑顔そのものを形作っていた。
2011年の年明けに出た、高橋葉介の『顔のない女』の主人公“顔のない女”は、殺し屋専門の殺し屋として、ある組織の殺し屋達を次々に葬ってゆく女である。その表情を読み取ることが許されるのは、帽子のつばから覗く口元だけだ。かの女のように口元だけの女性では「口裂け姫」に登場する母親の、よく似た笑顔の唇を思い出す。彼女は口以外に顔のパーツが描かれていない。だが顔がないのは唇をより強調するためであり、“顔のない女”が目を隠されているのとは違う。むしろその唇の口紅は徐々になくなり、代わりにくるくると変わる口全体の輪郭が明らかになるのだ。
話が進むにつれてだんだんと口紅は薄くなり、第4話「キラー・ピエロ」の扉絵では細かくふるえるたよりなげな線の口元ながら、襟元のゆらぎや重く乾いた墨でふちどられる指先よりもくっきりと線を引かれているため、あざやかに口の表情が目に飛び込んでくる。1989年の「イケニエ」に登場する狂女の黒い唇が、たった4コマの間に唇のひとつひとつで艶めかしさだけを藻のようにまとわりつかせるのに、“顔のない女”はあっさりと自分の性格を読者に与えてゆく。それは表情が口紅ではなく口元で形作られているためで、それゆえ口紅が薄くなるにつれて“顔のない女”には確かな姿が与えられてゆくのだ。
ぱっちりと見開けば可愛らしく、細く流せば不必要に艶っぽくなる極端な瞳を伏せたことで、“顔のない女”は少女のようにすっきりとひきしまる口とあごの線、そして彼女たちにはないさばけた雰囲気を手に入れた。ただ、その線は今までの女性たちの前では繊細に過ぎる。だから顔がないのかもしれない。(799文字)
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