中央公論社の『世界の歴史』シリーズ第25巻、『アジアと欧米世界』を読みました。久しぶりに手応えのある読書を楽しんだ感じです。著者は、加藤祐三・川北稔のお二人。理系の歴史知らずである当方には、恥ずかしながらどちらも存じ上げない方々ではありますが、大変に興味深い内容で、縦横に語られる歴史の面白さを堪能いたしました。
本書の裏見返しの購入メモを見ますと、1999年の夏に購入しており、たしか某新聞の書評欄に、砂糖入り紅茶によるイギリス式朝食の伝統が、実はどのように成立したかという経緯が興味深い、というような趣旨で紹介されていたのがきっかけだったように記憶しています。積ん読10年(^o^;)、ようやく読み終えた本書は、広がりのある視野と近代から現代に至る歴史の見方を提供するものでした。
本書の構成は、次のようになっています。
1. 大洋の時代 ~マラッカから/海洋と人類のかかわり/本巻の対象と見方
2. 衣食住の国際政治 ~ひろがる海洋アジア公益圏/大地の変動-農業生産の拡大/都市化と生活革命/銀と鉄砲
3. ひとつの世界へ ~「世界はひとつ」/「アダムとイヴの遺産」をめぐって/スペイン帝国の成立と世界システムの確立/「アダムとイヴの遺産」の再分配を求めて
4. ヨーロッパの生活革命 ~「十七世紀の危機」/ヘゲモニー国家オランダの繁栄/オランダのヘゲモニーの衰退/アジアとの貿易/世界システムの中のオランダ/イギリスの商業革命と生活革命
5. ヨーロッパの工業化とプランテーション開発 ~環太西洋革命/大西洋奴隷貿易/プラッシーの戦いのあとさき
7. 戦争と植民地支配 ~アジアの四大帝国/19世紀アジア貿易/アヘン戦争の遠因/アヘン戦争と東アジア
8. 日本開国とアジア太平洋 ~幕藩体制と鎖国/ペリー来航と日本開国/日清戦争とアジア太平洋
9. 二十世紀の新展開 ~帝国主義の時代/世界の再分割/世界システムのゆくえ
本書で、驚いたこと、初耳だったこと、気がついたことなどを列記します。
(1) 世界史上、都市化の進行はアジアが先行した。八世紀には、唐の長安、アッバース朝ペルシャのバグダードが百万都市として栄えた。18世紀には、江戸、北京、ロンドンが三大都市であった。
(2) 唐辛子は南米原産であり、大航海時代の産物。だから、キムチも16世紀以降のもの。醤油が江戸中期以降のものであるのと同様に、伝統とは意外に歴史が古くないものだ。
(3) 中南米産の銀が開放体制のアジアに流通することで、東アジアの貿易制限と鎖国などの閉鎖体制を生み出した。海外貿易を目指した家康と、鎖国政策へ転換した家光。その違いはどこから?
(4) 戦国時代の日本は、世界一の鉄砲生産国・使用国だった。その後、鉄砲を「捨てた」ように見えるのはなぜ?
(5) 中国の政治原理は「戦」と「撫」であり、交渉というものはない。アヘン戦争とその結末の悲劇性に対し、幕府の対米交渉の経緯は対照的。
(6) 鎖国当時、オランダが覇権国家であった。欧米の代表国(オランダ)と東アジアの代表国(中国)、そして隣国朝鮮と琉球という四つの窓を開き、情報収集のシステムを作り、それがかなり機能していた。
(7) 17世紀にはヨーロッパへの銀の流入が減少し、通貨危機が到来したことに加え、人口の停滞が起こっていた。オランダは世界の海洋覇権国家であったために、この危機を免れることができたが、移民を送りこむほどの人口がなく、またコショウと香料に依存しすぎ、茶や木綿といった産品の転換に対応できず、イギリスの台頭を許した。
(8) 大西洋奴隷貿易の廃止を求めた英マンチェスター派の主張は、労働コストを下げようとする「安上がりの食事」を求めた、西インド諸島派への攻撃であった。
(9) ペリーの強腰の背景には、補給路がないという弱点を見せまいとする思惑があった。日米和親条約については、幕府の対米交渉はかなり成功していたと見ることができる。
本書の前半でとくに印象的なのは、砂糖入り紅茶とパンという英国式朝食に関する記述です。囲い込みの結果、共有地から自由に薪を採取することもできず、都市に集中した労働者には広い台所は願うべくもない。長時間労働に向かうには、すぐにカロリーを摂取できる、熱い砂糖入り紅茶とパンという朝食が必須の条件でした。東アジアから来る紅茶と、西インド諸島の奴隷労働に依存する砂糖とが、このイギリス式朝食を支えていた、というわけです。
朝食に何を食べるかという変化は、政権の交代等の政治上の出来事より大きな影響、根本的な変化に関わっている、という指摘には、目から鱗が落ちる思いです。
本書の後半、とくに明治維新の前後は、半藤一利『幕末史』との関連で興味深いものでした。さて、次はこの本を読みましょう。
本書の裏見返しの購入メモを見ますと、1999年の夏に購入しており、たしか某新聞の書評欄に、砂糖入り紅茶によるイギリス式朝食の伝統が、実はどのように成立したかという経緯が興味深い、というような趣旨で紹介されていたのがきっかけだったように記憶しています。積ん読10年(^o^;)、ようやく読み終えた本書は、広がりのある視野と近代から現代に至る歴史の見方を提供するものでした。
本書の構成は、次のようになっています。
1. 大洋の時代 ~マラッカから/海洋と人類のかかわり/本巻の対象と見方
2. 衣食住の国際政治 ~ひろがる海洋アジア公益圏/大地の変動-農業生産の拡大/都市化と生活革命/銀と鉄砲
3. ひとつの世界へ ~「世界はひとつ」/「アダムとイヴの遺産」をめぐって/スペイン帝国の成立と世界システムの確立/「アダムとイヴの遺産」の再分配を求めて
4. ヨーロッパの生活革命 ~「十七世紀の危機」/ヘゲモニー国家オランダの繁栄/オランダのヘゲモニーの衰退/アジアとの貿易/世界システムの中のオランダ/イギリスの商業革命と生活革命
5. ヨーロッパの工業化とプランテーション開発 ~環太西洋革命/大西洋奴隷貿易/プラッシーの戦いのあとさき
7. 戦争と植民地支配 ~アジアの四大帝国/19世紀アジア貿易/アヘン戦争の遠因/アヘン戦争と東アジア
8. 日本開国とアジア太平洋 ~幕藩体制と鎖国/ペリー来航と日本開国/日清戦争とアジア太平洋
9. 二十世紀の新展開 ~帝国主義の時代/世界の再分割/世界システムのゆくえ
本書で、驚いたこと、初耳だったこと、気がついたことなどを列記します。
(1) 世界史上、都市化の進行はアジアが先行した。八世紀には、唐の長安、アッバース朝ペルシャのバグダードが百万都市として栄えた。18世紀には、江戸、北京、ロンドンが三大都市であった。
(2) 唐辛子は南米原産であり、大航海時代の産物。だから、キムチも16世紀以降のもの。醤油が江戸中期以降のものであるのと同様に、伝統とは意外に歴史が古くないものだ。
(3) 中南米産の銀が開放体制のアジアに流通することで、東アジアの貿易制限と鎖国などの閉鎖体制を生み出した。海外貿易を目指した家康と、鎖国政策へ転換した家光。その違いはどこから?
(4) 戦国時代の日本は、世界一の鉄砲生産国・使用国だった。その後、鉄砲を「捨てた」ように見えるのはなぜ?
(5) 中国の政治原理は「戦」と「撫」であり、交渉というものはない。アヘン戦争とその結末の悲劇性に対し、幕府の対米交渉の経緯は対照的。
(6) 鎖国当時、オランダが覇権国家であった。欧米の代表国(オランダ)と東アジアの代表国(中国)、そして隣国朝鮮と琉球という四つの窓を開き、情報収集のシステムを作り、それがかなり機能していた。
(7) 17世紀にはヨーロッパへの銀の流入が減少し、通貨危機が到来したことに加え、人口の停滞が起こっていた。オランダは世界の海洋覇権国家であったために、この危機を免れることができたが、移民を送りこむほどの人口がなく、またコショウと香料に依存しすぎ、茶や木綿といった産品の転換に対応できず、イギリスの台頭を許した。
(8) 大西洋奴隷貿易の廃止を求めた英マンチェスター派の主張は、労働コストを下げようとする「安上がりの食事」を求めた、西インド諸島派への攻撃であった。
(9) ペリーの強腰の背景には、補給路がないという弱点を見せまいとする思惑があった。日米和親条約については、幕府の対米交渉はかなり成功していたと見ることができる。
本書の前半でとくに印象的なのは、砂糖入り紅茶とパンという英国式朝食に関する記述です。囲い込みの結果、共有地から自由に薪を採取することもできず、都市に集中した労働者には広い台所は願うべくもない。長時間労働に向かうには、すぐにカロリーを摂取できる、熱い砂糖入り紅茶とパンという朝食が必須の条件でした。東アジアから来る紅茶と、西インド諸島の奴隷労働に依存する砂糖とが、このイギリス式朝食を支えていた、というわけです。
朝食に何を食べるかという変化は、政権の交代等の政治上の出来事より大きな影響、根本的な変化に関わっている、という指摘には、目から鱗が落ちる思いです。
本書の後半、とくに明治維新の前後は、半藤一利『幕末史』との関連で興味深いものでした。さて、次はこの本を読みましょう。