いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

国家と自立のあたらしい成人世代。 new adult generations of nation and independence

2022-01-10 20:32:29 | 日記
 (1)4月からは成人年令が18才に引き下げられる。人生100年時代に「成人」をさらに引き下げて数多くして「成人」を長く生きることになる。しかし、このあたらしい成人世代(new adult generations)は選挙権はすでに6年前に法律で与えられることが決まっており、一方で飲酒、喫煙、公営ギャンブルは20才になるまで認められない凸凹(デコボコ)成人でわかりにくい。

 (2)「成人」という定義もあってないもので、今日的社会では年令は重ねて親になっても親として相応の責任と自覚を持っていない、果していないものも多く未成年並みの良識、判断、社会性しかなくて、これで「成人」といえるのかきわめて不自然であいまいな定義でしかない。

 (3)どうして「成人」の年令を下げるのかはよくわからずに、国家的責任、義務を負う国民を「多く」するだけの思惑、目的と考えられる。中には税収が増えるという効果もあるかもしれないし、社会保障、医療費負担を増やすことにつながるかもしれないし、国家的責任、義務にかかわる期間が長くなることは少子化社会の対策としては国民総成人化時代として受けとられ、必要なこととも考えらえる。

 (4)海外では18才成人が主流で事情、国情はそれぞれで、日本は世界でも例のない長寿国民であり、高令化の進行もより早い特徴があり、人口構成で考えれば20才成人でも人口バランスはいいともいえるが、労働、収入、所得、社会のかかわりの深い中間層を厚くして国家、国民を支える実働稼働世代を分厚くする効果を考えている国家的意図ともいえる。

 (5)10代の若者がヤングケアラーとして社会的責任を担っている現実社会でもあり、そうなのに18才成人の自立、自覚、自主世代にやっていいことと、やってはいけないことが混在していることは「成人」をやりにくくするものでどこかに無理がある。

 18才のあたらしい成人世代は自立に必要な収入、所得がほとんどない世代であり、飲酒、喫煙、公営ギャンブル容認では生活破たんに向かうという考えはある。刑法上の取扱いの特別配慮もあり20才以上とは格差のあるつくられたあたらしい「成人」だ。

 (6)「成人」といえば「自立」が基本で収入、所得の裏付けが必要となるが(そうでない成人はいて)、18才あたらしい成人世代は収入、所得保障のない世代が多く、たとえばベーシック・インカムのような制度があれば18才成人理論は整合性があり、教育投資にもつながるだろう。

 

 

 
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