これぞ、究極の神との対話!だけど、見せ方は普通だった…。
ぶっちゃけ書くと、オーストリアが舞台なのに、主人公と主人公に関わる人達がドイツ語でなく英語を喋っているのが超違和感。主人公に関わらないところではドイツ語だった。英語かドイツ語か分からない方言のような言語もあったような…。
ま、今作に限っては私のための作品じゃないから仕方ないけどね!☚いつもや!
ということで、我が敬愛するテレンス・マリックの新作を観てきました!
まるで、マリック版「沈黙」を観ているような内容でしたね。
究極の環境の中においても神様を信じられるのか?常に己と対峙している主人公の受難の道のりが描かれてました。
戦争に加担しない。無実の人間を殺したくない。今でこそ当たり前の考え方が完全に否定されてしまう世の中ってどうなん!?と問題提起しつつ、
それでも環境に流されず己の信念を貫けるか!?神様を信じられるか!?と己の信仰心を試されている内容でもありましたね。
結果的には、ドイツは戦争に負けたわけだけど、その時は勝つか負けるかは分からない状況において信仰心が試されているわけだから、どうなるか結果が分からず自分の少数派の意志を貫くって本当に究極の生き方だなと思いました。
観客は、戦争がどうなったかを知った上で観てるから、主人公の信念は間違いないぞ!と言えるけど、彼を取り巻く人達にとっては大迷惑であり、奥さんにおいては夫の信念を尊重できるか!と奥さんの夫への愛も試されていて、テレンス版では沈黙でいいけど、私なら自分の信念を貫くなら正当性を訴えると思った。ここが観ていて違和感を感じた。
主張をしなかったら、戦争に行きたくない、死にたくない、子供の駄々っ子、裏切り者と思われても仕方ないよね…と思った。
今作は、自己対峙、神様どの対話が大事だから、反戦が第1テーマではないので主人公の行動にイラッとすることがありますが、それも自己対峙なので悪しからず…って感じですね。
ラース作品と同じで、この作品を観て何を感じたか、どんな感情があったかが大事になってくるので、眠たくなったならば、それも退屈だという感情ですね。私に言わせると、その退屈は、その人自身が退屈な人なんだろなと思いますね。☚めちゃ上から目線!
いえ、宇宙目線と言って下さい(笑)
前作までは宇宙の愛をテーマにした作品が多かったですが、今作は、神様との対話=自己対峙がテーマで、より自分と向き合いやすい作品のように感じました。
私自身に関しては、最近益々神様の存在を確信したくなる出来事が多くて、もちろん都合のいい神様はいませんが、沢山試練も頂いた分、乗り越えるとご褒美を頂いてます。お金は貯まりませんが…(笑)
ここ数ヶ月悩んでいたことにやっとピリオドが打てたことに神様に感謝です。環境や感情に流されそうになる中、自分の信念を貫くのは本当に大変だと実感してます。
これで安心すると次の試練が来るので油断禁物ですが、小さいことにも気配りや目が届くようにしていかないとダメですね。
ひと昔なら、悪いことが起きると天罰だと思ってましたが、いいえ、それは学びです!神様が私に何かを気づかせようとメッセージを送ってくれているんです!と思うようにしてます。
都合のいい神様はいないけど、人を裁くのは己ではなく神様だと実感。悪いことも良いことも続かないを実感。
今日は、神戸のシネ・リーブルで観てきましたが、コロナウィルスのせいか、道行く人の数も少ないし、なにより中国語や韓国語を話す声を聞かなくなっただけでなく、欧米人も見かけなくなりましたね。
宝塚、劇団四季、その他の舞台公演も中止になり、経済が心配ですが、経済より健康の方が大事なので、
手洗い、うがい、消毒でウィルスを引き付けないように、皆さん気をつけて下さいね!マスクが手に入らないのがネックで仕方ないですね…。