まず初めに、
フィギュアスケート、男女共に大変素晴らしい勇姿を観させて頂きました。メダルが獲れた、獲れなかった、そんなこと全く関係なく本当に素晴らしい演技でした!
昨日の真央ちゃんのあのフリーの完璧な演技には大変感動しました!あの演技は、真央ちゃんの精神力の強さだけでなく、日本国民の心がひとつになってあの素晴らしい演技を導いたんだと思ってます。日本国民のエールの賜物だと思ってます。リアルタイムで観させてもらいましたが本当に感動しました!
ということで、今日は、仕事をサボったわけでないですが、ま、サボったに近いですが、結局こちらを優先してしまいました。
カンバーバッチの怪物ver.を観てきました。
観た直後の感想は、二通りの観方に驚きと感動がありました。
先週、ジョニーの怪物ver.を先に観たわけですが、二回目は逆ver.で二人の演者の立場から観ると、全く違った印象を二通り同時に感じました。←意味不明で申し訳ないですm(__)m
カンバーバッチ目線だと、見事な演じ分けで演技の魅力を感じました。カンバーバッチの怪物の中には全く博士の匂いがなく、全くの別人でした。演技力の高さを感じました。
どちらかというと、私はカンバーバッチの博士役の方が好きですが…。ぶっちゃけ、カンバーバッチの怪物にはジョニーの怪物の匂いがした。
で、ジョニーの博士は、めちゃくちゃ怪物の匂いがする演じ方だった。つまり、カンバーバッチほど見事な演じ分けではなかったということ。でも、怪物に関しては、ジョニーの方が数倍もカンバーバッチより素晴らしかった。
カンバーバッチの怪物はジョニーを真似ているようにしか見えなくて印象が薄い。その分、ジョニーの怪物がフラッシュバックされて、まるでジョニーの怪物と博士を同時に観ている錯覚に陥ったんですよ。
結局何が言いたいかというと、カンバーバッチの怪物ver.は、怪物×博士ではなく、まさしく博士の精神世界を描いているようにしか見えなかったということ。
つまり、怪物とは博士の妄想が創り上げた架空の人物であり、まさしく精神世界のもう一人の自分だということ。他人は理解されない、分かる人にしか理解してもらえない世界観。
宝塚ではしょっちゅう役替わりがありますが、まさか舞台作品でこんな観方できるなんて初めてです。まるで、「鑑定士と顔のない依頼人」を二回観た時のような不思議な感覚を味わってます。
で、カンバーバッチの怪物ver.を観ながら感じたことは、
ずっと、愛に飢えてるのは精神力が低い証拠。愛されるより愛することが大事!と思うようにしていたけど、実はそうじゃなくて、愛に飢えてるからこそ、本当の愛が分かるんだとカンバーバッチの怪物が教えてくれました。
愛に飢えること、愛を求めることは決して悪いことではないと気付かせてくれました。分かっているようで分かってなかった。
愛に飢えてるからこそ、人の優しさが分かる。愛を知らない人は、優しさすら分からない。だから、どこかの元首相さんみたいに、労いの言葉一つなくあんなKYな発言を堂々と言えるんだと思った。
だからこそ言いたい。
愛に飢えた人間こそ、愛も優しさも知らない人間より数倍も生きる価値があるよ!君たちこそ、本当の愛を知ってる分かる人間なんだよ!自殺なんかするな!と言いたい。
ついでに書くと、努力の苦しみを知ってる人間だからこそ、真央ちゃんを含めたくさんアスリートの悩みが分かるんじゃないの?
なんで政治関係者って、いつも肝心な時にあんな無責任発言する人が多いんだろう…?って私が言いたいよ!
本来なら、この舞台、舞台としてじゃなく映画として一人二役で演じても面白かったんだと思うけど、舞台ではそうはいかないところに、二人の役者が交互に演じる魅力や利点があることを感じました。
ジョニーの博士目線だと、ホント怪物が愛に飢えもう一人の自分にしか見えないもんな。まさに精神世界。
ぶっちゃけ、これ書きたくなかったけど、もう一つ、精神世界だと思った理由が日記の存在。まさに「DEATH NOTE」みたいな存在ですからね。分かる人に分かる内容だと思います。ぶっちゃけ、やはりイギリスはスピリチュアル先進国だと思った。こういう世界観を描けるのは、演劇界では、古い映画でもダントツでイギリスやもんな。
日本はまだまだ、スピリチュアル発展途上国だと思った。あ、アニメや漫画界ではダントツで日本ですm(__)m
それから、やはり、演劇は素晴らしい!と思った。こういう演劇を観るとつくづくヨーロッパで生まれたかったと思ってしまう。
全くストーリーに関係ないことばかり書いてますが、今回この映画に導いて下さったのも、いつも拝読しているブロガーさんのお蔭です。恥ずかしいので直接コメント出来ませんが、いつも素晴らしい作品に出会わせてくれて感謝してます!ありがとうございますm(__)m
この作品、また上映されるんですよね~。今日知りましたが、ぶっちゃけ、もっと前に知ってたら今日は仕事優先にしてました。でも、今日はこれを優先して大正解でした!正直に書くと、それくらい、私の中の、もう一人の自分、忘れていた懐かしい自分との再会が出来たから。なんか色々思い出されてついつい涙しました。←病気だと思って頂いて構いません…。
今日のまとめ:またイギリスに行きたくなった。ホンマ、演劇は素晴らしい!
次は「コリオレーナス」やな。それにしても、TOHOシネマさん、素晴らしい企画ありがとうございます。日本でイギリス演劇が観れるなんて演劇好きには堪りましぇん!出来れば、シェイクスピア作品だけでなく、「戦火の馬」も上映して頂きたいですm(__)m
フィギュアスケート、男女共に大変素晴らしい勇姿を観させて頂きました。メダルが獲れた、獲れなかった、そんなこと全く関係なく本当に素晴らしい演技でした!
昨日の真央ちゃんのあのフリーの完璧な演技には大変感動しました!あの演技は、真央ちゃんの精神力の強さだけでなく、日本国民の心がひとつになってあの素晴らしい演技を導いたんだと思ってます。日本国民のエールの賜物だと思ってます。リアルタイムで観させてもらいましたが本当に感動しました!
ということで、今日は、仕事をサボったわけでないですが、ま、サボったに近いですが、結局こちらを優先してしまいました。
カンバーバッチの怪物ver.を観てきました。
観た直後の感想は、二通りの観方に驚きと感動がありました。
先週、ジョニーの怪物ver.を先に観たわけですが、二回目は逆ver.で二人の演者の立場から観ると、全く違った印象を二通り同時に感じました。←意味不明で申し訳ないですm(__)m
カンバーバッチ目線だと、見事な演じ分けで演技の魅力を感じました。カンバーバッチの怪物の中には全く博士の匂いがなく、全くの別人でした。演技力の高さを感じました。
どちらかというと、私はカンバーバッチの博士役の方が好きですが…。ぶっちゃけ、カンバーバッチの怪物にはジョニーの怪物の匂いがした。
で、ジョニーの博士は、めちゃくちゃ怪物の匂いがする演じ方だった。つまり、カンバーバッチほど見事な演じ分けではなかったということ。でも、怪物に関しては、ジョニーの方が数倍もカンバーバッチより素晴らしかった。
カンバーバッチの怪物はジョニーを真似ているようにしか見えなくて印象が薄い。その分、ジョニーの怪物がフラッシュバックされて、まるでジョニーの怪物と博士を同時に観ている錯覚に陥ったんですよ。
結局何が言いたいかというと、カンバーバッチの怪物ver.は、怪物×博士ではなく、まさしく博士の精神世界を描いているようにしか見えなかったということ。
つまり、怪物とは博士の妄想が創り上げた架空の人物であり、まさしく精神世界のもう一人の自分だということ。他人は理解されない、分かる人にしか理解してもらえない世界観。
宝塚ではしょっちゅう役替わりがありますが、まさか舞台作品でこんな観方できるなんて初めてです。まるで、「鑑定士と顔のない依頼人」を二回観た時のような不思議な感覚を味わってます。
で、カンバーバッチの怪物ver.を観ながら感じたことは、
ずっと、愛に飢えてるのは精神力が低い証拠。愛されるより愛することが大事!と思うようにしていたけど、実はそうじゃなくて、愛に飢えてるからこそ、本当の愛が分かるんだとカンバーバッチの怪物が教えてくれました。
愛に飢えること、愛を求めることは決して悪いことではないと気付かせてくれました。分かっているようで分かってなかった。
愛に飢えてるからこそ、人の優しさが分かる。愛を知らない人は、優しさすら分からない。だから、どこかの元首相さんみたいに、労いの言葉一つなくあんなKYな発言を堂々と言えるんだと思った。
だからこそ言いたい。
愛に飢えた人間こそ、愛も優しさも知らない人間より数倍も生きる価値があるよ!君たちこそ、本当の愛を知ってる分かる人間なんだよ!自殺なんかするな!と言いたい。
ついでに書くと、努力の苦しみを知ってる人間だからこそ、真央ちゃんを含めたくさんアスリートの悩みが分かるんじゃないの?
なんで政治関係者って、いつも肝心な時にあんな無責任発言する人が多いんだろう…?って私が言いたいよ!
本来なら、この舞台、舞台としてじゃなく映画として一人二役で演じても面白かったんだと思うけど、舞台ではそうはいかないところに、二人の役者が交互に演じる魅力や利点があることを感じました。
ジョニーの博士目線だと、ホント怪物が愛に飢えもう一人の自分にしか見えないもんな。まさに精神世界。
ぶっちゃけ、これ書きたくなかったけど、もう一つ、精神世界だと思った理由が日記の存在。まさに「DEATH NOTE」みたいな存在ですからね。分かる人に分かる内容だと思います。ぶっちゃけ、やはりイギリスはスピリチュアル先進国だと思った。こういう世界観を描けるのは、演劇界では、古い映画でもダントツでイギリスやもんな。
日本はまだまだ、スピリチュアル発展途上国だと思った。あ、アニメや漫画界ではダントツで日本ですm(__)m
それから、やはり、演劇は素晴らしい!と思った。こういう演劇を観るとつくづくヨーロッパで生まれたかったと思ってしまう。
全くストーリーに関係ないことばかり書いてますが、今回この映画に導いて下さったのも、いつも拝読しているブロガーさんのお蔭です。恥ずかしいので直接コメント出来ませんが、いつも素晴らしい作品に出会わせてくれて感謝してます!ありがとうございますm(__)m
この作品、また上映されるんですよね~。今日知りましたが、ぶっちゃけ、もっと前に知ってたら今日は仕事優先にしてました。でも、今日はこれを優先して大正解でした!正直に書くと、それくらい、私の中の、もう一人の自分、忘れていた懐かしい自分との再会が出来たから。なんか色々思い出されてついつい涙しました。←病気だと思って頂いて構いません…。
今日のまとめ:またイギリスに行きたくなった。ホンマ、演劇は素晴らしい!
次は「コリオレーナス」やな。それにしても、TOHOシネマさん、素晴らしい企画ありがとうございます。日本でイギリス演劇が観れるなんて演劇好きには堪りましぇん!出来れば、シェイクスピア作品だけでなく、「戦火の馬」も上映して頂きたいですm(__)m