「宗教人類学の古野清人博士の応接間に掛かっていたね」
「どういういきさつなの」
「奈良の天理に参考館という博物館がある、これは知る人ぞ知る名品ぞろいで、万博あとのモノとは比べようがない」
「・・・」
「こういったモノは、一人の鑑識眼の上を出ない、アタマだけのインテリには、それだけの自信と眼力は身につかない」
「そのキリストは」
「アレクサンドリアの郊外で発見されたもので、専門家の鑑定書つきだ、これと同じモノがメトロポリタンにある、何代か前の真柱(しんばしら)は、古野さんの親友で、参考館建設に尽力したお礼にプレゼントされた」
「どのくらいの価値かね、何億かな」
「値段がつかないらしい」
「どうだった」
「いいね」
「なるほど」
「シェークスピアに、青年に知恵あれば老人に力あればというセリフがある、永遠のアイロニーだな、若者はウスペッラでものごとの本質が分からない。老人には知恵と経験があるが、すでに気力がない」
「うん」
「このキリストは、その二つを備えている」
「古野さんは、なかなかの豪傑でナザレのイエスを『ヒツジ飼いのあんちゃん』と呼んでいた」
「私が、『これならヒツジ飼いのあんちゃんでもいいですね』と言うと『うーん』と目をほそめる」
「キリストは、あのプロテスタントの連中のイメージするような人物ではないと思ったね、もっと健康でおおらかでそばにいるだけで、ほんのりとあたたかくなる、そんな若者だったのではないだろうか」