子供たちは、楽しい夏休みに入りました!
海へ行く機会も増えてきますが、
すでに全国で水難事故のニュースで流れているようですが、
水をなめてかかると本当に怖いです・・・
子供の頃の話になりますが・・・
私の生まれ育った故郷は海が近いとはいえ少し内陸に入った場所にあります。
海で泳ごうとすれば、大人に連れてもらわなければ海まで行くことは難しかったですね・・・
ですから、近くの川が泳ぐというか遊ぶ場所やったんです・・・
せき止めのところは水深2~3m位はあったと思いますが、そこで飛び込んでいた記憶があります。
そんなある日、顔見知りの同級生が別の友人とその場所に来ていたんです・・・がっ!
一緒に来ていた別の同級生が「友達がいない」と騒ぎ出したんです・・・
結局、大人が捜索してくれ・・・水深の深い場所で見つかったんですが、顔見知りの彼は亡くなっていました・・・
その後も、少し下流で女の子が流されて溺れ・・・亡くなりましたね・・・
当時、学校にはプールなんてない時代でしたから、
泳ぎすら、教えてもらったこともなく皆が自己流で泳いでいたんです。
私は、泳ぎはあまり上手くはないと思います・・・多分、50m位で一杯一杯じゃないかと・・・
初めてプールで泳いだのは、中学の時でした・・・
他校のプールがある学校まで授業で行ったのがその時初めてでしたが、
たしか、25mがしんどかった記憶がありますね。
ですから、過日、孫娘がバタフライ・平泳ぎ・クロール・背泳ぎ、
どれも50m・100mは泳ぐと云っていた時には、「こんなチビが・・・」と、本当に尊敬しました。
兎に角、事故の無い夏休みを過ごしてほしいものですね。
今朝は、学校のプール事情に関する記事を転載してみようと思います。
~以下、7月22日読売新聞朝刊より抜粋~
6年生の大会で背泳ぎ1位となり、中学校では水泳部に勧誘された。ため池は、部活でもプール代わりに使われた。「夏休みは一日中、池で過ごした」という竹宇治さんは1960年、ローマ五輪女子絵泳ぎの銅メダルに輝く。
文部科学省の資料などによると、学校でプールが本格的に整備され始めたのは60年代。それ以前はせき止めた川やため池、海をプール代わりに使う学校が多かった。国際武道大学の土居陽治郎教授(55)によると、子供の水難事故を防ぐため、学校教育の中で「水泳能力」を身に付けさせる必要性がっ高まり、プール建設費の国庫補助も始まった。今は約9割の小学校にプールがあり、水難事故で亡くなる子供が激減した。「学校のプールがこれほど整備された国は、世界的にも珍しい」と土居教授は話す。
急ピッチで整備されたプールは当初、コンクリート造りが主流。70年頃東京都八王子市の小学校教諭だった市川武邦さん(74)は「歩くとざらざらして足の裏がすりむけた。井戸水で水温が15~16度と冷たいのに、子供は平気で泳いでいた」と振り返る。
最近は、ステンレス製や強化プラスチック製のプールが増えた。青い塗装などが施されカラフルにもなった。
2009年新築の小中一体型校舎を持つ東京都北区立王子小・王子桜中学校は、プールを最上階の4回に設置。ガラス屋根は一部開閉式で5月後半から10月半ばまで泳げる。床を上下に動かし深さも調整できる。事故防止のため飛び込み台はない。王子桜中の富張雅彦校長(62)は、「私が小学校低学年の時は学校にプールがなく、水泳の授業は近くの公営プールで行っていた。隔世の感がある」と最新型のプールに目を向けた。
海へ行く機会も増えてきますが、
すでに全国で水難事故のニュースで流れているようですが、
水をなめてかかると本当に怖いです・・・
子供の頃の話になりますが・・・
私の生まれ育った故郷は海が近いとはいえ少し内陸に入った場所にあります。
海で泳ごうとすれば、大人に連れてもらわなければ海まで行くことは難しかったですね・・・
ですから、近くの川が泳ぐというか遊ぶ場所やったんです・・・
せき止めのところは水深2~3m位はあったと思いますが、そこで飛び込んでいた記憶があります。
そんなある日、顔見知りの同級生が別の友人とその場所に来ていたんです・・・がっ!
一緒に来ていた別の同級生が「友達がいない」と騒ぎ出したんです・・・
結局、大人が捜索してくれ・・・水深の深い場所で見つかったんですが、顔見知りの彼は亡くなっていました・・・
その後も、少し下流で女の子が流されて溺れ・・・亡くなりましたね・・・
当時、学校にはプールなんてない時代でしたから、
泳ぎすら、教えてもらったこともなく皆が自己流で泳いでいたんです。
私は、泳ぎはあまり上手くはないと思います・・・多分、50m位で一杯一杯じゃないかと・・・
初めてプールで泳いだのは、中学の時でした・・・
他校のプールがある学校まで授業で行ったのがその時初めてでしたが、
たしか、25mがしんどかった記憶がありますね。
ですから、過日、孫娘がバタフライ・平泳ぎ・クロール・背泳ぎ、
どれも50m・100mは泳ぐと云っていた時には、「こんなチビが・・・」と、本当に尊敬しました。
兎に角、事故の無い夏休みを過ごしてほしいものですね。
今朝は、学校のプール事情に関する記事を転載してみようと思います。
~以下、7月22日読売新聞朝刊より抜粋~
水難事故防止へ整備進む
プール
「大きなため池の中に、板で四角く囲った『50㍍プール』をつくり、小学校の水泳大会が開かれていた」。熊本育ちの竹宇治(旧姓・田中)聡子さん(73)が思い出を語る。6年生の大会で背泳ぎ1位となり、中学校では水泳部に勧誘された。ため池は、部活でもプール代わりに使われた。「夏休みは一日中、池で過ごした」という竹宇治さんは1960年、ローマ五輪女子絵泳ぎの銅メダルに輝く。
文部科学省の資料などによると、学校でプールが本格的に整備され始めたのは60年代。それ以前はせき止めた川やため池、海をプール代わりに使う学校が多かった。国際武道大学の土居陽治郎教授(55)によると、子供の水難事故を防ぐため、学校教育の中で「水泳能力」を身に付けさせる必要性がっ高まり、プール建設費の国庫補助も始まった。今は約9割の小学校にプールがあり、水難事故で亡くなる子供が激減した。「学校のプールがこれほど整備された国は、世界的にも珍しい」と土居教授は話す。
急ピッチで整備されたプールは当初、コンクリート造りが主流。70年頃東京都八王子市の小学校教諭だった市川武邦さん(74)は「歩くとざらざらして足の裏がすりむけた。井戸水で水温が15~16度と冷たいのに、子供は平気で泳いでいた」と振り返る。
最近は、ステンレス製や強化プラスチック製のプールが増えた。青い塗装などが施されカラフルにもなった。
2009年新築の小中一体型校舎を持つ東京都北区立王子小・王子桜中学校は、プールを最上階の4回に設置。ガラス屋根は一部開閉式で5月後半から10月半ばまで泳げる。床を上下に動かし深さも調整できる。事故防止のため飛び込み台はない。王子桜中の富張雅彦校長(62)は、「私が小学校低学年の時は学校にプールがなく、水泳の授業は近くの公営プールで行っていた。隔世の感がある」と最新型のプールに目を向けた。
(山田睦子)
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