みなさま、こんにちは(*'ω'*)
ついにブログトップに広告がでてしまうようになり、
むむ、そうか、ついに60日やすんでしまったか・・(・ω・;A
怒涛の2ヵ月間でした。
5月の末、3月に見学した母のグループホームより
空きが出たと連絡があり、それからが猛烈な忙しさ。
さまざまな手続き、面接、
買い物、引越し屋さんの手配と荷造り、
紹介状と薬のために6つの病院をハシゴして、
6月の中旬に母を入所させたときには
へとへとでした。
頼まれたものや足りない家具をもって、
2度ほど通いましたが、それ以来、
「空の巣症候群」状態です。
朝になるとこれまでのように母の部屋などを見回って
「ああ、もう必要ないのだ」と、
しかし、日に何度もろうろしてしまいます。
庭も必要ないのに見回ったりしているうちに、
泣けてきます。
そのほかは何もする気力がおこらず、
夜もよく眠れなくなって、「これはいけない」と調べてみると、
介護のあとにも「空の巣症候群」はおこるそうで、
母の命をあずからなくなって楽になったはずなのに、
精神的に苦しいのはこのせいだったのか、
と納得しました。
母とは46年間一緒に暮らしました。
何度も何度も、母が認知症になってからのことを反芻し、
かかりつけ医に「もう限界でしょう、グループホームを探しなさい」と
言われたことを思い出し、グループホームをいくつも見学したこと、
引越し前後のごたごたを思い出し、
こうするより他にはなかったのだと
自分を納得させています。
子を失って体調不良が続く中で、
よくやったではないかと自分を納得させるのです。
しかし、そうして自分を納得させても
子と母が相次いでこの家を去ったことは
悲しみでしかありません。
がらんとした家は本当に「空の巣」です。
夫が仕事に行っている間は不安でたまらなくて、
なるべく外出しますが、家にいるときには
アルコールの力を借りて楽になります。
といっても、ビール一缶ほどの量で気分がよくなるので、
日によってワインやハイボール、いろいろと楽しんでいます。
体調不良が始まってから1年半ですが、崖をよじ登るように
少しずつ少しずつできることを増やしてきました。
それが1年前にもどってしまった感じです。
入所から1ヶ月たちましたが、
グループホームの方がよくみて下さるので、
母はすっかりなじんでいるようです。
「帰りたい」とホームシックになる方もいらっしゃる、
あるいは週に一度は連れて帰っている方も、
と聞いていたので、拍子抜けしてしまいました。
近くの保育園の子たちが遊びに来たり、
スタッフの方に買い物やお散歩に連れていっていただいて、
食事も作っていただけるし(配膳のみ)、
洗濯もほとんどやっていただき(畳むだけ)
ほかのこともできることはやらせるようにしていただいています。
みんなと一緒にいたいときはリビングで過ごし、
疲れた時は個室で過ごし、新聞を読んだり、お昼寝しているようです。
団体生活ではありますが、窓からは公園の大木が見えますし、
外出は自由なので、気が楽なのだと思います。
もう少し元気になったら、また顔を見にいこうかな。
スタッフの方には「なるべく来てあげると、忘れられないですよ~」と
言われるのですが、母が私を忘れる日は必ず来るわけで、
それが早いか遅いかの違いです。
忘れる、というのは、本人にとってストレスを減らすことでもあるので、
忘れることが母にとって楽になることならば、
忘れられるのもまたいいことかと思いました。
ついにブログトップに広告がでてしまうようになり、
むむ、そうか、ついに60日やすんでしまったか・・(・ω・;A
怒涛の2ヵ月間でした。
5月の末、3月に見学した母のグループホームより
空きが出たと連絡があり、それからが猛烈な忙しさ。
さまざまな手続き、面接、
買い物、引越し屋さんの手配と荷造り、
紹介状と薬のために6つの病院をハシゴして、
6月の中旬に母を入所させたときには
へとへとでした。
頼まれたものや足りない家具をもって、
2度ほど通いましたが、それ以来、
「空の巣症候群」状態です。
朝になるとこれまでのように母の部屋などを見回って
「ああ、もう必要ないのだ」と、
しかし、日に何度もろうろしてしまいます。
庭も必要ないのに見回ったりしているうちに、
泣けてきます。
そのほかは何もする気力がおこらず、
夜もよく眠れなくなって、「これはいけない」と調べてみると、
介護のあとにも「空の巣症候群」はおこるそうで、
母の命をあずからなくなって楽になったはずなのに、
精神的に苦しいのはこのせいだったのか、
と納得しました。
母とは46年間一緒に暮らしました。
何度も何度も、母が認知症になってからのことを反芻し、
かかりつけ医に「もう限界でしょう、グループホームを探しなさい」と
言われたことを思い出し、グループホームをいくつも見学したこと、
引越し前後のごたごたを思い出し、
こうするより他にはなかったのだと
自分を納得させています。
子を失って体調不良が続く中で、
よくやったではないかと自分を納得させるのです。
しかし、そうして自分を納得させても
子と母が相次いでこの家を去ったことは
悲しみでしかありません。
がらんとした家は本当に「空の巣」です。
夫が仕事に行っている間は不安でたまらなくて、
なるべく外出しますが、家にいるときには
アルコールの力を借りて楽になります。
といっても、ビール一缶ほどの量で気分がよくなるので、
日によってワインやハイボール、いろいろと楽しんでいます。
体調不良が始まってから1年半ですが、崖をよじ登るように
少しずつ少しずつできることを増やしてきました。
それが1年前にもどってしまった感じです。
入所から1ヶ月たちましたが、
グループホームの方がよくみて下さるので、
母はすっかりなじんでいるようです。
「帰りたい」とホームシックになる方もいらっしゃる、
あるいは週に一度は連れて帰っている方も、
と聞いていたので、拍子抜けしてしまいました。
近くの保育園の子たちが遊びに来たり、
スタッフの方に買い物やお散歩に連れていっていただいて、
食事も作っていただけるし(配膳のみ)、
洗濯もほとんどやっていただき(畳むだけ)
ほかのこともできることはやらせるようにしていただいています。
みんなと一緒にいたいときはリビングで過ごし、
疲れた時は個室で過ごし、新聞を読んだり、お昼寝しているようです。
団体生活ではありますが、窓からは公園の大木が見えますし、
外出は自由なので、気が楽なのだと思います。
もう少し元気になったら、また顔を見にいこうかな。
スタッフの方には「なるべく来てあげると、忘れられないですよ~」と
言われるのですが、母が私を忘れる日は必ず来るわけで、
それが早いか遅いかの違いです。
忘れる、というのは、本人にとってストレスを減らすことでもあるので、
忘れることが母にとって楽になることならば、
忘れられるのもまたいいことかと思いました。
大変でしたね。
そして、同じタイミングで手放していたとは。
驚きました。
私もいろいろいやなこともあり、でも、いい方々に巡り合ってたくさん助けていただきました。
おかげさまで、母を安全なところへ送り届けることができました。
短歌もまだつづけていらっしやるのですか?
wさんとは研究会でご一緒しています。
またお歌も拝見させてくださいね。