冷戦の真っ盛りの頃、日本を訪問したイスラエルの軍幹部から、自衛隊の将官に質問が出た。「なぜ、日本に戦車が必要なのですか」と。
そこで自衛隊の幹部の方は、北海道にソ連軍が上陸した時に備えるためですと返答した。するとイスラエルの方は首を傾げ「ソ連軍が上陸したということは、海を渡ってでしょう。つまり制空権を握られてなければ無理。制空権を握られた状態で、戦車を備える意味があるのですか」
そう返された自衛隊の幹部の方は、適切な回答が思いつかずに絶句したという。
細長い日本列島を守ろうと思云えば、必要なのは制空権を握る空軍と、海を制する海軍だ。つまり上陸されるということは、空軍と海軍が敗北していることを意味する。
そうなると日本の防衛に必要なのは、国内ではゲリラ部隊であり、国外では外交及び諜報となる。要するに、日本には、大型の戦車は必要がない。普通に考えれば明白なことだ。
それにも関わらず、日本が戦車に拘るのは、ノモハン事件に代表されるようにまともな戦車を保有したことがない劣等感からだろうと私は邪推している。
だから私は国産の61式戦車から90式戦車までを高く評価はしていない。ただ市街地での戦闘を前提にした対テロ兵器としての性格が強い現行の10式戦車は、それなりに価値があると考えている。戦後半世紀たって、ようやく日本に相応しい戦車の登場だと評価している。
一方興味深いのがお隣の南コリアである。元々独自の軍隊がなく、アメリカ軍のお下がりを使っていたのだが、老朽化が目立ちだして新しい戦車を必要とした。既に経済再建を果たしただけでなく先進国としての自信を深めていた。
最初、南コリアが希望していたのはアメリカ軍の最新型であるM1エイブラハム戦車であったが、これは断わられた。しかし、朝鮮半島の防衛を重視していたアメリカは、M1のプロトタイプの一つをクライスラー・ディフェンス社が設計していたので、これを設計図ごと売り渡した。
もっとも戦車を設計も製造もしたことがない南コリアである。当初はアメリカで製造し、後に組立部品を南コリアに輸出して、それを組み立てることで製造を覚えてここに南コリア発の国産(ちょっと疑問だが)戦車であるK1が誕生した。
このK1戦車だが、私は非常にバランスが良い名機だと考えている。105ミリ砲とドイツ製エンジンの組み合わせは、起伏の多い朝鮮半島を疾駆するのに適切であり、第三世代の戦車でも指折りの使い勝手の良いものだと思う。
ただ南コリアは少し不満であったようだ。本当は世界標準の120ミリ砲を搭載させたかったらしい。でも、アメリカは対北朝鮮戦を考えて、長距離での撃ち合いよりも、雌伏しての迎撃主体になる実情を勘案しての105ミリ砲であった。この方が実情に合っていると思う。
しかし不満を我慢できず、遂に韓国は独自に改良してしまう。120ミリ砲塔を装備させた改良型K1A1を造ってしまった。砲身が太くなり重量が増加したのは当然だ。更に砲弾も一回り大きくなり重くなったのも必然である。
結果、従来のK1戦車のエンジンと駆動機構に過大な負荷がかかるため、韓国は独自にパワーユニットを作り搭載させた。が、基礎的な製造技術が未熟なコリアには、いささか難し過ぎた。
実は初めにドイツの企業に改良型パワーユニットを頼んでいたが、これを自分たちでも造れると思い込み、ブラックボックス(ドイツ企業の秘密ノウハウ)を勝手に開けてしまい、それを再構築できず、結局ドイツに泣きを入れた。
ドイツは契約違反に激怒して修繕を拒否した。そこで仕方なくコリアは独自にパワーユニットを製造することになった。ところがこれが使えない欠陥品。それなのに、K1A1を製造し続けたため、倉庫には動けない戦車が山積みとなる。
最終的にはかなりの違約金を払ったらしいが、ドイツ企業のパワーユニットを輸入して軍に就役させている。でも、重すぎる上に、車内が狭くなり現場の評判は芳しくない。
その後、第3,5世代の戦車としてK2を企画し、設計はイギリス、エンジンはドイツ、装甲はアメリカ、電子兵装はロシアだが、最終的には南コリア国内で組み立てるので、純国産(・・・どこが、だ?)戦車としてお披露目される予定だった。
ところが、これもK1改と同じ失敗をやらかしている。実はエンジン及び駆動装置(パワーユニット)は韓国で作る予定であった。しかし、これがまったくダメ。坂道は登れないし、河川の渡渉も出来ない。故障が頻発して、訓練時間よりも修理のための時間のほうが長く、現場からダメだしが出ている。
しかたなく結局ドイツ企業のものを輸入して使っている。これに関しても国産に拘る上層部と、実戦運用を重視する現場との争いもあり、しかもまたしても契約違反をやらかしたらしく、ドイツとも散々揉めている。
率直にいって名機であるK1の電子兵装をアメリカ製にして、情報統合機能を付与すれば今でも十分実用的だと思う。どうもこの国、国産に拘り出すと、大概失敗している。
まァ日本も60式戦車から10式戦車までの紆余曲折を想うと、あまり偉そうなことは言えないけど、ある意味参考にはなると思う。真似しちゃダメよ、の方ですけどね。