なんの予兆もなかった。
日曜日の夜のことだ。明日は朝一番に顧客の元を訪れて決算説明だ。書類を確認し、段取りを考えてカバンに戻す。そろそろお風呂が沸いた頃だ。
一月に心臓の不整脈で緊急入院して以来、少し神経質になっているので、事前に浴室は温めてある。暖かいところから、冷えたところに急に移ると心臓に良くないからだ。
いつものように洗髪してから体を洗う。気分よく浴槽に体を沈めて快適な温浴を楽しむ。・・・なんか変だ。途中から体の変調を感じた。訝りながら風呂から上がり、着替えて床に横になる。
それから小一時間、体調は戻らない。それどころか、汗をかいていることに気が付いた。寝汗というにはあまりに冷たい。私の脳裏には再びあの一月の夜が思い起こされた。
かかりつけの病院に電話して看護師さんと相談する。すると、今夜は循環器の担当医がいないので、救急車を呼んで欲しいとのころ。それも、なるべく早く。
一度電話を切り、しばし考える。今は仕事の繁忙期で、明日は大事な顧客との打ち合わせもある。しかし、私は知っている、心臓の病は一刻も早く治療開始することが、なによりも早期回復につながると。
意を決して119番に連絡する。その後、大急ぎで入院道具を取りそろえる。まず間違いなく入院となるはずだからだ。数分後、身支度を終えた頃に救急隊員が玄関をノックする。
誘導されて救急車に乗り込み、そこでの問診の後、某大学病院に向かうことになる。なんとまあ、20代の時に世話になった病院であり、延べ1年半を超える入院生活を送った病院である。
主治医のN教授の退任に伴い、他の病院に通うことになったため、行くのは10数年ぶりだ。すぐに救急棟に入り、処置室で数名の医師と話し合い、すぐに治療に入る。なんと電気ショックを使うとのころ。
鎮静剤が効いている間に治療を終えたのだが、次に向かうのは救命救急センター、通称ICUである。これは想定外だった。結局、このICUで二日間を過ごし、先日ようやく一般病棟に移れた。
なにせICUは制約が厳しい。PCもスマホも電話もダメで、ひたすらに安静を守るのみだ。はっきり言うが、ものすごく退屈であった。そんな私の無聊を癒してくれたのが表題の作品だ。
「羊たちの沈黙」や「ハンニバル」で世界に衝撃を与えたトマス・ハリスは寡作な作家だ。13年ぶりの新作なので、私は楽しみにしていた。いつ読もうかと悩みながら、未読本山脈を眺めていたもの。
でも119番に電話した後、数分で入院道具をカバンに放り込んだ差異、今こそその時とばかりに手に取った。おかげで退屈な2日間、三度も読み返して楽しむことが出来た。
率直に言えば、「羊たちの沈黙」には劣ると思う。だが、十分に楽しめるサイコ・ミステリーであることも間違いない。手に取る機会がありましたら是非どうぞ。
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