私は夢という言葉が嫌いだ。
夢は叶わないからこそ夢なんだ。けっこう本気でそう思っている。捻くれた性格であることは自認している。
30年ほど前、闘病生活をつづけながらようやく手にした税理士資格。それをある友人から、夢が叶ったね、と言われて素直に肯けなかった。私にとって税理士の国家資格は、やるべき範囲の勉強を十分にやれば達成できる目標に過ぎなかった。
足掛け6年の受験中も、夢をかなえるなんて考えは毛頭なかった。強いていえば、病気のことしか考えられない自分からの逃避であったと思っている。勉強に集中している間だけは病気のことを忘れられた。このわずかな時間が、私を狂気から救ってくれたと思っている。
では夢はないのかと問われれば、もちろんあると答えられる。病苦のない世界、病気で死ぬことのない世界、治療不可能な病気のない世界。それが私の夢だ。決して叶わぬ夢だと分かっている。
もちろん私が異端の考えの持ち主であることは自覚している。では、いつから、これほどまでに夢に対して皮相的な見方をするようになったのだろうか。
実は今も分からない。ただその一助になったのが表題の映画であった気がしている。この映画は家のTVで家族で観たはずだ。けっこう夢中になって観ていた。若い三人の夢と努力は見事に散ってしまうアンハッピーエンドの映画である。
私はハッピーエンドを願っていた。でもそうはならなかった。失望感よりも期待を裏切られたことで生じた心の闇を感じて、自分自身をおぞましく思ってしまった。なんだろう、この無力感は。そんな私の感慨をよそに、TV画面からは作中、時折流れていた「愛しのレティシア」という曲をエンディングでアラン・ドロンが口ずさんでいた。
そう、妹たちはアラン・ドロンがお目当てで映画をみていた。ストーリーなんて二の次だったんだと思う。当時、アラン・ドロンは世界一のハンサム俳優として日本では有名であった。若い頃のドロンは、男の私からみても綺麗であったと思う。
個人的には、レッドフォードの筋肉美や、マックイーンのタフガイぶりに惹かれていたので、私自身はさほど好まなかった。でも野心を持ちながら夢破れた若者を演じさせたら光る俳優だと思っていた。
先月いや、先々月か。そのアラン・ドロンの訃報が伝えられた。あの映画を観た時から半世紀が経ったのかと、いささか感傷的な秋の夜です。
欧州へ亡命し、そのまま資産を食い潰しながらモテモテの遊び人になり、なぜか一念発起して祖国へ戻り、革命を成功させた直後に死ぬ……という映画でありませんてしたっけ?「冒険者たち」って。
あと同名でドブネズミのガンバと仲間がイタチの大集団と戦う冒険小説もありました。
そういや田中光二の処女作短編の「スフィンクスを殺せ」でもヒーローの最後のセリフに「冒険者」の言葉があって、これはどうもRPGから始まった単語ではなさそうですねぇ。案外にタイトルの映画が語源かもしれない。
職業的に冒険する人って、軍人やスパイや探検家などの
国家を背景とする形でしか日本の活劇小説で見られなかったと想うので。自律的かつ自発的な冒険者の冒険小説って、日本では生島治郎「黄土の奔流」と想うので。
石原慎太郎も「黒い環」や「銀色の牙」などの冒険小説を書いてますが「冒険者」なるワードは出てこない。
すると、やっぱりこの作品が元ネタっすかねぇ?