ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「孤高の人」 新田次郎

2007-02-19 12:41:07 | 
山に登れない身体となって、はや21年が過ぎた。それなのに、未だに夢に見ることがある。未練がましいと思う。思うけれど、そんな夢を見た朝は、決して不快ではない。

あれは高校2年の夏だった。北アルプスを燕岳から常念岳までの縦走の最中に、台風に襲われた。山稜の鞍部にてテントを張り、強風吹き荒れる夜を過ごした。ドーム型のテントは、風にしなり、今にも壊れそうだったが、経験上簡単には壊れないことを知っていた私は、早々に寝袋に潜り込んで寝た。

風の唸りが小さくなったのを感じて、早朝目を覚ますと、驚いたことにテントの天井が目の前にあった。どうもテントを支えるポールが折れたらしい。なんか身体が生ぬるいと思ったら、テントのなかは浸水して、私は水の中でびしょ濡れで寝ていたらしい。

テントを押し上げるように起き上がると、隅っこで一年生たちが膝を抱えて座り込んでいる。声を掛けると、憔悴した声で返事してくる。「先輩、よく眠れましたね」だと。どうやら、一晩中起きていたらしい。「起きてても、することないしな」と素っ気無く応え、テントの応急措置をやり、のんびり朝食を食べる。

雨が止んだようなので、テントを出ると、外の景色に驚いた。頭上を駆ける雨雲の切れ間から、朝の太陽がルビーのような赤い輝きをみせている。さっきまで疲労で呆然としていた一年生も、目を輝かせて、その美しい光景に見とれている。

台風一過の朝の景色ほど美しいものは、滅多にないと思う。不安な夜を過ごした焦燥感が拭われ、今日を生きる気力が沸いて来る。どんなに苦しくとも、それを耐えれば、それ以上の感動が味わえた。困難を乗り越えてこそ、得られる感動がある。それを教えてくれたのが山だった。

身体を壊す前は、会社を辞めたら、山で山小屋の番人でもしようと考えていた。表題の作品の主人公に憧れていたせいでもある。よくよく考えてみると、お喋りが好きで、単独登山などやったことのない自分には無理というか、向いてないのだろう。それでも憧れた。一人で山に対峙できる逞しさに憧れた。

今にして思うと無理だよな、と思う以前に、端から諦めている自分の弱さをつくづう実感した。弱くなったな、私。でも、その分、しぶとく、ずうずうしくなった。良いんだか、悪いんだかねえ~
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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (kinkacho)
2007-02-21 08:59:33
こんにちは。
先の話ですが、秋に穂高の縦走に行くと意思表示を山仲間の中でしました。北~奥へ行きたいのですが、技術が…きっと奥~吊尾根~前になると思います。
キレットはクリアしたので、いつかジャンと野心はとどまること知らずです。
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Unknown (ヌマンタ)
2007-02-21 15:02:10
Kinkachoさん、こんにちは。いいですねえ、奥穂高の縦走は。ただ、登攀技術があったほうが、より安全に楽しめると思います。

私は秋に穂高を縦走中、雪に降られ悪戦苦闘した覚えがあります。アイゼンなしで、氷結した稜線は浮ゥったです。でも、紅葉と雪の組み合わせは、素晴らしく美しかったですよ。
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Unknown (kinkacho)
2007-02-22 12:17:41
そうですね。
山行前は死ぬほどクライミングのトレーニングになることでしょう。岩にはりついていると、石焼ビビンバになった気分です。自重でも重いのに、縦走想定の荷物で振られて浮「です。
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