長々と続いた口論が、ふと途切れた直後だった。
「あんたは、良い事も悪い事も真面目にやるから嫌いだよ」と言われて絶句した。
長い付き合いの女友達だけに、妙な点に着目しやがると舌を巻いた。たしかに、そういった側面が私にはある。思わず考え込んでしまい、反論出来なかった。
私は今でこそ、真面目でございますと生きているが、いつも真面目だった訳ではない。とりわけ子供の自分は、むしろ正反対で、少なからぬ先生たちから問題児扱いされていた。補導されたことも一回や二回では済まない。
白状すると、悪いことだとは自覚していたが、何で悪いのだと開き直っていた。喧嘩をするのは、傷つけられた報復だし、物を壊すのは、私を苛立たせるからだ。嘘をつくのは、自分の自尊心を守るためだし、黙っているのは、守るべき信義があるからだ。
真面目に生きると決意を固めてからも、私は悪い事を平然とやることをなかなか止められなかった。高校生の頃には、成績だけなら優等生だったが、酒タバコはもちろんパチンコなどのギャンブルを放課後、平然と楽しんでいた。
校則違反であることは承知していたし、未成年者の酒タバコは、多分なんらかの法令違反だとも自覚していた。でも、そんなに悪いことだとは思っていなかった。
当時の私にとって、悪い事とは、家族や友人を裏切ることであり、騙すことであり、傷つけることであった。酒タバコなんて、たいして悪くないと思っていた。世間一般の考えとは、いささかずれている事は知っていたが、考えを改める必然性も感じなかった。
当然というか、付き合う友達も、高校時代から酒タバコは当然で、パブや居酒屋に入ることも当たり前の連中ばかりだった。思い返すと、あまりに真面目な連中とは、積極的には付き合わなかった。ワイシャツのボタンを一番上まで締めている奴とか、遅刻も早引けも出来ない連中と一緒に居ても面白くないからだ。
ところが、大学がいわゆるお坊ちゃんお嬢ちゃんが多く通う品の良い学校であったため、いささか調子が狂った。ワンゲル部で登山に熱中していたこともあり、あまり悪いことが出来なくなってしまった。
交通違反を別にすれば、いったって健全な青年に様変わりしてしまった。妹は不思議がり、母は喜んでいたようだが、当の私は戸惑っていた。いささか、物足りない気持ちを抱えていたことは確かだった。
ところで、悪いことの「悪い」って一体なんなんだろう?
私の場合、育ちの悪さも影響していると思うが、世間一般でいうところの悪い事と、私の自覚する悪い事がずれている。ずれてはいるが、本質的に許せる悪い事と、許せない悪い事はたしかにある。
許せないのは、正義の側に立ち、正当な立場で私利私欲のために公権力を行使する輩だ。
表題の作品は、犯罪者を収監した刑務所内部において、その犯罪者を食い物にする刑務所長とその取り巻きたちが真の悪役だ。絶望的な境遇のなかで、囚人たちは力を合わせて立ち向かい、智恵を絞って策略を練る。
その戦いは刑務所のなかだけでは終わらない。法廷で暴かれる偽りの正義の顛末を知りたければ、是非ご一読を。ちなみに、作者はこの作品を収監中の刑務所のなかで書き上げました。ちと、変り種のミステリーです。
「あんたは、良い事も悪い事も真面目にやるから嫌いだよ」と言われて絶句した。
長い付き合いの女友達だけに、妙な点に着目しやがると舌を巻いた。たしかに、そういった側面が私にはある。思わず考え込んでしまい、反論出来なかった。
私は今でこそ、真面目でございますと生きているが、いつも真面目だった訳ではない。とりわけ子供の自分は、むしろ正反対で、少なからぬ先生たちから問題児扱いされていた。補導されたことも一回や二回では済まない。
白状すると、悪いことだとは自覚していたが、何で悪いのだと開き直っていた。喧嘩をするのは、傷つけられた報復だし、物を壊すのは、私を苛立たせるからだ。嘘をつくのは、自分の自尊心を守るためだし、黙っているのは、守るべき信義があるからだ。
真面目に生きると決意を固めてからも、私は悪い事を平然とやることをなかなか止められなかった。高校生の頃には、成績だけなら優等生だったが、酒タバコはもちろんパチンコなどのギャンブルを放課後、平然と楽しんでいた。
校則違反であることは承知していたし、未成年者の酒タバコは、多分なんらかの法令違反だとも自覚していた。でも、そんなに悪いことだとは思っていなかった。
当時の私にとって、悪い事とは、家族や友人を裏切ることであり、騙すことであり、傷つけることであった。酒タバコなんて、たいして悪くないと思っていた。世間一般の考えとは、いささかずれている事は知っていたが、考えを改める必然性も感じなかった。
当然というか、付き合う友達も、高校時代から酒タバコは当然で、パブや居酒屋に入ることも当たり前の連中ばかりだった。思い返すと、あまりに真面目な連中とは、積極的には付き合わなかった。ワイシャツのボタンを一番上まで締めている奴とか、遅刻も早引けも出来ない連中と一緒に居ても面白くないからだ。
ところが、大学がいわゆるお坊ちゃんお嬢ちゃんが多く通う品の良い学校であったため、いささか調子が狂った。ワンゲル部で登山に熱中していたこともあり、あまり悪いことが出来なくなってしまった。
交通違反を別にすれば、いったって健全な青年に様変わりしてしまった。妹は不思議がり、母は喜んでいたようだが、当の私は戸惑っていた。いささか、物足りない気持ちを抱えていたことは確かだった。
ところで、悪いことの「悪い」って一体なんなんだろう?
私の場合、育ちの悪さも影響していると思うが、世間一般でいうところの悪い事と、私の自覚する悪い事がずれている。ずれてはいるが、本質的に許せる悪い事と、許せない悪い事はたしかにある。
許せないのは、正義の側に立ち、正当な立場で私利私欲のために公権力を行使する輩だ。
表題の作品は、犯罪者を収監した刑務所内部において、その犯罪者を食い物にする刑務所長とその取り巻きたちが真の悪役だ。絶望的な境遇のなかで、囚人たちは力を合わせて立ち向かい、智恵を絞って策略を練る。
その戦いは刑務所のなかだけでは終わらない。法廷で暴かれる偽りの正義の顛末を知りたければ、是非ご一読を。ちなみに、作者はこの作品を収監中の刑務所のなかで書き上げました。ちと、変り種のミステリーです。