■毎年恒例の群馬県台湾総会の新年会が今年も伊勢崎市内で午前11時30分から開かれました。相変わらず寒い日ですが、幸い天候にも恵まれ、県内各地から会員や来賓の方々が参集していただきました。前半の司会は沼田市に在住する若いカップルにより「皆様、こんにちは。本日はお忙しい中お越しいただき誠にありがとうございます。これより2018年群馬県台湾総会新年会を開催いたします」と日本語および中国語による開会宣言が行われました。
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※案内状 PDF ⇒ 20180121pvn.pdf
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↑会場案内。↑
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↑受付中。↑
最初に、先日2月6日23時50分に台湾東北部の花蓮で発生した地震で亡くなられた方々に黙とうを捧げました。
続いて、頌彦真賢会長による挨拶がありました。
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「群馬県台湾総会の頌彦(うたさと)真賢(しんけん)と申します。よろしくお願いします。皆様、新年おめでとうございます。新年快楽。本日、厳しい寒さの中、大勢のかたに台湾総会新年会にご参加いただきまして、まことにありがとうございます。皆さん、ご存じのように日本と台湾は昔から深く関わっております。特に3.11大震災をきっかけにして、日本と台湾はお互いに対して高めながらあらゆる面での交流を通じて両国の絆や連帯感を強めております。つい3週間前の台湾花蓮大震災に、日本は安倍首相はじめ、日本国民の皆さまから関心や励ましの言葉をたくさん寄せてくださいました。さらには最新の技術を持つ地震の専門チームを瞬時に花蓮に派遣してくださいました。まさに日本と台湾の強い毛砂と連帯感の表れだと私は確信しております。私たち群馬県台湾総会は、単に台湾出身者の集まりに留まらず、日本と台湾の絆と連帯感を大事にして活動してまいりたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。本日も前橋市・山本市長、沼田市・横山市長、本庄市・吉田市長、そして県議会議員、市議会議員の皆さまがお越しくださいましてまことにありがとうございます。後ほど、ご挨拶を頂ければと存じます。最後になりますが、オープニングに出演してくださった育英短大の「あばれんぼう太鼓」の皆さまに感謝いたします。その他にも、様々なアトラクションを用意しておりますので、皆さま、おたがいに交流しながら、最後まで楽しんでください。以上を持ちまして私の挨拶とさせていただきます」(拍手)
次に来賓の挨拶として、最初に台北駐日経済文化代表処の郭仲煕副代表から祝辞述べられました。
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↑郭副代表。雰囲気はヒフミンこと将棋の加藤一二三名人とそっくりとの声が会場から。↑
「頌彦会長、並びにご臨席の皆さまがた、新年おめでとうございます。まず、新春のお慶びを申し上げます。あっ、今、(本庄市の)吉田市長が見えました。えーとですね。日本のお正月、台湾の旧正月、この二つの節目を終わったあと、初めて本格的な一年がスタートしたというふうな雰囲気です。本日、うちの大使が、公務が重なり、自ら来ることがかなわず、代理出席となったことは本当にご容赦の程お願い申し上げます。今年の初めにですね、いろんなことがありまして、晴れの日は晴れず、コインはチェックせず・・・皆様、納得いただいたでしょうか?(拍手)晴れの日、「はれのひ」ですね。「はれのひ」は振袖の事ですね、成人の日の。コインチェックは、ええ。コインチェックの事もですね。かなり大きな問題になっているようで、仮想通貨の信頼性がどこまで浸透できるかは、ちょっと年頭の時にですね、こんな二つのことがありましてちょっと波乱含みの展開となりそうな雰囲気ですけれども。でも、寒さに耐えた人には、凛とした強さが宿っていると、そういうことが言えるだろうと思います。例えば今ですね、梅の花がちょうど今咲いている時期ですね。梅のお花と言うのは寒ければ寒いほど、強い香りを出す、きれいな花が咲くという花です。それは台湾人の性格を現すひとつの花ですけれども、その、梅の花の香り、そして日本ではですね、もうひとつの植物、フキノトウ、フキノトウの苦み、その2つがこう我々の心にですね、沁み込むのは、やっぱり越冬の歓びと響き合うからです。ですから、こういう、今月の7日未明、台湾の東部地方、花蓮を襲った地震がありました。かなり被害が甚大でありました。その時ちょうど、日本の北陸地方にでもですね、大雪による被害がありましたけれども、でもそういう自然災害にも関わらず、日本はさっそくですね、専門家チームを派遣しまして、台湾まで救助活動に、協力に駆けつけていただきました。で、それだけではなく、日本各界の皆さまから心温まるメッセージやご支援をいただき、本当に本当に心から感謝申し上げます。自然災害は非常に心を痛めることですけれども、でも、いつも自然災害が起きるたびにですね、ほろりとする出来事もありました。日本の場合はですね、北陸地方の大雪で長い列の車両が立ち往生しました。でも、地元の方々がですね、温かいおにぎりを作って、ドライバーの皆さんにですね、配ったと。で、もうひとつ、立ち往生した車の中に山崎製パンのトラックもありました。その山崎製パンは自分の車の荷台を開けまして、パンを全部取り出してですね、車列に配ったと。そういう記事を読んでですね、本当に感動しました。これはおそらく他の国ではなかなかないのではないかと、いうふうにしみじみと感じております。で、かえって、花蓮の地震の災害を見ると、日本からの専門家チームが、すぐ台湾の救助隊と一緒にしてですね、救助活動を展開していただきました。で、地元の方々もですね、炊き出しでですね、温かい食べ物を救助隊の皆様に提供しました。また、ワゴン車を運転してですね、温かい朝食、朝ご飯を、自分のワゴン車の中で作って救助隊員に提供しました。そういう出来事をですね、つまり助け合い、支え合う、そういう心がなによりもの温もりです。その温もりがあるのは、台湾と日本、義理と人情を非常に大事にしている日台同士が、そういう助け合いの心が強く根差しているところは、つまり日台の強力な絆を現す証ではないでしょうか?(大拍手)ありがとうございます。その助け合いの心で結んでいる絆を大事にして、さらなる友好関係を目指そうと、そういうふうに、それを目指して頑張っていきたい。そういう決意を新たにしまして、これからの日台友好の弥栄(いやさか)の、そして台湾総会の益々のご発展、そして皆様のさらなるご健勝、ご多幸を祈念しまして、お祝いの言葉に替えさせていただきます。本日は本当にありがとうございました」(大拍手)
続いて前橋市の山本龍市長の挨拶。
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「あの、本日は新年会、本当におめでとうございます。また花蓮の地震、市民も窓口で寄附を募っておりまして、またあらためて代表処にお届けしたいと思っております。昨年、私自身も台湾の素晴らしさを再発見した年です。3つの意味で台湾を訪問させていただきました。1つは、台北のボーイスカウトと前橋のボーイスカウトの交流がもう30年続いておること。2つ目は、前橋のある中学校と台湾の中学との交流が続いて、それが一回途切れておりますので、そのお詫びに上がってきたところです。行った先のその中正中学校というのは生徒がなんと2500人もおりまして、うちの中学校がたった500人しかいないので、これは違う規模だなと思っているほど驚いて帰ってきたところです。まあ、前橋全部の中学校と交流しなくちゃ、とてもバランスが合わないくらいの大きな中学校でございました。3つ目は台中市にありましたジャイアントという自転車メーカーが前橋の駅にお店を出していただいたそのお礼に、ということで、台中から高雄まで自転車で走らせていただきました。本当に素晴らしかったです。もうあちこちで歓待をしていただいて、「レンシータイワン(認識台湾」と言う言葉と、タイワン・ザアン(台湾讃)。「いいね!台湾」といって、交流させていただきました。本当に素晴らしい思い出でございます。そして、嘉義、昔農学校が甲子園に行った、あの、KANOか、KANO。それがそのう、映画をあらためて見たら本当に感動しました。本当にある意味、僕たちは故郷に行ったような気持ちであります。そんなことを含めてこれからも交流をしてまいりたいと思います。あのう、前橋はいろいろな形で交流がありましたけれども、あらためてこの間新聞を見ましたら、群馬県の奥の東吾妻町の石坂さんというかたが、基隆市に昔の夜間中学校を作ったという上毛新聞の記事が載っておりまして、いろいろな意味で群馬と台湾の関係をますます緊密にしてきたいと思った次第でございます。本日はそういう意味でも台湾総会、開催おめでとうございました」(拍手)
※石坂荘作の関連記事
上毛新聞 JPEG ⇒ 201802262030560001.jpg
東京新聞 JPEG ⇒ 201802262030140001.jpg
続いて、沼田市の横山公一市長の挨拶。
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「皆さん、こんにちは。(場内から、こんにちは)本日は群馬県台湾総会新年会にお招きを頂きまして、誠にありがとうございます。また、本会が関係者の皆さまご参会のもとに盛大に開催されることに心よりお喜び申し上げます。初めに、今月6日、台湾東北部で発生した地震により被害を受けられた皆さまがたに心よりお見舞いを申し上げます。そして一日も早い復興を願っております。さて、私どもの沼田市は、台湾のちょうど真ん中の日月潭のところにある魚池(ぎょち)郷のところで、台湾紅茶の父と言われております新井耕吉郎が私どもの沼田の出身でございます。皆様がたもご存知かと思いますけれども、沼田を出ますと日光に向かって120号線があるんですが、120号線の右側に薗原(そのはら)ダムと言う、川を、片品川をせき止めたダムがございます。そのダムの湖岸に新井耕吉郎の生家がございます。そしてそこには、頼幸吉郎のお墓も建っております。新井耕吉郎は台湾でお亡くなりになっておりますので、台湾にもお墓があります。それで許文龍さんという方が胸像を4体作っていただきまして、台湾茶業の試験場のところに1体。それから許文龍のご自宅に1体、それから美術館に1体と、私ども沼田市に1体ございます。ぜひ台湾総会の皆さまがたも沼田にお越しの節には、新井耕吉郎さんのところにぜひお邪魔していただければありがたいと思っております。そして今、沼田では台湾紅茶がブームになっておりまして、大変クセのない紅茶でございますので、皆さんが飲みやすいということで、愛飲者が増えております。そして、老神の温泉郷があるんですが、その温泉郷の皆さんが、昨年も台湾に、確か3回お邪魔して大変皆様方にお世話になっております。ぜひ老神にもお出かけいただきまして、温泉で癒していただければありがたいと、いうふうに思っています。今年は魚池郷の陳郷長と、6月頃にはなると思うんですが、友好都市の提携をしようじゃないかという話が現在進んでおりますので(拍手)、その進行具合によって、来年のこの総会に、イェーイという話ができると思いますので(拍手)、よろしくお願いします。本日はまことにおめでとうございます」(拍手)
続いて、埼玉県本庄市の吉田信解(しんげ)市長からの挨拶。
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「おめでとうございます。ダーゲホウ。隣の本庄市からやってまいりました吉田でございます。毎年頌彦会長さんにお招きを頂きまして、今日は、郭副代表にも駐日代表処の方から本当にわざわざ北関東までようこそお越しいただきました。今、前橋市長さん、沼田市長さんからご挨拶が有りましたように、本庄市も昨年起きた動きがありまして、本庄の場合はですね、本庄市にある洋ランの栽培農園があるんですが、モテギ洋蘭園と申しまして、実は代表処ではいつも使っていただいるみたいで、ありがとうございます。台南の新営市、昔は新営市と言っていたんですが、合併して今は新営区になりましたけれども、そこに大きなですね、市政府でもって、洋ランの栽培農園を、20へクタールくらいの大きな農園があるんですがその一角、4ヘクタールをですね、本庄のモテギ洋蘭園がむこうに進出して洋ランの苗を栽培しております。その社長と私、昔からよく知っていましたので、ぜひ本庄市から、市長もそうだし、議会もそうだし、経済人もそうだし、みんなでこう遊びに来てくれないかという話がありまして。ちょうど台南の対日友好協会の理事長の、副代表と同じ苗字の郭さんというかたと、郭さんの御主人が李退之という、当時、台南の市議会議員で、当時の市長の頼清徳市長と非常に親しいという関係もございましたので、ならばということで、昨年の8月に私、それから市議会議員が8名ですね、それと実はあのう、今日起こしですかね、伊勢崎の伊藤純子市議さんがですね、あっ、そこにいらっしゃいました。事前にこう遊びに行っていただいたんでございましてですね、メンバーとして、参加していただいたんですけど、それと商工会議所の関係者が8人ですね、総勢20人近くで皆で行きました。非常によくしていただきまして、とにかくホッタラー、ホッタラー(乾杯!)でですね、大変な目に遭ったんですけども(笑)、洋ランの栽培場もそうですけれども、とにかく、郭さんと、李議員、それから頼清徳市長にもお会いしましてですね、非常に歓待をしていただいたところでございます。で、帰ってきたら、突然頼さんがですね、今度は行政院長になられて、その、私どもにお世話していただいた李議員さんが、この、引っ張られてですね、行政院の農業委員会の副委員長、副主任ですか、日本で言う農水副大臣になられまして、今度視察でですね、実は先月、ではなくて、今月の2月4日に本庄市に視察に来ていただきました。そういうかたちで、非常にこう交流が始まっておりまして、特に洋ランの栽培場をご縁にした縁ですけれども、ぜひ台南市と、これから友好都市なり、結んでいけるように頑張って行きたい。実は昨年、その、暮れに、林百貨店という非常にモダンな百貨店のオープン3周年記念に、突如話が来まして、うちのマスコットキャラクターのハニポンというのがいるんですけども、これを寄こしてくれないか、という話でですね、秘書課長がハニポンを帯同して、行ってまいりまして。非常に盛り上がったところでございまして。大変そういう意味ではお世話になりまして、本庄市も日台の友好の為に頑張って行きたいと思います。先般発生しました花蓮の大地震につきましても、きょう実は一緒に行った訪問団が義援金を集めましたので、後ほど副代表にお渡ししたいと思っております。それにしても、群馬県の台湾に対する熱意は素晴らしいと私は思っております。埼玉県でもこういった動きが広がっていくように、私も頑張って行きたいと思いますけれども、ぜひ、川を隔ててのお隣同士ですから、これからも仲良くしていただきたいと思っております。どうぞ代表処はじめ、台湾総会の皆さまがたのですね、今後ますますの、シェンティジェンカン(身体健康)、ワンスールーイー(万事如意)ということでですね、皆様方の御健勝をお祈りします!おめでとうございました!」(拍手)
次に、本日の来賓の紹介がありました。来賓としてお越しいただいた方々は次の皆さんです。
台北駐日経済文化代表処教務部秘書 文小姐
日本中華連合総会会長代理 頼浩生様
伊勢崎市議会議員 伊藤純子様
沼田市議会議員 久保健二様
群馬県議会議員 大和勲様
新潟県柏崎市議会議員 三井田孝欧ご夫妻
群馬県国際戦略課課長 山田浩樹様
群馬県台湾総会に長年ご尽力いただいたた 元日台議員連盟 松本耕司様
元群馬県議会議員 原病院理事長 原富夫様
株式会社フレッセイ相談役 植木康夫様
富士見商工会事務局長 阿久澤豊氏らご一行様
館林市日台親善交流協会会長 金井田好勇らご一行様
NPO高崎ネットワーク代表 清水一也様ご一行様
日本李登輝の会 群馬支部部長 山本厚秀様ご一行様
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なお、いつも来ていただいていた地元の伊勢崎市の五十嵐市長は今回は公務の為、欠席となりました。ちなみに、伊勢崎市では市議会に中共シンパの議員が多いため、台湾との交流がなかなか活性化させにくい雰囲気があると言われています。その中で毎年出席して台湾との交流促進にご尽力いただいているのが伊藤純子市議です。
続いて、これまでに県内から多くの義援金をいただいたことから、これをNPO高崎ネットワークの清水理事長から郭副代表に贈呈されました。
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台湾東部の花蓮地方で震度7、マグニチュード6の大地震が 2月6日23時50分に発生しましたが、その翌日には多くのかたがたから群馬県台湾総会のもとに、問い合わせの電話や励ましのメッセージをいただきました。「支援をしたいがどうすればよいか」という声が多数寄せられたため、群馬県台湾総会で義援金窓口を立ちあげたのでした。
頌彦会長夫人によれば、「義援金口座は2月28日まで振込可能。現在の義援金は、ネットワークも協力していただき、71万1000円。先ほど贈呈された募金の缶の中はまだ数えていなませんが、2月28日を終えて、3月に計算して代表処に振り込む予定」だということです。
次に育英短大生による「あばれんぼう太鼓」の演奏がありました。
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その後、清水氏による乾杯の音頭とともに、懇親会がスタートし、軽妙な語り口で知られる会員の林さんの司会で懇親会がスタートしました。
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日本中華総会会長代理の来浩生氏の新年賀詞を手始めに、各種アトラクションが続きました。
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↑台湾総会女性有志による「台湾の踊り」↑
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↑台湾総会二世姉妹による「サックスとピアノ演奏」↑
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↑台湾総会男性軍有志による「台湾民謡の望春風」合唱↑
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↑カラオケタイム:台湾悠遊倶楽部、境中国語教室のメンバーの皆さんほか↑
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↑台湾で3~4年前に爆発的にヒットしたダンス歌謡「歓喜来恰恰(みんなでチャチャチャ)」↑
※YouTube:【大喜臨門】電影主題曲《歓喜来恰恰》MV 完整版
https://www.youtube.com/watch?v=dOoOiJf7Gqw
※YouTube:【大喜臨門】電影主題曲《歓喜来恰恰》MV 舞踏教学
https://www.youtube.com/watch?v=lXLK9RcCvYM
※歌詞 PDF ⇒ 20180205.pdf
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↑恒例の発紅包(お年玉)。プレゼンターは郭前会長↑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/a0/ece1f6576382e6c2a4090a18d3215b3d.jpg)
↑新年のお楽しみの「抽選会」↑
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↑くじ運の悪い筆者も含め全員に景品があたる抽選会。↑
そして15時に群馬県台湾総会理事の筆者により、一丁締めてお開きとなり、最後に全員で集合写真を撮影しました。
【ひらく会情報部】
※参考情報
○群馬県台湾総会のフェイスブック
https://www.facebook.com/%E7%BE%A4%E9%A6%AC%E7%9C%8C%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E7%B7%8F%E4%BC%9A-409219445847118/
○柏崎市義:三井田孝欧氏のブログ記事
http://miida.cocolog-nifty.com/nattou/2018/02/2018-9f73.html
*********上毛新聞2018年2月8日
台湾東部地震支援 みなかみ町が検討 県総会は義援金募集
台湾東部での地震発生から一夜明けた7日、台湾と交流のある群馬県内自治体は友好関係にある県や市の状況を確認した。
片品村の梅沢志洋(ゆきひろ)村長や村議らは彰化県を訪問中だったが、被害のあった花蓮県から遠く離れていて無事だった。一行は8日に村に戻る。
台南市に職員を派遣しているみなかみ町は職員の無事を確認した。同市も震源地から離れていて地震被害はないという。前田善成町長と林喜美雄町議会議長らが今月末に訪問する予定で、状況に応じて支援を検討するという。
県内の台湾出身者らでつくる県台湾総会は25日に伊勢崎市内で開く新年会で義援金を募る。
**********読売新聞2018年2月26日
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/5b/631c6fcf386a3754d08b8d6ae21bf920.jpg)
台湾地震 義援金贈る
県総会「強い絆と連帯表れ」
台湾東部の花蓮県沖で起きた地震を受け、群馬県台湾総会などは25日、台湾の在日大使館に相当する「台北駐日経済文化代表処」(東京都港区)に義援金の目録を贈った。
県台湾総会は台湾出身者からなる。義援金は、花蓮県出身で高崎市の造園業清水一也さん(74)の運営するNPO法人とともに呼びかけ、これまでに計約90万円を集めた。
この日は、旧正月・春節に合わせた県台湾総会の新年会が伊勢崎市であった。代表処から郭仲煕副代表が出席し、会長の頌彦真賢さん(65)と清水さんが目録を手渡した。 頌彦さんは「多くの日本人が地震に関心を寄せ、支援してくれた。日本と台湾の強いきずなと連帯感が表れている」とし、清水さんは「古里なので、早く復興してもらいたい。被災された人たちに気持ちが届くといい」と話した。郭副代表は「多大な支援に感激する。義援金は復興に使いたい」と感謝した。
義援金は28日まで集め、代表処に送る予定。
**********上毛新聞2018年2月26日
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/c2/51ba446b883389fd5c14ef0f6488edaa.jpg)
地震復興へ義援金
伊勢崎 台湾出身者が会合
県内の台湾出身者らでつくる県台湾総会(頌彦真賢会長)の新年会が25日、伊勢崎市内で開かれた。台湾東部花蓮県の地震を受け、県内各地から寄せられた義援金の目録など軽約90万円分を現時点の途中経過として台北駐日経済文化代表処(東京都)の郭仲煕副代表に手渡した。
義援金は総会が口座を開設したり、花蓮県出身の清水一也さん(74)=高崎市=が理事長を務めるNPO法人高崎ネットワークが募金箱を設置したりして集めた。新年かい出席者が会場で寄附した浄財も含んでいる。
頌彦会長は「地震後、励ましの言葉が多く寄せられた。日本と台湾の強い絆の表れ」とあいさつ。郭副代表は「心温まる支援を頂き、心から感謝したい」と述べた。清水さんは「現地に知人も多い。早く復興してほしい」と話していた。
新年会には会員と山本龍前橋市長、横山公一沼田市長ら台湾と交流がある自治体の幹部、議員ら関係者約100人が出席。冒頭で黙とうし、育英短大生による太鼓演奏もあった。
義援金の振り込みは28日まで受け付けている。最終的な金額を同代表処に届ける予定。問い合わせは同会事務局(☎0270・21・8287)へ。
**********
※参考情報「新年会プログラムほか」
*****式次第*****
2018年群馬県台湾総会新年会
司会:千明昇平・艾真如
一、開会宣言 ~ 黙祷(台湾東部大震災のため) ~ 司会
二、会長挨拶 頌彦真賢会長
三、来賓ご挨拶
台北駐日経済文化代表処挨拶 郭仲煕副代表
前橋市長 山本 龍様
沼田市長 横山公一様
本庄市長 吉田信解様
四、来賓照会
五、花蓮震災の義援金贈呈
六、演奏 育英短大による「あばれんぼう太鼓」
七、乾杯の音頭 花蓮出身の清水一也様
♪♪~懇親会開始~♪♪
司会:林文祥
一、新年賀詞 日本中華総会会長代理来浩生様
二、台湾の踊り~~ 回娘家 台湾総会女性有志
三、サックス&ピアノ演奏 池田彩華&知華 台湾総会二世
四、台湾民謡~~ 望春風 台湾総会男性軍
五、カラオケ(①~③日本友人による台湾の歌)
①台湾悠遊倶楽部メンバー 指導:会員斎藤秀瑛
②境中国語教室メンバー 指導:会員宍田秀霞
③Sweet Romance 鈴木由美子
④台湾総会二世の踊り「姊姊」 長谷井秀美親子&友人
⑤ヘッドライト・テールライト 会員亀井元一
⑥皆でチャチャチャ「歓喜来恰恰」
(時間の関係で、多少変更がございます。ご了承ください)
六、発紅包(お年玉)
七、抽選会
八、閉会の言葉 小川賢
九、全体撮影
*****抽選商品*****
1.代表処賞
2.会長省:電子レンジ
3.名誉会長省:商品券
4.総会賞:お米
5.大賞:エバー航空検
6.悠遊賞:お米
7.悠遊賞:お米
8.1等賞:庭のランプ
9.2等賞:入浴剤
10.復活賞:チャイナエアライン航空券
11.~30.酔仙賞:紹興酒(20人分)
31.~50.人気賞:鮭(20人分)
51.~60.ビリ賞1:米粉とスカーフ(10枚)
61.~94.ビり賞2:米粉2つ
紅包 図書券
代表処土産 ラスク(郭副代表、文秘書)
来賓手土産 奇美パイナップルケーキ&紹興酒
*****配布チラシ等*****
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/17/fdbf2af7f9ad348eca6e3a7cbfbad7e8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/74/c630806ecf7b2ad92bb25e6eff8be5c2.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/ba/6d7919882777e297fd2f0d7d70387927.jpg)
※参考情報「石坂荘作にかかる最近の報道記事」
**********上毛新聞2018年1月11日
東吾妻出身・石坂荘作に光 日台交流の業績知って
地元有志 資料収集 3月に顕彰会
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/31/9aa87ab6e297cf4a857c73b0acc3d75f.jpg)
↑石坂莊作↑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/7c/d53a5b6a66f2a9dc349db4308256c1b9.jpg)
↑石坂荘作直筆の手紙とコピーと写真。奥は高橋事務局長↑
日本と台湾の友好の礎を築いた、東吾妻町出身の石坂荘作(1870~1940)の業績を見直そうと、地元有志が関連資料を収集している。これまでに直筆の手紙が見つかったほか、兄弟がいたことが判明した。来月に石坂の業績にスポットを当てた講演会や展示会を開き、3月に顕彰会を立ち上げる。東吾妻町は石坂の縁で台湾との交流を深めていく考えだ。
石坂は27歳で台湾にわたり、基隆市で石坂商店を開業。はかりやたばこ、マッチなど専売品の販売で利益を出す一方、社会への還元に力を入れた。日本人と台湾人が一緒に学ぶ初の夜間教育機関や、後に市立図書館となる石坂文庫、和洋裁縫講習所を立ち上げるなど教育面で貢献した。
顕彰会は町の関係者や研究者ら約20人が参加する予定。講演会は石坂を研究する専門家が登壇し、町内の公民館や病院を会場とする展示会では直筆の手紙や写真、家系図などを紹介する。
群馬の近現代史に詳しい前橋学センター長の手島仁さんによると、石坂は台湾で敬愛される6人の群馬県人の一人。石阪らにゆかりのある観光コースは、台湾からの誘客のツールになると提言する。
東吾妻町は顕彰会の立ち上げを契機に、台湾と交流を図る考えだ。中沢恒喜町長が2月上旬、基隆市を訪れ、市長らと懇談する予定。将来的に姉妹提携を結びたい意向で、町の担当者は「まずは子どもが交流する機会を設け、ゆくゆくは観光振興につなげたい」とする。
顕彰会設立準備委員会の高橋徳樹事務局長は「顕彰会を通じて、日本と台湾の交流に貢献した石坂の業績を多くの人に知ってもらいたい。十分な資料が集まっていないので、提供してほしい」と呼び掛けている。
問い合わせは高橋事務局長(☎080・6731・4340)へ。
**********東京新聞2018年2月18日
台湾での功績たたえよう 東吾妻町出身 石坂荘作
町長ら基隆市訪問 顕彰会が来月発足
交流へ機運盛り上がる
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↑石坂莊作の近影(台湾国家図書館のデジタル・アーカイブより)↑
東吾妻町出身で若くして台湾に渡り、教育を中心に地域の発展に尽くして尊敬されている石坂荘作(一八七〇~一九四〇)。その功績をたたえ、石坂の縁を生かして台湾と交流しようという動きが同町で進んでいる。 (竹島勇)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/9b/588374f5dc0da3aba9053dbe46128c21.jpg)
↑基隆市内の中正公園にある石坂を与えるプレートを示す中沢町長。擁壁の上部に夜学校があった。=台湾・基隆市で(東吾妻町提供)↑
石坂は二十七歳の時に台湾に渡り、事業の傍ら四十年余り、台湾北部の基隆市の発展に尽くした。日本人と台湾の人が席を並べて学ぶ初の夜間教育機関「基隆夜学校」や後の市立図書館となる「石坂文庫」、「和洋裁縫講習所」を創設し、人々が教育を受けることができるよう尽力した。
前橋市文化スポーツ観光部参事の手島仁さんは本紙群馬版の連載「群馬学講座」(二〇一一年五月二十三日付)で石坂と紹介している。基隆夜学校が無料だったことや、石坂文庫が基隆市の「知識の庫」と呼ばれたことなどを説明。石坂が「台湾図書館の父」「基隆聖人」と称され、敬愛されている、とつづっている。
東吾妻町を昨年六月、台湾駐日経済文化代表処の謝長廷代表が訪問。中沢恒喜町長らとの会談に同席した町内に住む高橋徳樹・県海外支援交流会事務局長(当時)が石坂について説明したことから、双方で石坂の縁を通じた交流への機運が盛り上がったという。
中沢町長は今月八日、基隆市を訪問。基隆夜学校がもとになった現在の学校や図書館の跡地、資料を見学した。中沢町長は取材に「学校では大歓迎され、石坂さんが尊敬されているのを実感した。台湾と日本の学生が分け隔てなく並ぶ当時の写真を見て感動した」と話した。
中沢町長は基隆市の林右昌市長と会い、中学生の相互訪問や文化交流友好協定を結ぶ構想などを話し合ったという。「台湾では岩櫃山も舞台となった大河ドラマ『真田丸』も放送され町への観光客も期待できる」と力を込める。
高橋さんら有志は昨年六月、石坂荘作顕彰会準備委員会をつくり、資料を収集している。石坂の誕生日に当たる今年三月六日に正式に顕彰会を発足させる。準備委員会事務局長を務める高橋さんは「町では石坂さんの偉業を知る人は少ない。台湾との交流を深める一方で地元で広く知ってほしい」と話す。
そのため町教育委員会が主催、準備委員会共催で「石坂荘作氏の功績を学ぼう」と題して教養講座を今月二十五日午後一時半から町中央公民館で開く。手島さんが「群馬と台湾の絆―台湾で敬愛される上州人―」、元国立国会図書館副館長で元同志社大学社会学部教授の宇治郷毅(うじごうつよし)さんが「石坂荘作市の現代的意義」と題して話す。入場無料で事前の申し込みは必要ない。問い合わせは町中央公民館=電0279(68)2412=へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/60/7f74d81b27f525aca2139f829046d446.jpg)
↑現在の学校にある資料室で、学校の沿革を示す資料や卒業アルバムを見る訪問団ら=台湾・基隆市で(東吾妻町提供)↑
**********東京新聞群馬版2011年5月23日
手島仁の「群馬学」講座(18)
「台湾図書館の父」「基隆聖人」石坂荘作─台湾初、夜間教育機関を創設
台湾で「台湾図書館の父」とか「基隆聖人」と称され、敬愛されている上州人・石坂荘
作を取り上げる。
石坂荘作は明治三(一八七〇)年、吾妻郡原町(現東吾妻町)に生まれた。原町尋常小
学校を卒業。地元の牧師から英語、儒者から漢学などを学び、同小学校の教員となった。
日清戦争に出征したのち、同二十九(九六)年、台湾へ渡った。台湾日報、台湾日日新
報社の会計主任を経て、度量衡器販売や、たばこ、マッチなどの専売品を手がける「石坂
商店」を創業した。
石坂は商売で得た利益を社会に還元し、同三十六(一九〇三)年に台湾で最初の夜間教
育機関「基隆夜学校」(のち基隆商業専修学校)を創設。日本人でも台湾人でも授業料は
不要で、昼間に学校へ通えない者に勉学の門戸を開放した。
同四十二(〇九)年には石坂文庫(のち基隆市立図書館)を創設。同図書館は基隆市の
「知識の庫」としてなくてはならないものとなった。さらに昭和六(三一)年には和洋裁
縫講習所(のち基隆技芸女学校)を開設し、女子教育の発展にも努めた。
石坂は基隆市の教育を一身に担ったと言っても過言ではないが、実業界においても、基
隆信用組合長、基隆公益社長、基隆商工会長などの公職を歴任。その生涯をひたすら台湾
の北部にある都市・基隆のために尽くした。
ところで、どうして石坂が「基隆聖人」と呼ばれているのであろうか。それは石坂の善
行に対する姿勢に多くの人々が敬意を表したからである。
当時も海外に出て巨富を擁した成功者は何人もいたが、石坂は私欲に走ることなく、淡々
として余裕ができれば公共のために私財を投じた。つまり、建設・寄贈は有り余る財貨に
よってなされたものではなかった。
例えば、基隆市民の朝夕の散策に欠くことのできない存在となった石坂公園も、自ら鍬
を握る労力を続け、数年の歳月を要して完成したもので、石坂はこうした方法ででき上が
ったものを、次々に市に寄贈していったのである。
石坂荘作は、余裕があれば公共のために投じて惜しむことなく、社会の発展のために終
生を捧(ささ)げたことから、基隆市の存する限り、市民の感謝のうちに永遠にその名を
刻まれることであろうと、人々から「基隆聖人」と称され敬愛されたのであった。
(県立歴史博物館学芸員)
**********
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/fc/4443407aa283f923fcfae9cefc6a9667.jpg)
※案内状 PDF ⇒ 20180121pvn.pdf
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/b8/4f9584ca6858e4fb80539c0e3728912b.jpg)
↑会場案内。↑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/06/f992b73bde74ecbfed03fb4840c5011c.jpg)
↑受付中。↑
最初に、先日2月6日23時50分に台湾東北部の花蓮で発生した地震で亡くなられた方々に黙とうを捧げました。
続いて、頌彦真賢会長による挨拶がありました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/32/3d/aa9a81a9bf0ecb1d0fc18112a1ef402d.jpg)
「群馬県台湾総会の頌彦(うたさと)真賢(しんけん)と申します。よろしくお願いします。皆様、新年おめでとうございます。新年快楽。本日、厳しい寒さの中、大勢のかたに台湾総会新年会にご参加いただきまして、まことにありがとうございます。皆さん、ご存じのように日本と台湾は昔から深く関わっております。特に3.11大震災をきっかけにして、日本と台湾はお互いに対して高めながらあらゆる面での交流を通じて両国の絆や連帯感を強めております。つい3週間前の台湾花蓮大震災に、日本は安倍首相はじめ、日本国民の皆さまから関心や励ましの言葉をたくさん寄せてくださいました。さらには最新の技術を持つ地震の専門チームを瞬時に花蓮に派遣してくださいました。まさに日本と台湾の強い毛砂と連帯感の表れだと私は確信しております。私たち群馬県台湾総会は、単に台湾出身者の集まりに留まらず、日本と台湾の絆と連帯感を大事にして活動してまいりたいと思います。今後ともよろしくお願いいたします。本日も前橋市・山本市長、沼田市・横山市長、本庄市・吉田市長、そして県議会議員、市議会議員の皆さまがお越しくださいましてまことにありがとうございます。後ほど、ご挨拶を頂ければと存じます。最後になりますが、オープニングに出演してくださった育英短大の「あばれんぼう太鼓」の皆さまに感謝いたします。その他にも、様々なアトラクションを用意しておりますので、皆さま、おたがいに交流しながら、最後まで楽しんでください。以上を持ちまして私の挨拶とさせていただきます」(拍手)
次に来賓の挨拶として、最初に台北駐日経済文化代表処の郭仲煕副代表から祝辞述べられました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/3c/4083d2c8b4b269f0fc15e6014e89f610.jpg)
↑郭副代表。雰囲気はヒフミンこと将棋の加藤一二三名人とそっくりとの声が会場から。↑
「頌彦会長、並びにご臨席の皆さまがた、新年おめでとうございます。まず、新春のお慶びを申し上げます。あっ、今、(本庄市の)吉田市長が見えました。えーとですね。日本のお正月、台湾の旧正月、この二つの節目を終わったあと、初めて本格的な一年がスタートしたというふうな雰囲気です。本日、うちの大使が、公務が重なり、自ら来ることがかなわず、代理出席となったことは本当にご容赦の程お願い申し上げます。今年の初めにですね、いろんなことがありまして、晴れの日は晴れず、コインはチェックせず・・・皆様、納得いただいたでしょうか?(拍手)晴れの日、「はれのひ」ですね。「はれのひ」は振袖の事ですね、成人の日の。コインチェックは、ええ。コインチェックの事もですね。かなり大きな問題になっているようで、仮想通貨の信頼性がどこまで浸透できるかは、ちょっと年頭の時にですね、こんな二つのことがありましてちょっと波乱含みの展開となりそうな雰囲気ですけれども。でも、寒さに耐えた人には、凛とした強さが宿っていると、そういうことが言えるだろうと思います。例えば今ですね、梅の花がちょうど今咲いている時期ですね。梅のお花と言うのは寒ければ寒いほど、強い香りを出す、きれいな花が咲くという花です。それは台湾人の性格を現すひとつの花ですけれども、その、梅の花の香り、そして日本ではですね、もうひとつの植物、フキノトウ、フキノトウの苦み、その2つがこう我々の心にですね、沁み込むのは、やっぱり越冬の歓びと響き合うからです。ですから、こういう、今月の7日未明、台湾の東部地方、花蓮を襲った地震がありました。かなり被害が甚大でありました。その時ちょうど、日本の北陸地方にでもですね、大雪による被害がありましたけれども、でもそういう自然災害にも関わらず、日本はさっそくですね、専門家チームを派遣しまして、台湾まで救助活動に、協力に駆けつけていただきました。で、それだけではなく、日本各界の皆さまから心温まるメッセージやご支援をいただき、本当に本当に心から感謝申し上げます。自然災害は非常に心を痛めることですけれども、でも、いつも自然災害が起きるたびにですね、ほろりとする出来事もありました。日本の場合はですね、北陸地方の大雪で長い列の車両が立ち往生しました。でも、地元の方々がですね、温かいおにぎりを作って、ドライバーの皆さんにですね、配ったと。で、もうひとつ、立ち往生した車の中に山崎製パンのトラックもありました。その山崎製パンは自分の車の荷台を開けまして、パンを全部取り出してですね、車列に配ったと。そういう記事を読んでですね、本当に感動しました。これはおそらく他の国ではなかなかないのではないかと、いうふうにしみじみと感じております。で、かえって、花蓮の地震の災害を見ると、日本からの専門家チームが、すぐ台湾の救助隊と一緒にしてですね、救助活動を展開していただきました。で、地元の方々もですね、炊き出しでですね、温かい食べ物を救助隊の皆様に提供しました。また、ワゴン車を運転してですね、温かい朝食、朝ご飯を、自分のワゴン車の中で作って救助隊員に提供しました。そういう出来事をですね、つまり助け合い、支え合う、そういう心がなによりもの温もりです。その温もりがあるのは、台湾と日本、義理と人情を非常に大事にしている日台同士が、そういう助け合いの心が強く根差しているところは、つまり日台の強力な絆を現す証ではないでしょうか?(大拍手)ありがとうございます。その助け合いの心で結んでいる絆を大事にして、さらなる友好関係を目指そうと、そういうふうに、それを目指して頑張っていきたい。そういう決意を新たにしまして、これからの日台友好の弥栄(いやさか)の、そして台湾総会の益々のご発展、そして皆様のさらなるご健勝、ご多幸を祈念しまして、お祝いの言葉に替えさせていただきます。本日は本当にありがとうございました」(大拍手)
続いて前橋市の山本龍市長の挨拶。
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「あの、本日は新年会、本当におめでとうございます。また花蓮の地震、市民も窓口で寄附を募っておりまして、またあらためて代表処にお届けしたいと思っております。昨年、私自身も台湾の素晴らしさを再発見した年です。3つの意味で台湾を訪問させていただきました。1つは、台北のボーイスカウトと前橋のボーイスカウトの交流がもう30年続いておること。2つ目は、前橋のある中学校と台湾の中学との交流が続いて、それが一回途切れておりますので、そのお詫びに上がってきたところです。行った先のその中正中学校というのは生徒がなんと2500人もおりまして、うちの中学校がたった500人しかいないので、これは違う規模だなと思っているほど驚いて帰ってきたところです。まあ、前橋全部の中学校と交流しなくちゃ、とてもバランスが合わないくらいの大きな中学校でございました。3つ目は台中市にありましたジャイアントという自転車メーカーが前橋の駅にお店を出していただいたそのお礼に、ということで、台中から高雄まで自転車で走らせていただきました。本当に素晴らしかったです。もうあちこちで歓待をしていただいて、「レンシータイワン(認識台湾」と言う言葉と、タイワン・ザアン(台湾讃)。「いいね!台湾」といって、交流させていただきました。本当に素晴らしい思い出でございます。そして、嘉義、昔農学校が甲子園に行った、あの、KANOか、KANO。それがそのう、映画をあらためて見たら本当に感動しました。本当にある意味、僕たちは故郷に行ったような気持ちであります。そんなことを含めてこれからも交流をしてまいりたいと思います。あのう、前橋はいろいろな形で交流がありましたけれども、あらためてこの間新聞を見ましたら、群馬県の奥の東吾妻町の石坂さんというかたが、基隆市に昔の夜間中学校を作ったという上毛新聞の記事が載っておりまして、いろいろな意味で群馬と台湾の関係をますます緊密にしてきたいと思った次第でございます。本日はそういう意味でも台湾総会、開催おめでとうございました」(拍手)
※石坂荘作の関連記事
上毛新聞 JPEG ⇒ 201802262030560001.jpg
東京新聞 JPEG ⇒ 201802262030140001.jpg
続いて、沼田市の横山公一市長の挨拶。
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「皆さん、こんにちは。(場内から、こんにちは)本日は群馬県台湾総会新年会にお招きを頂きまして、誠にありがとうございます。また、本会が関係者の皆さまご参会のもとに盛大に開催されることに心よりお喜び申し上げます。初めに、今月6日、台湾東北部で発生した地震により被害を受けられた皆さまがたに心よりお見舞いを申し上げます。そして一日も早い復興を願っております。さて、私どもの沼田市は、台湾のちょうど真ん中の日月潭のところにある魚池(ぎょち)郷のところで、台湾紅茶の父と言われております新井耕吉郎が私どもの沼田の出身でございます。皆様がたもご存知かと思いますけれども、沼田を出ますと日光に向かって120号線があるんですが、120号線の右側に薗原(そのはら)ダムと言う、川を、片品川をせき止めたダムがございます。そのダムの湖岸に新井耕吉郎の生家がございます。そしてそこには、頼幸吉郎のお墓も建っております。新井耕吉郎は台湾でお亡くなりになっておりますので、台湾にもお墓があります。それで許文龍さんという方が胸像を4体作っていただきまして、台湾茶業の試験場のところに1体。それから許文龍のご自宅に1体、それから美術館に1体と、私ども沼田市に1体ございます。ぜひ台湾総会の皆さまがたも沼田にお越しの節には、新井耕吉郎さんのところにぜひお邪魔していただければありがたいと思っております。そして今、沼田では台湾紅茶がブームになっておりまして、大変クセのない紅茶でございますので、皆さんが飲みやすいということで、愛飲者が増えております。そして、老神の温泉郷があるんですが、その温泉郷の皆さんが、昨年も台湾に、確か3回お邪魔して大変皆様方にお世話になっております。ぜひ老神にもお出かけいただきまして、温泉で癒していただければありがたいと、いうふうに思っています。今年は魚池郷の陳郷長と、6月頃にはなると思うんですが、友好都市の提携をしようじゃないかという話が現在進んでおりますので(拍手)、その進行具合によって、来年のこの総会に、イェーイという話ができると思いますので(拍手)、よろしくお願いします。本日はまことにおめでとうございます」(拍手)
続いて、埼玉県本庄市の吉田信解(しんげ)市長からの挨拶。
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「おめでとうございます。ダーゲホウ。隣の本庄市からやってまいりました吉田でございます。毎年頌彦会長さんにお招きを頂きまして、今日は、郭副代表にも駐日代表処の方から本当にわざわざ北関東までようこそお越しいただきました。今、前橋市長さん、沼田市長さんからご挨拶が有りましたように、本庄市も昨年起きた動きがありまして、本庄の場合はですね、本庄市にある洋ランの栽培農園があるんですが、モテギ洋蘭園と申しまして、実は代表処ではいつも使っていただいるみたいで、ありがとうございます。台南の新営市、昔は新営市と言っていたんですが、合併して今は新営区になりましたけれども、そこに大きなですね、市政府でもって、洋ランの栽培農園を、20へクタールくらいの大きな農園があるんですがその一角、4ヘクタールをですね、本庄のモテギ洋蘭園がむこうに進出して洋ランの苗を栽培しております。その社長と私、昔からよく知っていましたので、ぜひ本庄市から、市長もそうだし、議会もそうだし、経済人もそうだし、みんなでこう遊びに来てくれないかという話がありまして。ちょうど台南の対日友好協会の理事長の、副代表と同じ苗字の郭さんというかたと、郭さんの御主人が李退之という、当時、台南の市議会議員で、当時の市長の頼清徳市長と非常に親しいという関係もございましたので、ならばということで、昨年の8月に私、それから市議会議員が8名ですね、それと実はあのう、今日起こしですかね、伊勢崎の伊藤純子市議さんがですね、あっ、そこにいらっしゃいました。事前にこう遊びに行っていただいたんでございましてですね、メンバーとして、参加していただいたんですけど、それと商工会議所の関係者が8人ですね、総勢20人近くで皆で行きました。非常によくしていただきまして、とにかくホッタラー、ホッタラー(乾杯!)でですね、大変な目に遭ったんですけども(笑)、洋ランの栽培場もそうですけれども、とにかく、郭さんと、李議員、それから頼清徳市長にもお会いしましてですね、非常に歓待をしていただいたところでございます。で、帰ってきたら、突然頼さんがですね、今度は行政院長になられて、その、私どもにお世話していただいた李議員さんが、この、引っ張られてですね、行政院の農業委員会の副委員長、副主任ですか、日本で言う農水副大臣になられまして、今度視察でですね、実は先月、ではなくて、今月の2月4日に本庄市に視察に来ていただきました。そういうかたちで、非常にこう交流が始まっておりまして、特に洋ランの栽培場をご縁にした縁ですけれども、ぜひ台南市と、これから友好都市なり、結んでいけるように頑張って行きたい。実は昨年、その、暮れに、林百貨店という非常にモダンな百貨店のオープン3周年記念に、突如話が来まして、うちのマスコットキャラクターのハニポンというのがいるんですけども、これを寄こしてくれないか、という話でですね、秘書課長がハニポンを帯同して、行ってまいりまして。非常に盛り上がったところでございまして。大変そういう意味ではお世話になりまして、本庄市も日台の友好の為に頑張って行きたいと思います。先般発生しました花蓮の大地震につきましても、きょう実は一緒に行った訪問団が義援金を集めましたので、後ほど副代表にお渡ししたいと思っております。それにしても、群馬県の台湾に対する熱意は素晴らしいと私は思っております。埼玉県でもこういった動きが広がっていくように、私も頑張って行きたいと思いますけれども、ぜひ、川を隔ててのお隣同士ですから、これからも仲良くしていただきたいと思っております。どうぞ代表処はじめ、台湾総会の皆さまがたのですね、今後ますますの、シェンティジェンカン(身体健康)、ワンスールーイー(万事如意)ということでですね、皆様方の御健勝をお祈りします!おめでとうございました!」(拍手)
次に、本日の来賓の紹介がありました。来賓としてお越しいただいた方々は次の皆さんです。
台北駐日経済文化代表処教務部秘書 文小姐
日本中華連合総会会長代理 頼浩生様
伊勢崎市議会議員 伊藤純子様
沼田市議会議員 久保健二様
群馬県議会議員 大和勲様
新潟県柏崎市議会議員 三井田孝欧ご夫妻
群馬県国際戦略課課長 山田浩樹様
群馬県台湾総会に長年ご尽力いただいたた 元日台議員連盟 松本耕司様
元群馬県議会議員 原病院理事長 原富夫様
株式会社フレッセイ相談役 植木康夫様
富士見商工会事務局長 阿久澤豊氏らご一行様
館林市日台親善交流協会会長 金井田好勇らご一行様
NPO高崎ネットワーク代表 清水一也様ご一行様
日本李登輝の会 群馬支部部長 山本厚秀様ご一行様
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/75/212e97bc2fead3408382a1d449660835.jpg)
なお、いつも来ていただいていた地元の伊勢崎市の五十嵐市長は今回は公務の為、欠席となりました。ちなみに、伊勢崎市では市議会に中共シンパの議員が多いため、台湾との交流がなかなか活性化させにくい雰囲気があると言われています。その中で毎年出席して台湾との交流促進にご尽力いただいているのが伊藤純子市議です。
続いて、これまでに県内から多くの義援金をいただいたことから、これをNPO高崎ネットワークの清水理事長から郭副代表に贈呈されました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/be/15030242463fe3aa32886152ccf22775.jpg)
台湾東部の花蓮地方で震度7、マグニチュード6の大地震が 2月6日23時50分に発生しましたが、その翌日には多くのかたがたから群馬県台湾総会のもとに、問い合わせの電話や励ましのメッセージをいただきました。「支援をしたいがどうすればよいか」という声が多数寄せられたため、群馬県台湾総会で義援金窓口を立ちあげたのでした。
頌彦会長夫人によれば、「義援金口座は2月28日まで振込可能。現在の義援金は、ネットワークも協力していただき、71万1000円。先ほど贈呈された募金の缶の中はまだ数えていなませんが、2月28日を終えて、3月に計算して代表処に振り込む予定」だということです。
次に育英短大生による「あばれんぼう太鼓」の演奏がありました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/7c/7af8bd7c9333e33d6040ab49f7bef892.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/17/6f380637db5c4864a4187ea2ac8fdeca.jpg)
その後、清水氏による乾杯の音頭とともに、懇親会がスタートし、軽妙な語り口で知られる会員の林さんの司会で懇親会がスタートしました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/3d/cc3de77278a88b996c17c7294da7d5c7.jpg)
日本中華総会会長代理の来浩生氏の新年賀詞を手始めに、各種アトラクションが続きました。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/15/4d/7a1ed3d4b085d18f66fbc1c4850594f7.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/ab/1b13b5d57650807ea323464f76c9daf0.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/14/24/35d35582ad0ab3de6cbee5e17996ef13.jpg)
↑台湾総会女性有志による「台湾の踊り」↑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/a6/2736176509938de45e67b09744c3f163.jpg)
↑台湾総会二世姉妹による「サックスとピアノ演奏」↑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/9d/ea2b71c2258bab88343f553dbd2a40a1.jpg)
↑台湾総会男性軍有志による「台湾民謡の望春風」合唱↑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5a/49/ab2b1190ea5e6e2d287699ed86b97d6d.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/cf/bf7331b87ddf90532fe43231f5b03b76.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/c9/dce108323bd196ece45cc038ea2b3698.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/1c/dd6d7268132e2089a8a584229c7020bd.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/5c/3e678ee5aaf19a5dc2878002f08b84b5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/d2/e6030357f6ef7229335b34e6e1a2d6df.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/9b/7edddcc127456fb97d64bd15b7d2b417.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/7e/e142e38beb2ff182ad120cf3e25e4464.jpg)
↑カラオケタイム:台湾悠遊倶楽部、境中国語教室のメンバーの皆さんほか↑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/80/734f842a4bc413cd8fda2920b2545a8a.jpg)
↑台湾で3~4年前に爆発的にヒットしたダンス歌謡「歓喜来恰恰(みんなでチャチャチャ)」↑
※YouTube:【大喜臨門】電影主題曲《歓喜来恰恰》MV 完整版
https://www.youtube.com/watch?v=dOoOiJf7Gqw
※YouTube:【大喜臨門】電影主題曲《歓喜来恰恰》MV 舞踏教学
https://www.youtube.com/watch?v=lXLK9RcCvYM
※歌詞 PDF ⇒ 20180205.pdf
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/51/b3/e5cece552a530be86ea5e7b7ab5c4a7b.jpg)
↑恒例の発紅包(お年玉)。プレゼンターは郭前会長↑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/79/a0/ece1f6576382e6c2a4090a18d3215b3d.jpg)
↑新年のお楽しみの「抽選会」↑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/1c/71e264951e4e8c0953361b654f8df255.jpg)
↑くじ運の悪い筆者も含め全員に景品があたる抽選会。↑
そして15時に群馬県台湾総会理事の筆者により、一丁締めてお開きとなり、最後に全員で集合写真を撮影しました。
【ひらく会情報部】
※参考情報
○群馬県台湾総会のフェイスブック
https://www.facebook.com/%E7%BE%A4%E9%A6%AC%E7%9C%8C%E5%8F%B0%E6%B9%BE%E7%B7%8F%E4%BC%9A-409219445847118/
○柏崎市義:三井田孝欧氏のブログ記事
http://miida.cocolog-nifty.com/nattou/2018/02/2018-9f73.html
*********上毛新聞2018年2月8日
台湾東部地震支援 みなかみ町が検討 県総会は義援金募集
台湾東部での地震発生から一夜明けた7日、台湾と交流のある群馬県内自治体は友好関係にある県や市の状況を確認した。
片品村の梅沢志洋(ゆきひろ)村長や村議らは彰化県を訪問中だったが、被害のあった花蓮県から遠く離れていて無事だった。一行は8日に村に戻る。
台南市に職員を派遣しているみなかみ町は職員の無事を確認した。同市も震源地から離れていて地震被害はないという。前田善成町長と林喜美雄町議会議長らが今月末に訪問する予定で、状況に応じて支援を検討するという。
県内の台湾出身者らでつくる県台湾総会は25日に伊勢崎市内で開く新年会で義援金を募る。
**********読売新聞2018年2月26日
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/5b/631c6fcf386a3754d08b8d6ae21bf920.jpg)
台湾地震 義援金贈る
県総会「強い絆と連帯表れ」
台湾東部の花蓮県沖で起きた地震を受け、群馬県台湾総会などは25日、台湾の在日大使館に相当する「台北駐日経済文化代表処」(東京都港区)に義援金の目録を贈った。
県台湾総会は台湾出身者からなる。義援金は、花蓮県出身で高崎市の造園業清水一也さん(74)の運営するNPO法人とともに呼びかけ、これまでに計約90万円を集めた。
この日は、旧正月・春節に合わせた県台湾総会の新年会が伊勢崎市であった。代表処から郭仲煕副代表が出席し、会長の頌彦真賢さん(65)と清水さんが目録を手渡した。 頌彦さんは「多くの日本人が地震に関心を寄せ、支援してくれた。日本と台湾の強いきずなと連帯感が表れている」とし、清水さんは「古里なので、早く復興してもらいたい。被災された人たちに気持ちが届くといい」と話した。郭副代表は「多大な支援に感激する。義援金は復興に使いたい」と感謝した。
義援金は28日まで集め、代表処に送る予定。
**********上毛新聞2018年2月26日
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/c2/51ba446b883389fd5c14ef0f6488edaa.jpg)
地震復興へ義援金
伊勢崎 台湾出身者が会合
県内の台湾出身者らでつくる県台湾総会(頌彦真賢会長)の新年会が25日、伊勢崎市内で開かれた。台湾東部花蓮県の地震を受け、県内各地から寄せられた義援金の目録など軽約90万円分を現時点の途中経過として台北駐日経済文化代表処(東京都)の郭仲煕副代表に手渡した。
義援金は総会が口座を開設したり、花蓮県出身の清水一也さん(74)=高崎市=が理事長を務めるNPO法人高崎ネットワークが募金箱を設置したりして集めた。新年かい出席者が会場で寄附した浄財も含んでいる。
頌彦会長は「地震後、励ましの言葉が多く寄せられた。日本と台湾の強い絆の表れ」とあいさつ。郭副代表は「心温まる支援を頂き、心から感謝したい」と述べた。清水さんは「現地に知人も多い。早く復興してほしい」と話していた。
新年会には会員と山本龍前橋市長、横山公一沼田市長ら台湾と交流がある自治体の幹部、議員ら関係者約100人が出席。冒頭で黙とうし、育英短大生による太鼓演奏もあった。
義援金の振り込みは28日まで受け付けている。最終的な金額を同代表処に届ける予定。問い合わせは同会事務局(☎0270・21・8287)へ。
**********
※参考情報「新年会プログラムほか」
*****式次第*****
2018年群馬県台湾総会新年会
司会:千明昇平・艾真如
一、開会宣言 ~ 黙祷(台湾東部大震災のため) ~ 司会
二、会長挨拶 頌彦真賢会長
三、来賓ご挨拶
台北駐日経済文化代表処挨拶 郭仲煕副代表
前橋市長 山本 龍様
沼田市長 横山公一様
本庄市長 吉田信解様
四、来賓照会
五、花蓮震災の義援金贈呈
六、演奏 育英短大による「あばれんぼう太鼓」
七、乾杯の音頭 花蓮出身の清水一也様
♪♪~懇親会開始~♪♪
司会:林文祥
一、新年賀詞 日本中華総会会長代理来浩生様
二、台湾の踊り~~ 回娘家 台湾総会女性有志
三、サックス&ピアノ演奏 池田彩華&知華 台湾総会二世
四、台湾民謡~~ 望春風 台湾総会男性軍
五、カラオケ(①~③日本友人による台湾の歌)
①台湾悠遊倶楽部メンバー 指導:会員斎藤秀瑛
②境中国語教室メンバー 指導:会員宍田秀霞
③Sweet Romance 鈴木由美子
④台湾総会二世の踊り「姊姊」 長谷井秀美親子&友人
⑤ヘッドライト・テールライト 会員亀井元一
⑥皆でチャチャチャ「歓喜来恰恰」
(時間の関係で、多少変更がございます。ご了承ください)
六、発紅包(お年玉)
七、抽選会
八、閉会の言葉 小川賢
九、全体撮影
*****抽選商品*****
1.代表処賞
2.会長省:電子レンジ
3.名誉会長省:商品券
4.総会賞:お米
5.大賞:エバー航空検
6.悠遊賞:お米
7.悠遊賞:お米
8.1等賞:庭のランプ
9.2等賞:入浴剤
10.復活賞:チャイナエアライン航空券
11.~30.酔仙賞:紹興酒(20人分)
31.~50.人気賞:鮭(20人分)
51.~60.ビリ賞1:米粉とスカーフ(10枚)
61.~94.ビり賞2:米粉2つ
紅包 図書券
代表処土産 ラスク(郭副代表、文秘書)
来賓手土産 奇美パイナップルケーキ&紹興酒
*****配布チラシ等*****
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/17/fdbf2af7f9ad348eca6e3a7cbfbad7e8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2e/74/c630806ecf7b2ad92bb25e6eff8be5c2.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3a/ba/6d7919882777e297fd2f0d7d70387927.jpg)
※参考情報「石坂荘作にかかる最近の報道記事」
**********上毛新聞2018年1月11日
東吾妻出身・石坂荘作に光 日台交流の業績知って
地元有志 資料収集 3月に顕彰会
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/31/9aa87ab6e297cf4a857c73b0acc3d75f.jpg)
↑石坂莊作↑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/7c/d53a5b6a66f2a9dc349db4308256c1b9.jpg)
↑石坂荘作直筆の手紙とコピーと写真。奥は高橋事務局長↑
日本と台湾の友好の礎を築いた、東吾妻町出身の石坂荘作(1870~1940)の業績を見直そうと、地元有志が関連資料を収集している。これまでに直筆の手紙が見つかったほか、兄弟がいたことが判明した。来月に石坂の業績にスポットを当てた講演会や展示会を開き、3月に顕彰会を立ち上げる。東吾妻町は石坂の縁で台湾との交流を深めていく考えだ。
石坂は27歳で台湾にわたり、基隆市で石坂商店を開業。はかりやたばこ、マッチなど専売品の販売で利益を出す一方、社会への還元に力を入れた。日本人と台湾人が一緒に学ぶ初の夜間教育機関や、後に市立図書館となる石坂文庫、和洋裁縫講習所を立ち上げるなど教育面で貢献した。
顕彰会は町の関係者や研究者ら約20人が参加する予定。講演会は石坂を研究する専門家が登壇し、町内の公民館や病院を会場とする展示会では直筆の手紙や写真、家系図などを紹介する。
群馬の近現代史に詳しい前橋学センター長の手島仁さんによると、石坂は台湾で敬愛される6人の群馬県人の一人。石阪らにゆかりのある観光コースは、台湾からの誘客のツールになると提言する。
東吾妻町は顕彰会の立ち上げを契機に、台湾と交流を図る考えだ。中沢恒喜町長が2月上旬、基隆市を訪れ、市長らと懇談する予定。将来的に姉妹提携を結びたい意向で、町の担当者は「まずは子どもが交流する機会を設け、ゆくゆくは観光振興につなげたい」とする。
顕彰会設立準備委員会の高橋徳樹事務局長は「顕彰会を通じて、日本と台湾の交流に貢献した石坂の業績を多くの人に知ってもらいたい。十分な資料が集まっていないので、提供してほしい」と呼び掛けている。
問い合わせは高橋事務局長(☎080・6731・4340)へ。
**********東京新聞2018年2月18日
台湾での功績たたえよう 東吾妻町出身 石坂荘作
町長ら基隆市訪問 顕彰会が来月発足
交流へ機運盛り上がる
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/b4/2d2b695ac8ec40a8221b83de3ad9b91f.jpg)
↑石坂莊作の近影(台湾国家図書館のデジタル・アーカイブより)↑
東吾妻町出身で若くして台湾に渡り、教育を中心に地域の発展に尽くして尊敬されている石坂荘作(一八七〇~一九四〇)。その功績をたたえ、石坂の縁を生かして台湾と交流しようという動きが同町で進んでいる。 (竹島勇)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/9b/588374f5dc0da3aba9053dbe46128c21.jpg)
↑基隆市内の中正公園にある石坂を与えるプレートを示す中沢町長。擁壁の上部に夜学校があった。=台湾・基隆市で(東吾妻町提供)↑
石坂は二十七歳の時に台湾に渡り、事業の傍ら四十年余り、台湾北部の基隆市の発展に尽くした。日本人と台湾の人が席を並べて学ぶ初の夜間教育機関「基隆夜学校」や後の市立図書館となる「石坂文庫」、「和洋裁縫講習所」を創設し、人々が教育を受けることができるよう尽力した。
前橋市文化スポーツ観光部参事の手島仁さんは本紙群馬版の連載「群馬学講座」(二〇一一年五月二十三日付)で石坂と紹介している。基隆夜学校が無料だったことや、石坂文庫が基隆市の「知識の庫」と呼ばれたことなどを説明。石坂が「台湾図書館の父」「基隆聖人」と称され、敬愛されている、とつづっている。
東吾妻町を昨年六月、台湾駐日経済文化代表処の謝長廷代表が訪問。中沢恒喜町長らとの会談に同席した町内に住む高橋徳樹・県海外支援交流会事務局長(当時)が石坂について説明したことから、双方で石坂の縁を通じた交流への機運が盛り上がったという。
中沢町長は今月八日、基隆市を訪問。基隆夜学校がもとになった現在の学校や図書館の跡地、資料を見学した。中沢町長は取材に「学校では大歓迎され、石坂さんが尊敬されているのを実感した。台湾と日本の学生が分け隔てなく並ぶ当時の写真を見て感動した」と話した。
中沢町長は基隆市の林右昌市長と会い、中学生の相互訪問や文化交流友好協定を結ぶ構想などを話し合ったという。「台湾では岩櫃山も舞台となった大河ドラマ『真田丸』も放送され町への観光客も期待できる」と力を込める。
高橋さんら有志は昨年六月、石坂荘作顕彰会準備委員会をつくり、資料を収集している。石坂の誕生日に当たる今年三月六日に正式に顕彰会を発足させる。準備委員会事務局長を務める高橋さんは「町では石坂さんの偉業を知る人は少ない。台湾との交流を深める一方で地元で広く知ってほしい」と話す。
そのため町教育委員会が主催、準備委員会共催で「石坂荘作氏の功績を学ぼう」と題して教養講座を今月二十五日午後一時半から町中央公民館で開く。手島さんが「群馬と台湾の絆―台湾で敬愛される上州人―」、元国立国会図書館副館長で元同志社大学社会学部教授の宇治郷毅(うじごうつよし)さんが「石坂荘作市の現代的意義」と題して話す。入場無料で事前の申し込みは必要ない。問い合わせは町中央公民館=電0279(68)2412=へ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/60/7f74d81b27f525aca2139f829046d446.jpg)
↑現在の学校にある資料室で、学校の沿革を示す資料や卒業アルバムを見る訪問団ら=台湾・基隆市で(東吾妻町提供)↑
**********東京新聞群馬版2011年5月23日
手島仁の「群馬学」講座(18)
「台湾図書館の父」「基隆聖人」石坂荘作─台湾初、夜間教育機関を創設
台湾で「台湾図書館の父」とか「基隆聖人」と称され、敬愛されている上州人・石坂荘
作を取り上げる。
石坂荘作は明治三(一八七〇)年、吾妻郡原町(現東吾妻町)に生まれた。原町尋常小
学校を卒業。地元の牧師から英語、儒者から漢学などを学び、同小学校の教員となった。
日清戦争に出征したのち、同二十九(九六)年、台湾へ渡った。台湾日報、台湾日日新
報社の会計主任を経て、度量衡器販売や、たばこ、マッチなどの専売品を手がける「石坂
商店」を創業した。
石坂は商売で得た利益を社会に還元し、同三十六(一九〇三)年に台湾で最初の夜間教
育機関「基隆夜学校」(のち基隆商業専修学校)を創設。日本人でも台湾人でも授業料は
不要で、昼間に学校へ通えない者に勉学の門戸を開放した。
同四十二(〇九)年には石坂文庫(のち基隆市立図書館)を創設。同図書館は基隆市の
「知識の庫」としてなくてはならないものとなった。さらに昭和六(三一)年には和洋裁
縫講習所(のち基隆技芸女学校)を開設し、女子教育の発展にも努めた。
石坂は基隆市の教育を一身に担ったと言っても過言ではないが、実業界においても、基
隆信用組合長、基隆公益社長、基隆商工会長などの公職を歴任。その生涯をひたすら台湾
の北部にある都市・基隆のために尽くした。
ところで、どうして石坂が「基隆聖人」と呼ばれているのであろうか。それは石坂の善
行に対する姿勢に多くの人々が敬意を表したからである。
当時も海外に出て巨富を擁した成功者は何人もいたが、石坂は私欲に走ることなく、淡々
として余裕ができれば公共のために私財を投じた。つまり、建設・寄贈は有り余る財貨に
よってなされたものではなかった。
例えば、基隆市民の朝夕の散策に欠くことのできない存在となった石坂公園も、自ら鍬
を握る労力を続け、数年の歳月を要して完成したもので、石坂はこうした方法ででき上が
ったものを、次々に市に寄贈していったのである。
石坂荘作は、余裕があれば公共のために投じて惜しむことなく、社会の発展のために終
生を捧(ささ)げたことから、基隆市の存する限り、市民の感謝のうちに永遠にその名を
刻まれることであろうと、人々から「基隆聖人」と称され敬愛されたのであった。
(県立歴史博物館学芸員)
**********