てすさび日誌

哀しき宮仕えを早期リタイアし、“サンデー毎日”のomorinが生活の一コマや雑感を認めた日誌です(2005/4/20~)

災い転じて

2011-01-26 18:32:00 | 健康と医学
 小欄「2010/11/9 案ずるより」で書いたように、晴天の霹靂ともいえる「老人性イボ」の突如の出現に戸惑いながらも、形成外科で処置して貰い事なきを得て、現在に至る。

 災い転じて何とやらというが、顔や首筋にある大小4つのホクロも切除して頂くことにした。うち3つは30~40年来の付合いであったが、髭剃り時に傷つけたりワイシャツの衿に引っ掛けたりと良い思い出はない。人相学やホクロ占いでもあまり残しておくほどのものではなく、むしろ目障りなだけなので思い切って決別することにした。

 小鼻(鼻翼)の右付け根の4㍉大のホクロ切除は、外来で老人性イボの冷凍療法施術の序でに、いとも簡単に取れた。
 残る左額の8㍉大、右眉上の6㍉大、右首筋の1.2㌢大のものは日を改めて、12月2日に手術。午後2時に手術室に入り、出てきたのは2時45分。その間の正味手術時間は25分見当。局所麻酔、しかも皮膚麻酔だから心配は全くないと聞かされているが、それでも緊張しているのが自分でも分かるほど。額は皮膚の下が硬いのと、大きいので手間取り、首筋は早かった。
 
 これまで己の“顔の美容”などに思いを致すことはなかったが、あろうことかアラ還にして「整形」ならぬ「形成」手術を受ける羽目になった。術後1カ月半を経て、女性ならば化粧でカバ-リングできるほどに傷痕も癒えた。
 ホクロ切除に伴い憑き物が落ちるように、招福開運の前兆となるよう願ってやまない。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

デジタル時代の救世主

2011-01-22 11:22:00 | ホビー
 写真整理について頭を悩ませていることは、小欄「2009/4/14 写真整理の同じ悩み」で書いた通りである。

 そもそも私のデジタルカメラ遍歴はKodak DC 40(1996年)に始まって、FUJIFILM FinePix4700z(2000年)、FUJIFILM FinePixF601(2004年)と辿り、リタイアを機にNikon D70(2004年)を手にしてから、画像を残す媒体がフィルムからデジタルデータへと移行した。

 難点はメモリー食いの画像データ量が増える一方なことで、2004年に1.37GBだったものが、2005年1.39GB→2006年3.26GB→2007年3.92GB→2008年7.14GB→2009年11.4GB→2010年9.54GBと、この6年間でほぼ10倍にも達した。

 当初はフィルム時代と同様、ベタ焼きにした中からピックアップしてアルバムに整理していたが、数が増えるに従い追っ付かなくなり、アルバムは2006年(平成18年)版で頓挫したまま。
 当然のことながら、お目当ての写真をいざ取り出そうにも容易に儘ならなくなっていた。

 そんな事情をおもんばかってか、この度の誕生日祝いに倅どもから「デジタルフォトフレーム」(FUJIFILM DP-700SH)をプレゼントされた。
 これまでメモリーカードの中に画像を溜めっ放しだったが、手軽に思い出のワンショットが蘇り、目を楽しませてくれる。機能が豊富なので、下手なカメラの腕前をカバーして余りあるなかなかの優れもので、デジタル写真の救世主である。
 元データはパソコンのHDにあるので、デジタルフォトフレーム用のメモリーカードデータが貴重なバックアップにもなり一挙両得である。


プレゼント品は左のブラックフレーム(FUJIFILMのHPより)
コメント (6)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Folk spot「キングサーモン」

2011-01-21 20:06:00 | 舞台、ライブ
 久し振りにFちゃんとYちゃんから御呼びがかかった。昨年10月にお互いの共通の知人I氏が岡山・表町にオープンさせたFolk spot「キングサーモン」を訪ねようというもの。

 店のオーナーであるI氏は某放送局の現役のトップなので、奥さんがカウンターの中で応対、氏はカウンターのこちらに立ってにこやかに出迎えてくださった。

 私の知る限りI氏は、古くは岡山木○屋に始まって、○萬堂本舗、敷○堂、ヘル○ーホーム、まる○ま、大○建設・・・と数多くのCMソングや、某テレビ局のイメージソングの作詞・作曲まで手掛けるなど多才な御仁である。

 生憎今宵はライブもなく、客は我ら3人の貸切だったが、ライブがあるときにはすぐに定員オーバーとなり、早くから予約しておかないと希望が果たせないという。
 因みに、1月29日(土)には「四角佳子 with 古橋一晃(g)」Liveが予定されており残席わずかだそうだ。
 
 古き良き時代の職場の話題で大いに盛り上がり、話は尽きない所だったが、明日は11時半からI氏自らがパーソナリティを務める番組が控えていることでもあり、時計が零時を打ったところでお暇をした。
 帰宅してから、保存版で残してあるI氏からの年賀状を引っ張り出し、過ぎ去りし時に思いを致した。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トリプル・ショック

2011-01-20 21:14:00 | 健康と医学
 起床して洗顔後、鏡をのぞくと左の白目が充血して真っ赤っか。それまでは自覚症状もなかったのだが、これを見た途端に心なしか目に違和感があり、眼球を圧迫したような軽い痛みまで伴う。

 5年前にも年末から春にかけて相次いで右目が結膜炎になった。そして、2年前の1月21日と4月27日には左目が結膜炎に罹り、今回と同様な症状が現われ点眼薬で治まった。

 どうせまた「結膜炎」と勝手に決め付けて、近くの眼科を訪ねた。先ず眼圧の測定数値は、左右それぞれ13mmHgと14mmHgで正常眼圧(正常値は10~21 mmHg)との診断にひとまず安心。

 続く検眼は、難無くクリアーし、おまけに近視の度数が2度軽くなった。よく「近眼の人は老眼になりにくい」といわれるが、まさしくこのことかとほくそ笑んだ。
 愛用のメガネは、最初に作ってから18年になる。以後近視度数が進み、フレームはそのままでレンズのみ2回交換したが、直近では8年前に交換してからはすっかり目に馴染み現在に至っている。

 諸検査を踏まえて、左目への外からの強い刺激の無かったことを確認して眼球を診察された。そして下された診断は「結膜下出血」。
 白目の膜を覆う薄い膜の下にある小さな血管が破れて出血し、白目の部分が赤くなったもの。高血圧や糖尿病が起因して結膜の血管が切れたものと思われる。1日に4回の点眼薬(ニフラン)だけでよい。もし2週間点眼を続けても、改善が見られない場合は再診とのこと。
 併せて、最近気になっていた両方の白目に見られる白濁のことを尋ねると、「誰しも25歳を過ぎれば、加齢とともに段々に出来てくるが、心配なものではない」とのこと。

 昨年11月にショックを受けたばかりの「老人性イボ」「豊齢線」に次いで、今回は「白目の白濁」という追い討ちである。いずれも“加齢現象”に伴う症状であるだけにショックは隠せない。誰もが避けては通れない道なので如何ともし難いが、忍び寄る老いの影に慄然とするばかりである。

 人類の永遠のテーマであり夢でもある、不老不死=アンチエイジング(抗加齢)について奇策妙案があればご教授願いたい。


愛用歴18年になるジャストフィットのメガネ
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

風邪は首から入る

2011-01-18 20:17:00 | 健康と医学
 相変わらず厳しい寒さと雪だよりが届く。昨年ほどではないが、そのうちインフルエンザの流行も懸念される。

 風邪予防には「外出時はマスク着用、帰宅後はまず手洗い・うがい&アルコール消毒、そして室内には加湿器を!」に尽きる。
 併せて「風邪は、お腹で引いて首から入る」といわれるように、三つの首(首・手首・足首)を冷やさないようにすることも健康への秘訣だそうだ。

 おばあちゃんっ子だった家内は、幼少の頃から冬場は首に真綿を巻き、両足はおばあちゃんの大きな股で挟んで貰って寝ていたという。その習性は連綿と今に続き、大きな首巻を手放せない。ただ、家内にとって足だけは例外で、ソックスを履くどころか、時折布団から足首をはみ出させている。これが奏効してか、めったに風邪は引かない。

 一方、小生は家内と逆で、靴下は欠かせないが、首だけは締め付けられるのが嫌で、ルーズにしていないと安眠が得られない。私にとって風邪引きは“年中行事”で、しかも厄介なことに糖尿病を発症してからは、治癒が長引き1カ月引き摺ったこともある。

 やはり「風邪は首から入る」ことを裏付けるものなのか、はたまた生まれ月に起因するのだろうか。因みに、私は1月生まれ、対照的に家内は7月生まれである。
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする