世の中が便利になるにつれ、複雑化することはある程度止むを得ないことかもしれません。しかし中には故意に複雑化しているように思われる業種があります。
例えば、携帯電話を購入するとき、数十ページの説明書を読んで契約内容を理解するのは一苦労です。様々なコース、様々な割引制度が用意され、店頭で説明する担当者も大変で、1人の客に長い時間を要します。一見それは利用者の利便を図っているかのようにも見えますが、複雑化によって他社との比較を難しくして、価格競争を避ける狙いがあるのでしょう。利用者にとっては迷惑な話で、高齢者など十分理解せずに契約する人は少なくないと思います。
生命保険や投資信託も複雑になりました。生保の本来の目的は掛け捨て保険にありますが、それに貯蓄を混ぜ合わせ、その混ぜ方やオプションなどにより無数の組み合わせを用意しています。その目的のひとつは複雑にして他社と比較しにくくすることですが、理解が難しくなります。そして販売などに手間暇をかけるため、高いコストがかかり、支払われる保険金は支払った掛金に対して5割とか6割の水準だと言われています。
第三者の立場で助言する保険コンサルタントという妙な商売があります。生保の勧めるままに契約すれば「してやられる」という気持ちが背景にあるのでしょう。こんなものが成り立つのは、生保会社の資料を見ただけでは判断できないように複雑化されているからであり、そして生保の営業は顧客の利益より自社の利益を優先するという評価が浸透しているためでしょう。
保険コンサルタントの存在自体、生保の営業方法に対する不信感を表すものであり、恥ずべきことです。また利用者は保険コンサルタントがどこかの生保のひも付きでないかということにも神経を使うことになります。
証券会社が売っている投資信託や仕組み債も同様で、複雑な仕組みを用いて、購入者が評価することは困難です。とりわけ仕組み債ではリターンとリスクの妥当性を素人が判断するのが難しく、運用コストや手数料が適切かどうかもわかりません。だからハイリスク、ローリターンの仕組み債が売れるという不思議な現象も起きるわけです。多くの自治体が証券会社の口車に乗せられて仕組み債を購入し、巨額の評価損を出したのは最近の話です。
簡単に理解できないように複雑化すれば客を手玉に取ることができ、高齢者や理解能力の低い人、欲の深過ぎる人は格好のカモになります。理解力のある人でも、細かい字で書かれた説明を注意深く読まねばならず、時間の浪費を強いられます。
これらの業界における競争は極言すれば、いかによいサービスを低価格で提供するかというよりも、いかに客を騙しやすい商品を開発するか、という点で競われているかのようです。明らさまなウソをつかずに、リターンを大きくリスクを小さく見せ、有利と思わせる商品の開発に努力を傾けます。しかしリターンとリスクは比例しますから、うまい話はないと考えるべきでしょう。
豊富な情報を持つ売り手と情報が不足する買い手の間に公正な取引は期待できません。経済学でいう情報の非対称性なんて小難しい話を持ち出さなくても、知らない方がカモられることは明らかです。そして複雑さのためにかかるコストは結局利用者全体の負担となるわけで、実に迷惑な話であります。
例えば、携帯電話を購入するとき、数十ページの説明書を読んで契約内容を理解するのは一苦労です。様々なコース、様々な割引制度が用意され、店頭で説明する担当者も大変で、1人の客に長い時間を要します。一見それは利用者の利便を図っているかのようにも見えますが、複雑化によって他社との比較を難しくして、価格競争を避ける狙いがあるのでしょう。利用者にとっては迷惑な話で、高齢者など十分理解せずに契約する人は少なくないと思います。
生命保険や投資信託も複雑になりました。生保の本来の目的は掛け捨て保険にありますが、それに貯蓄を混ぜ合わせ、その混ぜ方やオプションなどにより無数の組み合わせを用意しています。その目的のひとつは複雑にして他社と比較しにくくすることですが、理解が難しくなります。そして販売などに手間暇をかけるため、高いコストがかかり、支払われる保険金は支払った掛金に対して5割とか6割の水準だと言われています。
第三者の立場で助言する保険コンサルタントという妙な商売があります。生保の勧めるままに契約すれば「してやられる」という気持ちが背景にあるのでしょう。こんなものが成り立つのは、生保会社の資料を見ただけでは判断できないように複雑化されているからであり、そして生保の営業は顧客の利益より自社の利益を優先するという評価が浸透しているためでしょう。
保険コンサルタントの存在自体、生保の営業方法に対する不信感を表すものであり、恥ずべきことです。また利用者は保険コンサルタントがどこかの生保のひも付きでないかということにも神経を使うことになります。
証券会社が売っている投資信託や仕組み債も同様で、複雑な仕組みを用いて、購入者が評価することは困難です。とりわけ仕組み債ではリターンとリスクの妥当性を素人が判断するのが難しく、運用コストや手数料が適切かどうかもわかりません。だからハイリスク、ローリターンの仕組み債が売れるという不思議な現象も起きるわけです。多くの自治体が証券会社の口車に乗せられて仕組み債を購入し、巨額の評価損を出したのは最近の話です。
簡単に理解できないように複雑化すれば客を手玉に取ることができ、高齢者や理解能力の低い人、欲の深過ぎる人は格好のカモになります。理解力のある人でも、細かい字で書かれた説明を注意深く読まねばならず、時間の浪費を強いられます。
これらの業界における競争は極言すれば、いかによいサービスを低価格で提供するかというよりも、いかに客を騙しやすい商品を開発するか、という点で競われているかのようです。明らさまなウソをつかずに、リターンを大きくリスクを小さく見せ、有利と思わせる商品の開発に努力を傾けます。しかしリターンとリスクは比例しますから、うまい話はないと考えるべきでしょう。
豊富な情報を持つ売り手と情報が不足する買い手の間に公正な取引は期待できません。経済学でいう情報の非対称性なんて小難しい話を持ち出さなくても、知らない方がカモられることは明らかです。そして複雑さのためにかかるコストは結局利用者全体の負担となるわけで、実に迷惑な話であります。