デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
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パサージュ・デ・パノラマ(3)
ひとりよがりな回想
/
2013-01-24 00:00:01
技術的な
構築形式に特有なのは(芸術形式とは反対に)、そうしたものの進歩や成功が、その社会的内容の
透明度
に比例していることにある。(だからこそガラス建築が出てきた。)
[N4,6]
早く登場しすぎたガラス、早すぎた鉄。きわめて脆い材料ときわめて強力な材料とがパサージュにおいて打ちのめされ、いわば陵辱された。前世紀半ばには、ガラスや鉄による建築はどのようにしたらいいのか分かっていなかった。だからこそ、鉄の柱のあいだのガラスをとおしてさしてくる日中の光はあれほど汚く、かすんでいるのだ。 [F1,2]
専門家であれば今日の建築様式の先駆けと認めるような建築物も、目覚めた感性はもっているが、建築を見る眼をもたない人には、決して先駆けという印象を与えず、むしろ流行遅れで、牧歌的な印象を与えるというのは、奇妙なことである。(古い駅のホールやガス製造工場や橋梁。) [K1a,4]
リュリーヌによれば――『わが町パリ』<パリ、一八五四年>における「大通り」の章――最初のガス灯は、一八一七年パノラマ・パサージュにともった。 [T3a,4]
パサージュ・デ・パノラマはパリに現存する最も古いものに属するそうだが、それは上に紹介したガラス屋根でも証明できるのかもしれない。パサージュ・デ・パノラマは初期のパサージュのように単純な構造で、両脇を支える建物も二階しかなく、ガラス屋根も単層構造で、当初の骨組みは木造だった。1830年代の改装で、その際ガラス屋根の骨組みも鉄製に変えられ、照明にもガス灯が採用された(ちなみにイギリスから持ち込まれたガス灯のPRはパサージュ・デ・パノラマの一角でなされていたという)。
ベンヤミンが見たパサージュのガラス屋根はどこを指しているのかは分からないけれども、なんか言わんとしていることは分かるような気がする。まったく新しい未来を模索している時期の建築物には、のちのちの時代の人間の視点からではあるが、どことなく構造的不安や廃れてしまった習慣の固持を感じさせ、その時代にしかない様式がある。ただ、今のパサージュ・デ・パノラマのガラス屋根から射す光はきれいだった(笑)。
今と昔のパサージュ・デ・パノラマの入口の絵が
パサージュ・デ・パノラマは、名前の由来となったパノラマの人気が去り1831年に取り壊されても、もちこたえた。その理由としてルイ・フィリップが賭博禁止令や娼婦追放令を出し、1830年4月14日に警察が売春婦規制令を施行したことで、徐々に盛り場がパレ・ロワイヤルからグラン・ブールヴァールに移ってきたこと、またパサージュも四本の支脈(歩廊)を設け、周囲の通りからもパサージュに入れるようにしたことなどが挙げられるという。
またパサージュ・デ・パノラマには消費文化の進展に伴って興隆してきた女性用の店、今のデパートの一階売り場に陣取るような商品を扱うブティックが軒を並べ、若い女性たちがこぞって足を運んだ。そしてその女性たちをひっかけるためのナンパ師が現れるようになった。他にもパサージュが設けた四本の歩廊のうちの一本は1807年にグラン・ブールヴァールへ移ってきたヴァリエテ座の楽屋口に通じていた。そこで楽屋口から出てくる女優を待ち伏せするパトロン志願者の姿も見られたという。
パサージュ・デ・パノラマと歴史を共にする印刷屋の老舗ステルヌの看板が。
改装時に設けられた支脈の一つモンマルトル歩廊の入口
支脈の一つサン・マルク歩廊の入口
パノラマのとりこわしの後も、自らの営業努力やパリの盛り場が近くに移ってきたおかげでパサージュ・デ・パノラマは人気を保ち続けたが、第一次大戦以降、グラン・ブールヴァールの有名カフェやレストランが店を閉じ、またグラン・ブールヴァール自体が銀行街になってしまうと、パサージュ・デ・パノラマは忘れ去られる存在となっていったという。
ここまでパサージュ・デ・パノラマの歴史をかいつまんで書いてきたが、日本でたとえば球場や競技場ができることを見越して、その地元の商店街の気分がもりあがりアーケード式商店街がつくられたイメージとは、また異なるものがパサージュ・デ・パノラマにはあったように思う。第一、地方のスポーツ団体が経営不振となり地元の活気が失われ猫の子一匹すらいないシェルター街になったような雰囲気は、たとえ高級ブティックに変わってそこのテナントに近年のファストフード店が入ろうが、また空いているテナントがあろうがパサージュ・デ・パノラマにはなかったし、19世紀の姿を残しつつも、いや19世紀の姿であってもそこでなんとかやっていけている現状の方に私は目が行った。
たしかにパサージュ・デ・パノラマは19世紀初頭に作られたが、忘れ去られた過去の夢の建築物とはいえ、完全に衰えたり廃れたり寂れてはいるわけではないのだ。歴史のアプローチの方法としていくら『パサージュ論』が魅力的であったり、シュルレアリズムの考え方が好きであっても、その型を今パサージュ・デ・パノラマで生計を立てている「少なくとも自ら寂びれようとしていない」方々や建物に当て嵌めようとするのはおこがましいと、パサージュ・デ・パノラマのあらゆる対象を目にしたとき思ったのが正直なところだ。たぶん、シュルレアリストたちはそんなことを考えてはいなかったはずだし、ベンヤミンは19世紀のある部分を征服しようとしたのであって、君は何を筋違いかつ見当違いなことを書いているのだと言われかねないだろうが、少なくとも私が現地で感じたものに主観的・恣意的ではあれ二律背反めいたものがあったことは否定しようがない。昔の味があるのは分かるが、今でも人はそこで生きているのだからといったふうに。
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