きょうは、「作家が語る 入江観の世界」というのに行ってきました。
作家御本人の作品にまつわる思い出話や解説を聞きながら、スライドで絵を鑑賞しました。
入江観氏という画家は今まで知らなかったのですが、主に自然の風景を描いていて、青や緑がきれいです。名前は知らなかったのですが、きっと絵はどこかで見たことがありそうです。
入江観茅ヶ崎美術館
入江観日動画廊
なかなか好きな画風です。
入江氏は、東京芸大卒で、その後一旦中学の教員になったそうですが、それからフランスの国費で留学しています。
フランスに行ってからの作風は、日本にいたころと変わって、本当にセザンヌやヨーロッパの画家の描くような配置と色合いになっていました。それは、フランスの風景がそういう風景だからなんでしょう。私は絵を見る目などはありませんが、留学の効果で技術的にも断然進歩したように感じました。
しかし、日本に戻ってからは、日本の景色はフランスとは違うので、しばらく想うような絵が描けなくてスランプに陥ったとのことです。油絵というのはやはりヨーロッパに向いているのでしょうか。フランスで油絵を描いていた日本の画家で、帰国してから水彩画や水墨画に転向してしまう人も少なくないようです。
そういえば、村上龍氏がフランスから帰ってきて、日本の町並みや景色が美しくないと感じるとエッセイに書いてありましたが、それと同様なんだろうなと思いました。
しかし、入江氏はやはり日本の風景を描かずにはいられなくなり、独自の画風を確立されたようでした。そして、30年の後ヨーロッパに行って日本に戻ったときは、すでに自分の画風があったので、以前と同じような状況にはならなかったとのことです。
日本のなんてことない風景が心に感動を与えるのですね。
入江氏は子どもの頃から絵を描くのが好きだったようですが、けっして上手ではなかったそうです。人に才能があるとはどういうことか?それは、やはりそのことをずっと続けるってことだと入江氏は語っています。
昨日、岡倉天心に関するシンポジウムを聞きに行って、岡倉天心は17歳で東大を卒業し、28歳で校長になり、そして、52歳で逝去したということを知りました。なんと若くして大成し、若くして亡くなってしまったのでしょう。人生50年ですね。もし私が52歳までの人生だったら、あと数年で何もしないまま人生を終えることになります。だから、私なんかもう今さら頑張ったところで遅いだろうなどとふと思ったわけですが、目の前のステージ上に平山画伯などは70歳をとうに超えているし、他の方もお年を召していますが、まだまだ元気に活躍されている様を拝見し、人間もっと年をとってからでも活躍できるものだと思いました。だから、岡倉天心は太く短く有意義な人生送ったように見えますが、もっと長生きしたら、もっともっといろんなことができたんだろうと思います。
平山郁夫氏は芸大の水彩画の専攻で、入江観氏は同じく芸大の油絵専攻。入江氏が数年後輩になるようです。
近頃私が行った展覧会の画家を思い出すと、青木繁も山口晃も、みんな東京芸大卒ばかりです。やはり芸大卒は優秀なんでしょう。
岡倉は学生に「飛べ」と言っていたそうですが、平山氏も入江氏も外国に飛びましたね。
入江氏は大学を卒業して中学の美術の先生になったのは、やはり安定した収入を得るためでしょう。芸大は芸術家を育てるのと指導者となるものを育てるという別の方向性というか、両立できるものか、とにかく2通りの者を養成するというジレンマがあるようです。
入江氏は、自作を描きつつも70歳まで女子美術大学・短大・付属校で教職も続けて来られたので、その二つを両立されてきた方ということで、非常に敬服します。
温厚で楽しい方だなと思いました。
こういう味はやはり中年程度では出てこないものでしょう。やはり長い人生で培われているものは偉大です。
ものすごく人生についての勉強にもなりました。
個々の催しが次々につながりを持って、自分に理解と益を与えてくれるのはすごく楽しいですね。
作家御本人の作品にまつわる思い出話や解説を聞きながら、スライドで絵を鑑賞しました。
入江観氏という画家は今まで知らなかったのですが、主に自然の風景を描いていて、青や緑がきれいです。名前は知らなかったのですが、きっと絵はどこかで見たことがありそうです。
入江観茅ヶ崎美術館
入江観日動画廊
なかなか好きな画風です。
入江氏は、東京芸大卒で、その後一旦中学の教員になったそうですが、それからフランスの国費で留学しています。
フランスに行ってからの作風は、日本にいたころと変わって、本当にセザンヌやヨーロッパの画家の描くような配置と色合いになっていました。それは、フランスの風景がそういう風景だからなんでしょう。私は絵を見る目などはありませんが、留学の効果で技術的にも断然進歩したように感じました。
しかし、日本に戻ってからは、日本の景色はフランスとは違うので、しばらく想うような絵が描けなくてスランプに陥ったとのことです。油絵というのはやはりヨーロッパに向いているのでしょうか。フランスで油絵を描いていた日本の画家で、帰国してから水彩画や水墨画に転向してしまう人も少なくないようです。
そういえば、村上龍氏がフランスから帰ってきて、日本の町並みや景色が美しくないと感じるとエッセイに書いてありましたが、それと同様なんだろうなと思いました。
しかし、入江氏はやはり日本の風景を描かずにはいられなくなり、独自の画風を確立されたようでした。そして、30年の後ヨーロッパに行って日本に戻ったときは、すでに自分の画風があったので、以前と同じような状況にはならなかったとのことです。
日本のなんてことない風景が心に感動を与えるのですね。
入江氏は子どもの頃から絵を描くのが好きだったようですが、けっして上手ではなかったそうです。人に才能があるとはどういうことか?それは、やはりそのことをずっと続けるってことだと入江氏は語っています。
昨日、岡倉天心に関するシンポジウムを聞きに行って、岡倉天心は17歳で東大を卒業し、28歳で校長になり、そして、52歳で逝去したということを知りました。なんと若くして大成し、若くして亡くなってしまったのでしょう。人生50年ですね。もし私が52歳までの人生だったら、あと数年で何もしないまま人生を終えることになります。だから、私なんかもう今さら頑張ったところで遅いだろうなどとふと思ったわけですが、目の前のステージ上に平山画伯などは70歳をとうに超えているし、他の方もお年を召していますが、まだまだ元気に活躍されている様を拝見し、人間もっと年をとってからでも活躍できるものだと思いました。だから、岡倉天心は太く短く有意義な人生送ったように見えますが、もっと長生きしたら、もっともっといろんなことができたんだろうと思います。
平山郁夫氏は芸大の水彩画の専攻で、入江観氏は同じく芸大の油絵専攻。入江氏が数年後輩になるようです。
近頃私が行った展覧会の画家を思い出すと、青木繁も山口晃も、みんな東京芸大卒ばかりです。やはり芸大卒は優秀なんでしょう。
岡倉は学生に「飛べ」と言っていたそうですが、平山氏も入江氏も外国に飛びましたね。
入江氏は大学を卒業して中学の美術の先生になったのは、やはり安定した収入を得るためでしょう。芸大は芸術家を育てるのと指導者となるものを育てるという別の方向性というか、両立できるものか、とにかく2通りの者を養成するというジレンマがあるようです。
入江氏は、自作を描きつつも70歳まで女子美術大学・短大・付属校で教職も続けて来られたので、その二つを両立されてきた方ということで、非常に敬服します。
温厚で楽しい方だなと思いました。
こういう味はやはり中年程度では出てこないものでしょう。やはり長い人生で培われているものは偉大です。
ものすごく人生についての勉強にもなりました。
個々の催しが次々につながりを持って、自分に理解と益を与えてくれるのはすごく楽しいですね。