山本飛鳥の“頑張れコリドラス!”

とりあえず、いろんなことにチャレンジしたいと思います。
と思っていたけど、もうそんな年齢じゃなくなってきた。

久々の櫻井有紀さん

2020-03-08 13:14:14 | 音楽

新型コロナはおそろしく、ライブハウスは感染が広まる場所ということで危険視され、全国で様々なライブが次々に中止になったりしているらしい。

そんな中で、音楽家たちは、会場にたくさんの観客を入れてのライブやコンサートができなくなって死活問題になっているようだ。

最近、私は以前夢中になっていた櫻井有紀さんのライブにも行かないし、CDなども買わなくなってしまったのだが、その動向は気になっていた。

そんな中、いつもツイッターは見ているのだが、久々に43分ほどの動画の配信が残っていたので見ることができて嬉しかった。

これは、新型コロナウイルスのお陰といってはおかしいのだが、ライブハウスで演奏ができなくなってきたミュージシャンたちは、インターネット配信などの方法を模索し始めているわけである。

私は、コロナの問題が起きる前から、ユーチューブでの動画配信を切に願っていたものである。

櫻井有紀さんは、riceの時は、よくニコニコ動画をやっていたけど、rice解散後は、それもなくなってしまい、普通に話したり歌ったりする様子をまるで見ることができなくなってしまったのだ。

そうすると、ライブやバー アスタリスクに行かない人は、まったく現在の演奏やトークに触れることもできないわけで、だんだん閉じた世界のものになっていってしまう。

これでは、新しいファンなどもできるわけがないし、彼の歌を世界に広く知ってもらえるチャンスがほとんどなくなってしまう。

だが、インターネットで誰でも見られる環境にあれば、彼の歌や演奏を知る人も増えるはずだ。

今回は、ツイキャスとかいうもので配信されたのが録画としてツイッターに残っているのだが、私の希望としてはユーチューブが良い。

それは、他の音楽などを聴いている人が、たまたま知らない動画に行き当たったりして、好きになるチャンスがあるからだ。

ユーチューバーピアニストのフォルテ君も、私はそれで発見したのだ。

ユーチューブの仕組みはよくわからないけれど、再生回数が多い動画は途中でCMが入るので、広告料を稼ぐこともできるみたいだ。

ミュージシャンにしても、広告料が入ることは良いことであろう。

今後も、ライブハウスだけじゃなくて、インターネット配信をしてもらいたい。

・・・

さてさて、久々の櫻井有紀さんだったが、以前と変わらず明るく自然な感じで安心した。

そして、「凛」と「夢より素敵な」をカラオケで歌ってくれて、やっぱりあの声はいいなあと思う。

音程を高めに取るところが気持ちいい。

久々に涙だ。なんでこの人の歌を聴くと涙がでるんだろうか。

「凛」はちょうど東日本大震災のころに発売された曲だったと思う。

rice - 「凛」 PV

そして、コロナを吹き飛ばすような明るい曲「夢より素敵な」。

この曲はいつもライブの最後に歌われる曲で本当に気持ちの良い曲である。

今日は、寒くて雨が降っていて家にこもっているのだけど、動画が見られてよかった。

 

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江戸川乱歩で思い出すこと

2020-03-08 09:51:20 | 読書

最近読んだ「どこかでベートーヴェン」「もういちどベートーヴェン」の作者、中山七里氏は、子供のころから推理小説やミステリー小説をたくさん読んでいたそうだ。

その中に江戸川乱歩も入っている。

 

私は今、推理小説を読む趣味はないが、子供の時には、色々読んだような気もする。

その中で、記憶にあるのは、ある友達から借りて読んだ江戸川乱歩の全集(?)である。

それは、子供むけのものだったと思うが、普通の単行本の形をしていて、表紙には絵が描いてあった。

 

これから書こうとするのは、その本のことというよりも、それを貸してくれた友達のことだ。

 

おそらく小6の終わりのころに、すぐ近所に引っ越してきて、その時は別の小学校に行っていたが、中学1年の時にたまたま同じクラスになった子である。名をR子とする。

 

R子は、とても能動的なタイプでいつも向こうからこちらに働きかけてくるような子であった。

自信家というか、上から目線というのではないが、自分の流儀や趣味を得意げにPRしてくるのである。

 

知り合ってすぐに、元からの友人といっしょに彼女の家に誘われていき、ままごとのようなことをして遊んだことがあるが、ご飯茶碗におはじきを入れて、食べる真似をすると思いきや、本当に56個のおはじきを口の中に入れてしまうので驚いた。

 

そのあと、噛んだふりをして、また吐き出すので問題ないのだそうだ。

そんな遊び方があるのかと、目を回した。あなたたちもやりなさいよ、というが、とてもそんなことはできない。おはじきはきれいに洗っているらしい。

(こんな遊びを、中一でするだろうか?だからこそ驚いたのかもしれない。)

 

そうして、その彼女の家には、江戸川乱歩の小説が20冊くらいあったような気がする。

それを、こちらが貸してくれともいわないのに、面白いから読みなさいよと言って、2~3冊ずつ貸してくれたように思う。

 

私は、小学生の頃は結構読書をしていて、姉がいたことからも、家には色々な小説や文庫本などがあったが、彼女を家に招いたことはなかった。

彼女の家には見たところ、その江戸川乱歩のシリーズだけしか本がなかった。

それを得意そうに見せて、読んだことがないという私に貸してくれたのだ。

 

数冊は言われるままに読んで、確かに楽しかったと思うが、内容は何も覚えていない。

 

彼女は、この本に限らず、勉強の参考書なども持っていて、それを使って勉強するのだと得意げに勉強方法を教えてくれた。

 

教科書以外の教材を使う勉強方法やテスト対策など、一度も考えたこともなかったので、へえ~~と驚いたが、だからと言ってその方法を取り入れるでもなかった。

 

そうやって、1学期が済んだころにわかってきたことは、その得意げな彼女よりも、こちらのほうがずっと成績が上だったことである。

それは、私が優秀というのではなく、彼女が中程度だったということだ。

 

彼女は、バスケット部に入ったので、最初のころは、ドリブルの仕方などをこれもまた得意げに教えてくれたものだった。こちらは、その時もへえ~と感心するばかりだった。

 

だがそのうち、部活も忙しくなり、近所に住んでいるとはいえ、私的に遊んだり交流をしたりする時間はなくなっていった。

彼女は、こちらが勉強方法を教える相手ではないということにも気づいたようである。

 

そうして、江戸川乱歩の本は何回か借りたり返したりを繰り返していたが、3冊くらいを借りたまま持っていた時期があった。

 

ある時、R子がその本を返してくれと言ってきた。私はまだ読み終えていなかったが、すぐにそれを返した。

 

そのころは、お互いに友人とするには、波長が合わない相手だとわかってきたころだ。

そして、それ以降、何のかかわりも持たなくなり、交流は終わった。

 

今になってみれば、こちらは彼女から恩恵を受けていたなと思う。

一方、自分は受け身で、何もしなかったのだから、彼女としては何も得るものがなかったのかもしれない。

 

そのR子だが、実はもうこの世にはいない。数年前、50代にして急に亡くなったそうである。

結婚してお子さんはいたそうだ。

気が強い人だったと思うし、今でも思い出すと、インパクトが強かった。

 

R子がいなければ、江戸川乱歩のシリーズ本の記憶は人生の中になかっただろう。

 

あ、しかし、江戸川乱歩は中学2年の時に「悪魔の紋章」という文庫本を読み、それは記憶に残っている。なんと、それはクラスの男子が、これもまた私が貸してくれともいわないのに貸してくれた。

 

たった今思い出したが、江戸川乱歩の小説はなぜか人が勝手に選んで貸してくれた本で読んでいることに気づいた。

 

・・・

追記:今日、ここにR子と江戸川乱歩のことを書いたのは、おそらくR子が既に亡くなっているからである。

数年前、R子が亡くなったと実家の母から聞いていた。実家の母は、私とR子にどのような交友関係があったのかは全く知らなかったようだ。同じクラスメートだったことがあったかどうかも知らなかった。ただ、自分の娘と同年齢の人が若くして急死したことにショックを受けていた。

そして、そのことは私が帰省するたびに、時々話に出る。家族の人が帰宅したときにR子が自宅で倒れていたそうである。

そんな不幸な出来事がなければ、R子との昔の交流を、私は思い出しもしなかったのだと思う。

中山七里氏が読んでいた推理小説は、江戸川乱歩に限ったものではなく、アガサ・クリスティーやエラリー・クイーン、横溝正史など多々ある。

その中で江戸川乱歩が浮き出てきたのは、やはりR子が亡くなったことによって、彼女のことが私の意識の中によみがえってきていたからだ。

 

 

 

 

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