それは或る昼だつた。 暑く灼けた日であつた。空には何か見知らないめづらしいもの心を誘ふものがあつた。 私はいつものやうに水辺の草に身を横たへて高い空に眼をやつてゐた
私を蔽オホふ影をつくつてゐる樹木の葉たちのこまかいそよぎにもかたまりかけては消えてゆく雲の営みにも心はとまらなかった…
「不思議な川辺で」 立原道造
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ガイドの日
思いだしたように吹く風を感じながらお客さまを待った。 朝から襲う猛暑。
まずはトンボがやってきてガラス戸の縁にとまる。 銀色の翅を小刻みにふるわせて熱気を振り払うようにした。
小さな命に不快感などないのかしらと思えるほど元気。 ミーンミーンがきこえ、 ジー ジーやオーシーツクツクも混じる。 盛大でにぎやかな合唱を耳に、沼や梢はどぎつい光りにさらされて、 ぼーっとしている。
走り終えたばかりの男性が近づいて 流れる汗も拭わずに聞いてくださる。 川越から何度もいらしたというかたなど午前は男性が三人。
日ざかりに女性がつづく。
立原道造を卒論に選んだ学生さん 一時間ほど熱心に見ていかれた。 資料は見つかったでしょうか
追分までご一緒したKさんのなつかしい笑顔にも会えた。 あの日、 同人誌の集いに飛びこんで 村はずれの歌 や 美しい村 に遊んだ。 絵日記に残したおかげで記憶も鮮明だ。
沼をながめ かすかな風を感じ それでも36℃。 団扇が手離せない。 旗は とうとう翻らなかった。
来訪者 五名
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祈りの日、 酷暑に灼ける日は こころも熱い日
いつまでも忘れません。
さう、 かの時代のおびただしき死のひとつでありしよ 父も
金子貞夫
日本人や中国人をはじめ、多くのひとが戦争で命を奪われた。それを思えば、 父はその一人に過ぎなかったのかも知れない。 でも、家族にとってはかけがえのない命だった。
「響け 戦争遺児の歌 朝日新聞」