ドアの向こう

日々のメモ書き 

銀河鉄道の夜

2005-04-30 | こころ模様

 きのう搬入を手伝った。若い劇団員といっしょに、車から降ろした大道具や小道具を、舞台上手、下手と指示されるままに、えっちらおっちら運んだ。何に使うのかと思うようなものもある。分解された大道具は2~3人がかりで、大きな物は台車に乗せれば軽々である。その後、折り込みをした。

 きょう真夏日の観劇。前から6列目で、ちょっと近すぎ。全体が見えにくいし、音量も最大で声が割れてとても聞きにくい。
なにより近くの座席からただよう香水に妨げられた。仄かなかおりは好きだが、かなりきついにおい、その源はちかくにあるらしい。鼻についてしかたがない。そのことばかりがすべてになり、気もそぞろ。ストーリーもだいじな台詞もあやふやになった。
 かおりに人柄がでる。上品になるか下品になるか。時、場所、香りの種類、よくよく考えてつかいたい。

 『僕 もう あんな大きな 闇の中だって こわくない きっと みんなの ほんとうの さいわいを さがしに行く どこまでも どこまでも 僕たち一緒に 進んで行こう』(ジョバンニとカムパネルラ)  
 本当の幸せってなんだろう…  銀河がきらめき、サソリ座のアンタレスの赤い火がうつくしく燃え、人は何のために生きるのか問いかける。『ほんとうのみんなの幸(さいわい)のために私のからだをおつかい下さい』と。宮澤賢治の科学者の目が、宗教者のこころが、多彩に織り込まれていた。賢治の作品は1986年にこまつ座公演「イーハトーボの劇列車」を観て以来。

 装置のおもしろさ、限られたスペースが無限の宇宙になり、客車にもなるし、ながい坂道になる。
 照明が舞台をさらに大きく見せる。美術・衣装 朝倉摂 
闇に映える彩り、コーラスがいつまでもこころに残る。 
 写真:パンフレットより
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ハンドルネーム

2005-04-30 | こころ模様

 2005年3月7日、ヨロヨロと立ち上がったブログ、
 ハンドルネーム「百合百合・薔薇」はサージェント(Sergent,John Singer 1856-1925)の絵「カーネーション・百合・百合・薔薇」から戴いた。開設の手続きをしながら考える余裕もなく次々とながれにまかせ書きいれた。個性的で語感もいいかな? とあっさり決める。

 ところが、長いなまえは書くたび打つたびたいへん。今は単語登録したので「ゆり」と打つだけで「百合百合・薔薇」は瞬時に変換される。コピー、貼り付けという手もあるけれど。シンプルでいい名前ないかなあ。

 さて、17歳のrugby君は昼寝ばかりしている。彼のしっぽに乗って我がブログは飛んでいく。しっぽにしがみついて振りまわされ あなたのもとへ。
 たった今もラグビーのしっぽがはねた。あれ、夢を見てるの? ひなたで小さないびきがした。
 
 いつまで続くか分からないブログだが、ragunosippo にシンプルなハンドル名をつけたい。
 ラグの時間… ラグタイム……?! 「ラグタイム」
ジャズの前身 スコット・ジョプリン 緊張感のあるリズムも好き。 !!! これがいい、ラグタイムにしよう。

 「百合百合・薔薇」あらため「ラグタイム」と申します。ご来訪の皆様、以後どうぞよろしくお願いいたします。
 軽快なリズムも届くといいな…
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すてきな言葉

2005-04-28 | こころ模様

 今週もいい言葉をふたつみつけた。いつもすてきな言葉をいただく。あこがれ少しでも近づきたいとねがっている。
 絵も、文章も、生き方さえも模倣から始まり、いつかほんとうの自分にしかないものが出てくるようになったらいい。それが夢である。

① 「大間に合い」… 何歳でも思い立ったが吉日 
 〝いま〟を大事に生ききろう…
 (清川妙 読売新聞2005.4.24 よむサラダより)
  
 58歳からバイオリンを習い始めた人も25年がたち、いまやルーマニアのバラーダを弾き、聴衆を酔わせた。70すぎてからエッセイや古典を、13年もやすまずつづけているひとも紹介された。先生と同い年である。

 ご自身も52歳から20年間英語を学び、イギリスひとり旅も15回に及ぶ。5月からフランス語を始め、イギリスで親しくなったフランスの若い女性を、ブルターニュにたづねる。
 晩秋の旅に間に合わせたい… と結ばれていた。

 大間に合い、なんていいことばだろう。勇気が湧く、元気がでる。いつからでも遅くないということだ。ちからづよい励ましがきこえる。古典は読みはじめたばかり。でも続けるうちに、なにか見つかるにちがいない。知らぬ間に身につくものがあればなおうれし。一つを調べる。何か一つ始める。つぎつぎ派生し、日々退屈などしていられない。ぼーっとする暇がみつからないし、心はいつも躍っている。

② 「いえいえ」… 謙譲の美徳やめにして 素直に「ありがとう」
 (清川妙 読売新聞日曜版2005.4.17 よむサラダより)
  
 どんなことをほめても、たちまち「いえいえ」が返ってくる… 感心したことを思ったまま口にしたのだから、心を響かせ「ありがとうございます」と言うことで、つきあいもより深まると。 

 「いえいえ」つい言ってしまう。すてきなセーター いえいえ とんでもない
 教室でほめられたときも、手振りまで添えて「いえいえ」を連発した。なんかそうしないと、いたたまれない感じがする。それほどでもと、ちいさくなる。高慢に思われないかと気にしている。

 10年以上まえ仲間がくれたひとことを思い出した。たぶん絵をほめられて、当然のごとく「いえいえ そんなことないよ」とかえした。
 彼女はすかさず、ちょっと強く
「ほめられたら素直にありがとうって言えばいいのよ。嫌みだよ」
嫌み… 思いがけないことばだった。
 
 その時かんがえた。自分の本心をのぞいてみると、きょうはうまくいって自慢したいきもちがあった。うれしかったし、ほめてもらいたいと思った。となると、この打ち消しは嫌みになる。
 
 以来、みなにやさしく、言いにくいこともはっきり言えるこのひとを尊敬している。こっそりミセス・リンドと呼んでいる。しかし、まだまだ嫌みさんはなくならない。絶滅させるには相当の意気込みがいる。
 
 この原稿を見てさえ、「嫌」の字ばかりが迫ってくる。ああいやだ。さわやかに「ありがとう」を言えるようになりたい。
 「かわいいしっぽね」  「ありがとう」

 写真 ラグラス(兎の尾、うさぎのしっぽ)
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柳の眼と心

2005-04-26 | アートな時間

 
24日(日曜日)埼玉県立近代美術館へいく。満開の八重桜がしあわせに迎えてくれた。
<きょうは長文です。柳のとてもいい文章なので引用しました。心に響きます。お急ぎでない方は、せめて※印のところだけでもお読みくださいませ:ラグタイム>
以下パンフレットより抜粋。〈 〉はラグタイムの感想です。

「柳宗悦の心と眼 柳宗悦の民藝と巨匠たち展」
 柳宗悦1889-1961は、今から90年も前に無名の朝鮮のやきものと出会い、その美を直感し朝鮮の人々の心情や芸術を強く擁護した。彼の鋭い眼が、無名の省みられることもなかったような、用に徹し作為のない地味な雑器に美の本質を見出した。 

 やがて 朝鮮民族美術館を設立する。
〈今こそ、この心をわすれてはならないとパネルからいいことばを書きうつす。それはすべての国にあてはまる〉
 
 ※ … 一国の人情を解ろうとするなら、その芸術を訪ねるのが最もいい。あの想いに沈む美しい弥勒の像や、その淋しげな線に流れている高麗の磁器を見る者は、どうしてその民族に冷ややかでいられよう。もしよくその芸術が理解せられたら、日本はいつも温かい朝鮮の友となる事ができるであろう …
 「白樺」第12巻第1号・大正10.1.1 

 帝大在学中に友人の志賀直哉や武者小路実篤らとともに雑誌「白樺」を創刊。科学、宗教、哲学、美術など幅広く寄稿する。

 1910年 雑誌「白樺」の群はロダンに浮世絵を贈った。 それへの感謝にロダンから白樺へ「ロダン婦人像」ほか小品 「小さき影」「パリのごろつき」を寄贈する。  

(はじめてロダンの彫刻を横浜まで迎え、抱きかかえ運んできたのは宗悦だった。本物に出会い狂喜するさまが熱くたのしく胸をうつ。いつでもロダンに会える今を、こころから幸せに思う)
 「白樺」第3巻第2号・明治45.2「ロダンの彫刻入京記」によれば 

 ※ …ロダンの彫刻をかかえて町を歩く人はこの世に多くはありますまい。自分は一種恐ろしいような気がしました。すぐ車に乗って元関町の無車の處(トコロ)にいそがした時、荷が重いので『マダム、ロダンの肖像』を包んだものだけ、股の間に入れました。實(ジツ)にモッタイないと思いましたが仕方がありません。無車の家迄車に悠々乗っていられなくなったので、半町ばかり手前で降りてそして三つの包をかかえて走り出したのです。
 
 無車の家の窓の下からドナった時、中から非情な声がきこえました。門に入るや否や志賀が外に飛んできて、いきなり一つの包をだいて了(シマ)いました。自分も無車と、平澤と萱野(カヤノ)との手を思わず握って了ったのです。 
 其夜 五人で其の包をあけた時の思いを、どうか察して被下(クダサ)い。三つの銅像を食卓の上において五人で晩の食事を共にした時の事を想像して被下い。兒島と、田中がすぐ飛んできて、穴のあくのを心配した程兒島が見つめたと云うのも其時です。
 有島と里見とは其晩帝劇に行ってたので、すぐ劇場へ電話をかけて「ロ(ロ) 来(キタ)る」と云う張り紙を出してもらったのも其時です。 
 翌日無車の室(イエ)には同人をはじめ14人も集まって、皆悦びあっては、飽くことを知らずに三つの彫刻を見つめました。今は同人の家を歴訪して、多分園池の室を飾っているときと思います
  …ロダンという名前は凡てのものを引きつける。マグネットのように方々にちらばってる同人を即座に吸合させました… 

 (白樺同人の家々をまわったロダンの彫刻、まぢかに狂喜するようすもほほえましい。なんど読み返しても微笑をさそう。宗悦の文章をもっと読みたくなった。 無車は武者小路実篤のこと)
 
 無名の職人達がつくる、使うことを目的にした生活雑器、それら民衆の工藝を「民藝」と呼び、日本各地の民藝を調べ広めようと民藝運動を多くの作家達(富本憲吉、濱田庄司、河井寛次郎、黒田辰秋、棟方志功、芹沢介、バーナード・リーチ)と行う。

(これら作家達の作品も展示され、比較しながら見ていくと面白い。それぞれの個性がかがやく。ほかに李朝工芸(李朝竹製印箱、李朝染付辰砂牡丹文壺、李朝白磁大壺など)を堪能した。木喰仏もある)
 
 詳細は 埼玉県立近代美術館HPに

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犬のための前奏曲

2005-04-22 | 犬のブロンコ・ダン

 「Hi! ホクセン・リバーズ・ブロンコ・ダンです。緑の風が
心地よぉく鼻をくすぐります・・・」
 
 ブロンコ・ダン=我が家では、ラグビーと呼んでいる。トイ・マンチェスター・テリア、うちにきて十七年になる。とても賢い。人だと思いこんでるラグビーと、限りなく犬に近づいた私達のおかしな暮らしだ。

 噂をすると「ぼくの話しね?」と目が言っている。また、かぞくの応援に出かけたはずのグランドで、不惑のオジサマ方と全速力でかけまわり、毎週ゲームを愉しんだ。走るすがたは、まるでサラブレッドのよう。大好きだよ。

 すらっとした長い足、人のまつ毛くらいの毛は、黒いビロードのようにかがやく。だいぶ耳や目が悪くなったが、声の大きな、威厳あるガードマンぶりだ。歯は全部そろっている。
ほかの兄弟達は元気だろうか?

 彼はシャンプーのあと生乾きで大騒ぎする。いつもの儀式だ。
家中走り回りソファーの上でゴロン! 背中をこすりつけたり、手脚をぐっと伸ばし水泳のように掻いては拭ってしまう。
 この生まじめ君に、居間は乗っ取られてしまった。

 ちかごろ家族の靴下がないと眠れない。油断するといつの間にかくわえてる。
 その自慢げなことといったら… 
ひとの視線を意識したような首筋に「どう?この早わざ」って書いてあるような… 追いかけないと不満げで、取り返そうにも威嚇され(あらら、昼間の人格はどこよ)絶対に返さない。
 人はあきれながらこの芝居に、毎夜つきあっている。

 ラグビーと暮らし、うれしく思うのは、家族の動物にたいする見方が変わり、思いやりもふかく、心にゆとりも生まれたこと。親犬と一か月でわかれ、教わらないのに犬としての暮らしが、厳然とあることにも感動した。

 以前見つけたエリック・サティの「犬のためのしまりのない前奏曲」 「犬のためのぶよぶよした本当の前奏曲」。可笑しいね、
でも、ちょっと聞いてみたい。
ラグビーのおかげで笑いが絶えない。心から感謝しておりますよ。
 ちょっとお疲れ 今日のうしろ姿 
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あかり

2005-04-21 | イーゼルのうた

ランプのつづき10Fを進めた。
 本日2回目。
 
 帰宅して気づく。光の調整しなかったこと。
きょうはカーテンを引いてない。うえに蛍光灯がついていた。 
 先週と同じ設定になってない。かくたびモデルが替わってる。

 つぎはこれを壊そう、こわして分かる ちがうものがみえてくる
 
 これを4回描く。たのしみになるかどうか…
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グウェン・ジョン

2005-04-19 | アートな時間

 4年まえTATE美術館から、はじめてネットで小さな買い物をした。
ALICIA FOSTERの「GWEN JOHN」。 ティーポットの絵をはじめて見たときのあたたかなショックは忘れられない。優しく、やわらかな色彩がじわっと沁みた、人柄をしのばせるいい絵だ。なかなか取り上げられず、目にすることもほとんどない女流画家。画集もほとんど見かけない。

フランス大使ポール・クローデルの姉は、彫刻家カミーユ・クローデル。映画で広く知られることとなった。おなじくグウェン・ジョンもロダンのモデルをつとめている。
 彼女は絵を描くことにつよい意志をもっていたが内気なため、その生涯はひそやかなものだったと。ロダンのふかい愛情をうけていた。手紙好きでたくさん書いたとあった。とても惹かれる。読んでみたい。 
 
 テートギャラリーで買った絵はがきはバスケットの桃。やわらかいがしっかりある重さ。いいな。ゆったりしぜんに描いている。ほかに抱かれて横むきの猫もとてもいい。背中がなんともいえない。すばらしい質感だ。

 桃はむずかしい。なんどかいても本物のあの柔らかさ、押せば跡がつく、ジューシーであやうげだが固体。うぶ毛がある。黄にある赤味、その色が出ない。バーミリオン(オレンジ)でもない、クリムソンレーキ(青みがかった赤・透明)でもないし、ましてピンクでもない。ホワイトなんてもってのほか、試行錯誤するうちに腐った桃になってしまう。
 林檎もそうだ。よく知っているつもりの、単純そうなものほど手ごわいのである。人もおなじだろうか。
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蜥蜴初めて現る

2005-04-18 | 自然や花など

 きのうのことだ。 -とかげ初めてあらわる-
 べつに、二十四節気や七十二候ではない。我が家でことし初めて蜥蜴を見た日がきのうだった。うちには蜥蜴が住んでいる。

 デューラーの銅版画にでも出てきそうなオオトカゲではない。体長12センチくらいのかわいい蜥蜴である。去年は5センチくらいのこどもを連れていた。

 はじめは、爬虫類だから気味わるく、ワニにそっくりでおそるおそる見ていた。
近づくと、じっと固まった。 緊張!! 体中で伝える。こちらをうかがう様子だ。蜥蜴から見れば、さながらバベルの塔か、ガリバーか。おどろかせてごめん!いつも謝っている。よくよく見ればかわいらしい。かしこそうな目つきに愛しささえ覚える。

 マンスフィールドの手紙には、「とかげは目で物音に聞きいっている」とあるが、ほんとうにそんな感じだ。日だまりの石のうえで手を結んだり開いたりしながら温まっているのをよく見かける。まるで「かくのごと閑かなる日ざしありや」(北原白秋 「日なた」)
といった趣である。
 
 今年もようやく会えたね。記念のお写真を…と言いかけたとたん、花韮のかげにかくれてしまった。おとなしい彼の声を聞いたためしがない。冬が来るまで仲良くしようよ。
奥さんやこどもさんは どうした?
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ほのかな紅

2005-04-17 | 自然や花など

 「ほのかな紅(くれない) それは色といふより ひとつの吐息」(百扇帖)より 

 作者ポール・クローデルは駐日フランス大使・詩人・劇作家 
 姉のカミーユ・クローデルは彫刻家。
 
 このうたに出会ったときから、写真にうつす日をゆめみた。
 ようやく咲いた。
 
 カミーユとおなじくロダンに学びモデルもつとめたグウェン・ジョン、彼女のあたたかないろの絵にも惹かれる。ほのかなくれないのティーカップが置いてある。カミーユとグウェン、師をめぐるそれぞれの葛藤も胸にせまる。

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こちら編集部

2005-04-16 | こころ模様
 隔月で芝居を見てきた。今までに見たもの123公演。さまざまな仕事を分担して幕があく。
 座席割り・搬入・機関誌へのチラシ折り込み・会場設営・チケットのもぎり・観劇日変更受付・機関誌づくり・パンフレット販売・携帯電話の注意・プラカード・アナウンス・席詰め・カーテンコール・遅刻者の対応・誘導・搬出etc. 

 年にいちど運営担当になる。今回は搬入と機関誌を引き受けた。搬入や座席割りはいつも体験しているが機関誌は初めて。

 きょうは校正の日。字の大きさ、書体ひとつで誌面の表情も変わるしアピールもちがう。小さなことでも大きな影響があることに気づく。どうしたら読んでもらえるか。親しめる内容は? 余白がものを言う、適当なサイズだろうか? 試行錯誤は楽しいかぎり。誤字や脱字のチェック、写真の配置は? カットは? レイアウトなどおもしろく終えた。と、一回だけだからね…
 わがあこがれのひと、editorのTさんはいつも凛としている。すてきさのわけも分かる気がした。

 ところで 何を見るのよ!

 原作 宮沢賢治 わらび座公演ミュージカル 銀河鉄道の夜
 台本/市川森一  演出/中村哮夫  音楽/甲斐正人
 美術・衣裳/朝倉摂   照明/沢田 祐二

 衣装も・照明も興味津々・美しい音楽にあえるだろうか 気になるせりふは? だいじに運んだ小道具は役者のそばで重要な役割を担ってる… あの装置はあんなところにあるじゃない… 芝居のおもしろさは何倍にもふくらむ。舞台の裏側をのぞくチャンスにわくわくする。 
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夜のカフェテラス

2005-04-15 | アートな時間

 とうとうゴッホ展に行った。快晴、桜日和。入り口からラッシュアワーなみの混雑。

 絵は本物にかぎる。写真では出せない感情の勢いや、絵の具の凹凸、筆のあと、ゴッホが感じた色がそのまま見られる。ゴッホの息づかいがそこにある。真摯に制作した跡がうかがわれる。

 あえてイヤホンガイドを借りない。事実を知るために借りることもあるが、自分の感想や発見を第一にと思うから。予備知識を得ると感覚までそのように誘導されるような気がする。まっさらにして、素直に自分の感じたものを大切にしたい。それぞれの感性で見ればいい。

 黒山の人だかり、

 まず色の対比に目を奪われる。人混みにもまれ長いことそこにたった。
 やがて視線は画面中央奥の馬車にとび、リズミカルに丸テーブルをつたい手前へとすすむ、黄色の壁をはい上がり日よけを滑りおり、夜空のひときわ大きな星にとまる。落ちてきそうな、大きく迫るゴッホの思い。泣き出しそうに見える星々をひとつふたつたどる。闇にしずかな建物、窓のあかり。立ち話の男女。石畳にながれるひかり。ごつごつと丹念にあそぶ。カップのふれあう音、おしゃべり、ウエイトレスの挨拶とかすかな葉擦れ。

 いい絵ほど、視線はこころよく動く。どの部分を切り取ってみても、それぞれ飽きさせない。絵の部分部分でつぎつぎと発見がある。絵の具は塗るのではなく筆にふくませて置く、あるいはたたく、ゴッホはそれを長めに引く。

 絵はがきはつまらない、これは当然のことだが、買ってがっかりする。のっぺらぼうで色褪せてみえる。てがみを書く気も失せてしまう。アルルの葉書は値段もさして変わらないと思う(記憶が曖昧)。凹凸や筆遣い、色合いもはっきりしている。が本物にはおよばない。このような構図だったと確認するものなのかも知れない。

 出口から入口方向をみると、さらに人は増え入場制限をしている。生きているときに一枚の絵しか売れなかったといわれるゴッホに、このにぎわいを見せてあげたい。

お堀端に鬱金桜が満開。カラスノエンドウも群生している。しだれ柳の若いみどりがこころをゆらす。はやく絵が描きたい! ゴッホに教わり刺激をうけた、試したいことがたくさんある。
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ランプの灯

2005-04-14 | イーゼルのうた
 きょうから静物を描く。ランプとコーヒーカップ、鉢、フランスパン2本、チェック柄のと白の布。
そして、初めての試みをしている。今まで何度かランプを描いたが明かりをつけないものばかり。
きょうはカーテンを少し引いてランプに灯をともす。ランプの光源は電球である 

 セピア色のフードから漏れるあかりは、カップの縁やソーサーにオレンジ色の輝きをあたえ、鉢にもやわらかな光をこぼしている。机の上にランプは投影され、川面に映る夕日のような感じ。色ガラスの中に光るイエロー、バーミリオン。

 今までしたことのない試み、ランプに灯を入れる。新鮮な世界ができあがった。ちょっとどきどきする。自然光や蛍光灯にない、あたたかな光。ただ見たように描くのではなく、感じたものを描くことができるだろうか。
 たのしみがつながった。
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誰もいない公園

2005-04-13 | こころ模様

 母を医院におくって待ち時間に、早足で公園にむかう。
本日小雨 誰もいない公園でしだれ桜が待っていた。奥にもさらに大きいのがある。
そちらも写したが、街がはいってバックがうるさい。
 やはり新緑のなかで桜が映える。いいねぇ…
きょうはカラスといっしょに愛でてきた。

 いそぎ図書館へ。新聞のコピーを撮って 医院へもどると
「いま終わったよ…」と笑顔で待っていた。ふたりでピンクのアストロメリア・紫のストック・雪柳・白のカーネーションの花束を買う。
 めでたし!
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風のアート

2005-04-11 | 自然や花など

 花散らしの雨と聞き、歩いて出かけた。
 濃紺の車がちかづいてくる。フロントガラスやボンネットに淡いピンクの花びらをたくさんつけていた。
清少納言は野分の朝に…  きょうの私は ワゴンの花びらに
ときめいた。 
 はかない模様がランダムにつづいている。ゆうべの二日月は見ていたろうか。こっそり仕上げた風の点描画… 
 
 駅をぬけると公園だ。週末はにぎわったに違いない。しだれ桜が満開で つめたい風にスイングしてる。八重桜には若葉がのぞく。
ムクドリといっしょにお花見をした。
 小さなハートのかたちして 桂(カツラ)のさみどりもそよぐ。 

 雨の公園写したかった! 
絵日記じゃなくなった。
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地下室

2005-04-10 | こころ模様

手洗いのウールをすすいでいる
 早くもやってきた夏の陽は
水の冷たさと爽やかさをつれてきた
 手のひらに心地よくうける
  水はゆびの間をながれ 泡がうまれた

底にフラジャイルな地形ができる
 セーターは荒れ地 窪みは沼
 天井を映しあかりをともす
異次元の世界へ ついつい入りこむ 落ちていく 
ヒンヤリした地下室へと

  …またも道草

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