別所沼だより

詩人で建築家 立原道造の夢・ヒアシンスハウスと別所沼の四季。
     

それでも待ってる

2005-09-29 | 犬のブロンコ・ダン
  もう、帰るはず…

 ソファーから降りて うしろ足をもたつかせながら
 よろよろしながら なんども なんども 玄関をのぞいたの

 マットの上に寝そべって あごをつき出して
  あぁ まだかな… まだかなあ

 またソファーに もどってきてね 
  しばらく目をつぶった
 でも、やっぱり気になって
   また玄関へ  まだかなあ

 あのね!
  とうさんはデジカメと 四万十川へ
 君が いくらまっても
   きょうは帰らないよ あしただって まだ
 

 くりかえしの夜がきて
  いつかとおなじ
 とうさんは やっぱり お泊まりね
  やっとわかったよ
   rugbyも おやすみなさい

  ねえ かあさん
   あしたはかえるよね?
 
 とうさんがいたら それだけで 
  元気なんだから
 家中のだれより好きなんだ いつだって とうさん次第さ
  食べないで 待ってるんだから

   もうそろそろ かえるはず…   by rugby
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沼のほとりにⅡ

2005-09-27 | 別所沼だより


別所沼はジョギングコースがあり、かならず誰か汗を流しています。 そして、 ヒアシンスハウスのほかに見逃せないもの

 ハウスの奥には公園事務所があり、その左手前に 中野四郎(1901~1968)作 
「掛けた女」の像です。
 (材質 セメント)

 公園の北側は児童公園。 

 
  奥には屋根付運動広場があり、てまえがメキシコ広場です。中南米の遺跡のような作りで、異様な像が立っている。 十三世紀メキシコで繁栄したアステカ文明の神「ケツァルコアトル」。 ここの像はエヘカトル・ケツァルコアトルで風をつかさどる神。1980年、 メキシコから友好の証として贈られたもの。
     (ぱぴるす 第27号より引用)   
 
   カッパのような顔をしています。  失礼!

     

  沼に向かうと小さな島が見える。ここが別所沼弁財天で、昭和二年に東京深川の州崎神社から分祀(ブンシ)されたという。 弁財天は宝の神様。
 曼珠沙華が咲きそろい、季節には牡丹臭木も、花を添えました。

他、
 立原道造が兄のように慕った 詩人  神保光太郎 の 「冬日断章」 孤独より。

  沼のほとりを めぐりながら 神をおもふ  水面に映る ひとひらの雲 羊の孤独
       
 立原のソネット形式のやわらかい詩型を、いちばん評価していたのは
  神保であったといわれている。
 

神保光太郎歌碑

  

 

 

 

 

 

 


  句碑  曼珠沙華あつまり丘をうかせけり   長谷川かな女

        

 

 

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曼珠沙華

2005-09-26 | こころ模様

 作者の心の何分の一しか わからないのかも知れない。 
清川 妙 著 「出会いのときめき」(清流出版)のなかの 「いのち光らせて」 を、何度も読んだ。ひがんばなに寄せる思いが、とても心に沁みます。この花をあふれるほど抱え、おみやげにした五歳の息子さん、純粋なきもちに感動し目が覚めました。 
  三年まえのこと

 彼岸花のイメージは悪いもので、火のようだと、幼いころから思っていた。伝説がまじめに残り、赤い花に畏れを感じ、よく見ることも、近づくこともせず過ごしました。それはとても残念なことです。

 せめて見れば…  不思議な美しさ、造形の妙、まるで精巧な水引細工のようです。簪にも似たこの花を、じっと見たのはエッセイを読んでから、図鑑やパソコンで写真を見たのです。
blogでは boa!さんの絵を拝見し、白い花たこさんの写真で逢いました。

  エッセイの、家族それぞれにかよう思いやり、やさしさが胸にみちて、燃える紅にも、すがすがしさを感じました。 こんどこそ実物に会い 「光るいのち」 をそっと愛でてみよう。 そして文章に込められた思いを深くかみしめよう、 そう思った。
 こころゆたかにつよく生きる… いつもアクティブな作者は、 ほんとうにすてきだ。

 彼岸花は賢い!   調べると
 
 一月、他の植物が枯れている時、葉を繁らせ、冬の陽をひとり占めして、球根に栄養をため込む。 これがひがんばなの戦略…
 四・五月、他の植物が芽吹くころ、ひがんばなの葉は枯れ、九月上旬ころに、葉がないのに茎だけ伸ばして花を付ける、九月下旬ころ花が終わるとようやく葉が顔を出す。どんどん伸びた葉は大きくなり、晩秋から冬にかけて、ひとり元気、 敵はいないぞ。 その成長も花も、なんと個性的!!。

 薬効も多く、球根の毒を抜いて食料にし、飢饉を救ったとも伝えられているのです。私だけが知らなかった多くのことを知りました。
   花に罪など無かったのです。 びっくりしました。
 曼珠沙華、 華という字の原型になっていることもわかり、なるほどそう見える。細い蕊がはなやかに舞い、 華の字、 そのものに思えます。

 本を読まなければ、生涯ひがんばなを良く知り、愛でることなく、つまらなく過ぎたことでしょう。 いま、彼岸花をみるたびに、 このエッセイと、 花のつよさを思いだすのです。  今年は、花の時期が遅れているようです。
  
  つきぬけて天井の紺曼珠沙華   誓子    やはり、この句がいちばんすき 
   
 万葉集にはただ一首  いちし(壱師)は 彼岸花
 
  道の辺(ヘ)のいちしの花のいちしろく人皆知りぬ我が恋妻は  巻11・2480

 別所には かな女の句碑があります  
 曼珠沙華あつまり丘をうかせけり      
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りーりーりー

2005-09-20 | 自然や花など

本体はヘチマ、黒いところは鼈甲で作った蝙蝠  蟋蟀のセレナーデは、おずおずとやってくる秋を告げる。 昼の暑さを忘れさせる夕べの、なんと美しき調べ。

  あるときラジオで、中国のコオロギ文化について熱く語っていた。 その話があまりに面白かったので、早速本を読んだ。おととしのことだ。 闘蟋(トウシツ)  瀬川千秋 (大修館書店)  

 中国には闘蟋(トウシツ)と言う遊びがある。 
  以下に引用する  

  コオロギを闘わせ、ひと秋をかけてチャンピオンを決めるあそび。 飼い主たちは、戦士の育成に持てる金と時間と知識のすべてを注ぎ、 熱中のあまり家屋敷を失ったものは数知れず、 一国を滅ぼした宰相さえいた。

 1200年の時を超え、男たちを魅了し続ける中国の闘うコオロギとは? 
 飼育するときに使う「養盆(ヨウボン)」には、 鈴房( リンファン )というコオロギのベッド。半月形の水皿には、耳かき2・3杯分の清水を湛え、楕円形の餌皿には、ふっくらと柔らかそうなご飯粒二粒。これらがセットされる。 どちらも幅が15~45㎜、高さ4~10㎜、コオロギの小天地を見るようとある。  こおろぎの闘いも、牛や鶏に劣らず変化に富み、見事なものである…  瀬川千秋

 その歴史、闘いの作法、道具類など。 興味は尽きず、虫好きではないが、とにかく面白く読んだ。 思い出すのは、映画ラスト・エンペラーおわりのシーン。 紫禁城で、少年のころ隠しておいた瓢箪を、玉座の間から取り出すと、虫が勢いよく飛びだしてくる。 中国最後の皇帝溥儀、 波乱に満ちた後半生が夢のようにはかないことを暗示させる。

  去年、美容室で上の写真を見つけ、あっと声を上げたほどだ。 蟋蟀について愉しくおしゃべりしたことは言うまでもない。  ハサミを片手にみなさんも、おもしろがって喜んだ。 蟋蟀をお風呂にいれる話。 リングはお弁当箱より一回り小型の楕円形。  翅をふるわせ、かちどきをあげる勝者。 敗者は背中を見せて、負けを認める等々。

  写真は、平山美知子コレクションより紹介されている蟋蟀入れ。  雑誌ミセス シルクロード夢幻 九月より 

  本体はヘチマ。実が小さなときに、内側に模様が彫ってある型に入れる。 実の生長とともに模様が浮き出す。 大きくなったら中身を掻きだして乾燥、象牙の枠や、蓋をつける。 これを「葫蘆 ころ」と言う。 蘆の字は、本当は七と皿の間に田が入った文字。パソコンでは出てこない。 天然の共鳴箱である。

  清朝第六代の乾隆帝(在位1735~95)の61歳の大寿の祝いに、臣下たちから皇帝に贈られたもの。 黒く見えるところには、 乾隆帝の御歳にちなんで、 61の鼈甲の蝙蝠がはめ込んである。 蝙蝠の蝠は、幸福の福に発音が同じなので、蝙蝠はたいへん縁起の良いものと考えられていた。 
  なるほど、香港で蝙蝠のマークをたくさん目にしたわけが、ここにあった。  美しい造形は遊び心いっぱい。 小さな虫にそそがれた情熱が伝わってきた。

  蟋蟀を歳時記で引くと…つづれさせ、つづりさせ(衣の綴れを刺せと、秋の用意を促すようにその声を聞きなしたもので、これを古くはキリギリスと言った。万葉時代は秋鳴く虫の総称だった。その後もキリギリスや竈馬と混同している)、ちちろ、ちちろ虫、ころころなど、とある。  

     ころころやこのごろ物の影深く      臼田亜浪 
    こほろぎや暁近き声の張り        内田百
    髪を梳きうつむくときのちゝろ虫      橋本多佳子 

  闘いを知らない蟋蟀が今宵も、りーりーりーと 美声を? 震わせる。 
  ころころりーんと秋の夜は更けていく。 

    後記関連記事

 

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お月見

2005-09-18 | こころ模様

                                 
 
 月の明るい晩でした。 ガマさんが雨戸を閉めようと手を掛けたとたんに ポトリ 床に何か落ちました。 みると、 顔見知りの尻尾のないトカゲくんでした。 ガマさんはそっとつまんで外に出してやろうと思いました。 
  「あっ、そっちへいったらだめ!」。
 トカゲ君は静止も聞かず机の下のほうへ、 スルスルッと隠れてしまいました。 
 
 ここは中二階です。 青いセージの花が、まるで鴉のくちばしのように大きく口を開けて、 伸びをしながら戸袋の辺りまできていました。 どうやら、それを辿ってやってきたらしいのです。網戸の桟にもたれて、お月見としゃれていたのでしょう。 
 とんだ災難です。

 大きな声がしたので、かえるさんもかけつけました。 いっしょにトカゲ君を呼びましたが返事がありません。 ますます奥へ迷い込んで、 きっと驚いているだろうな。 草の匂いなんかこれっぽっちもしないもの。 コードやらカセットやら、 雑誌やら、初めて眼にする物ばかりだ。

 ガマさんは懐中電灯で照らして、 TVの周りやその蔭のほうをさがしました。 どうしても見つからなくて、 かえるさんは今日も一日中、 トカゲ君のことばかり考えていました。

 夕べ、 網戸を少し開けっぱなしにして寝ました。 月明かりに誘われて、 無事に外へ出られたでしょうか。 今宵十五夜、 セージの花かげでトカゲ君が見ていることを祈ります。     

      誕生日のaちゃん、 yちゃんへ 

 

 

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美しい夕暮れ

2005-09-16 | 別所沼だより
   

     薄暮(クレガタ) の曲  シャルル・ボードレール   訳 上田敏

        時こそ今は水枝さす、こぬれに花の顫ふころ、
        花は薫じて追風に、不断の香(カウ) の爐に似たり。
        匂も音も夕空に、とうとうたらり、とうたらり、
        ワルツの舞の哀れさよ。疲れ倦(ウ) みたる眩暈(クルメキ) よ、
        花は薫じて追風に、不断の香の爐に似たり。
                                             

 

        詩集より一部抜粋
   美しい夕暮れ…  ドビッシーも聞こえる   18:06  

 

 

 

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褒めないで!

2005-09-15 | 犬のブロンコ・ダン
 Hi! ブロンコ・ダンです。 昼間、5㎝くらいのトカゲ君に会いました。 冬ごもりまで秋を満喫だって。 小さな庭にもホトトギスが咲き、小紫に実がつきました。だいぶ秋めいてきましたね。

 きょうは得意技について、手短に! お話しします。 皆さんもやってみて下さい。

① なんと言っても、5,6軒先のお宅まで、 よく通る大きな声で、お客が帰るまで吠えつづける技でしょう。 ここはもう、歌うつもりで。  もしも、 騒音にしか聞こえなかったら、 あなたに鑑賞力がないと思ってね。
  大声だすと気分爽快ですよ!  たとえ叱られても声援だと思うことがだいじ!

② これは遺伝子のなせる業とも言へり。 座布団穴開けの術、 座る前に、まずお掃除を。 ササ、サッと両手で払い、 おもむろに猛スピードでひっかくと、やがて見事な穴があきます。 中味を引きちぎるのも面白いでしょう。 

③ ドッグフードは口いっぱいつめ込んで、すこし移動してからパラッと蒔きましょう。
うまく散ればおなぐさみ。  あくまで、床に点描するつもりで、美しく!  鼻の先で、あしらいます。

  急に秋風…   どうぞ、 お風邪を召さぬよう        では また…
    冷やかにただ一言の美しき    橋本鶏二        

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かもめ

2005-09-10 | こころ模様
  昨日の朝日夕刊コラムは
    カモメ  「プロ」の言葉で何と鳴く   藤崎昭子 

 筆者はアイルランドに出張し、港町ダブリンの象徴はカモメ、耳に「ぴゃあ」と聞こえるが、これでは紀行文もしまらない、
  「雲が重く垂れ込めている。ジョイスの銅像に、白いカモメがぴゃあと鳴いて止まった」。 文豪が泣く。
                   ☆
 こんなときは言葉の魔術師に頼るに限る。作詞家生活40周年を迎えたヒットメーカー、阿久悠の歌詞を辿るが見つからなかった。(中略  他にも当たったが見つからない) カモメはなんと鳴くのか、誰か教えて下さい・・・     
 というもの。 とっさに、 むかし覚えた詩が浮かんだ。

              かもめ    室生犀星
          かもめかもめ
          去りゆくかもめ
          かくもさみしく口ずさみ
          渚はてなくつたひゆく
          かもめかもめ
          入日のかたにぬれそぼち
          ぴよろとなくはかもめどり
          あはれみやこをのがれきて
          海のなぎさをつたひゆく

 若き日、 「入日のかたにぬれそぼち」 のところが好きだった。 その頃の自分に、覚えのない寂寥感に酔った。 憧れたのかも知れない。 カモメの鳴き声は身近にない。 「ぴよろ」 と鳴く、 頭にしみこんだ。 

 その後、幾たび海にでかけたろう。 詩集は、拗音がLサイズで記載されている。 「ぴょろ」なのか「ぴよろ」 なのかはっきりしないまま、時は流れた。 
  ぴよろ が、ふさわしいと思うが、 藤崎氏に教えてあげたい。
 ほかにも 「みやこへ」 で 「…ぴよろかもめの啼きいづる」 と歌う。 東京を離れ、帰郷したものの焦り揺れる心だった。 

         -☆-

  皆さまのたいせつなコメントをWordから 再現します。

かもめのうた (wabbie) 2005-09-11 13:39:07
うみはひろい~♪
ひろくてあおい♪
かぜのうたはぴいぷ~♪
かもめのうたはぎいよ~♪ぎ~ぃよ♪

という昔、海風を受けて歌っていたことを思い出しました。
全部覚えてないのが残念、いつかひょこんと思い出しますように♪
ぴゃあ♪・・・(笑)


   カモメの歌声 (ラグタイム) 2005-09-11 17:08:49
 wabbieさん ありがとう 
 むかし歌われた歌詞を調べました。
 「ヨット」と言う歌
    佐藤義美 作詞・湯山昭 作曲
 
1.なみをけって うねりをのりこえて 
  しろいほのヨットが走る走る走る  
   うみはひろい ひろくてあおい   
   かぜのうたは ピープー      
   かもめのうたは ギイヨギイヨ    

2.かぜをうけて ななめにかたむいて 
  あかいほのヨットが走る走る走る  
   うみはひろい ひろくてあおい   
   かぜのうたは ピープー      
   かもめのうたは ギイヨギイヨ    
 
 近くに海がないのでじっくり聞いたことがありません。たまたま聞いたのは「ぴゃあ」とか「ぎゃあ」だったと思うけれど。ギイヨ~、ギイヨ~とは 思いつきませんでした。この歌も知りません。
 いつも、あなたの詩のような日記を楽しみにお邪魔しています。
 

コウノトリ (yagmur) 2005-09-12 06:12:32
だそうです~。
ずぼらな私は鳥の名前も調べずに
写真だけで満足していましたf^^;
でも、名前を聞いてまたまたびっくり。
コウノトリさんがあんなにいっぱい!
「渡り鳥」という単語を辞書で調べると
例文に「コウノトリは南へ旅する」と書いてありました。
きっと渡り鳥の代名詞にもなっているのでしょうね。


   何と鳴く (ラグタイム) 2005-09-12 16:48:11
 yagmurさん ありがとうございます。
幸せのおつかいですか  コウノトリ!! こんなに!!
 カモメの鳴き声も思い出したら教えて下さい


   Unknown (yagmur) 2005-09-20 10:26:05
ワタシの家の近辺は、カモメだらけです。
ウミネコとカモメは同じ鳥を指すのでしょうか。
「くゎぁ~」とも「ぴゃぁ~」とも「ぎぃ~ょ」とも聞こえますねぇ。。。
なんとも愛らしい声であることは確かです!
夏場は島のこちら側で子育てをするので、
カモメの求愛ダンスなども……。


   どちらも愛らしく (ラグタイム) 2005-09-20 14:50:39
 yagmurさん ありがとうございます。 カモメの声なんだけれど、聞く人の心のこえ、それぞれですね。
 コラムの作者は探せたのかしら。カモメの愛らしい鳴き声…  調べると、ウミネコもカモメ類・カモメ科
ウミネコはミャーォ、クヮーォとか鳴く。カモメの種類も多く、例えば、ユリカモメはギューィ、ギーィッと鳴くがうみねこよりしゃがれていると。姿もウミネコとカモメを見分けるのは難しそうですよ。

 思えば 私を真っ先に見つけて下さったyagmurさん。感謝しています。トルコのつれづれも楽しんでいます。


  ご教示ありがとうございます (藤崎昭子) 2005-10-05 16:32:22
「なんと鳴く」を書いた藤崎と申します。
続編コラムの参考になるサイトはないかと検索していたところ、こちらにたどり着きました。
拙文をお読みいただき、本当にありがとうございます。
室生犀星さんの「ぴよろ」、この寂寥感はまさに、港町の情景とマッチしますね。
なんといっても、「ぴゃあ」より文学的ですし……。
続編コラムの中で、ほかの読者の方々からお寄せいただいた鳴き方とあわせて、紹介させていただけないでしょうか。
「投稿」という形でお願いするのは不躾かと思いますが、連絡のとり方がわかりませんでした。 ご無礼をお許しください。


ハッピー・サプライズ! (ラグタイム) 2005-10-05 18:18:38
藤崎昭子さま
 はじめまして。 ようこそお越しくださいました。
 お申し出を快くお受けいたします。どうぞおつかいくださいませ。
 ぴよろは深くしみこんで、年を重ねました。 詩文に対する憧れはますますつのります。 blogのふしぎを、ほんとうに嬉しく、楽しく受けとめました。 続編コラムを心ときめかせお待ちします。 ありがとうございました。
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あそび心

2005-09-09 | 別所沼だより

 
 7日、根津駅をでると、台風の雨がパラパラ来はじめコンビニで傘を買う。 骨もしっかり、柄も大振りで持ちやすい。198円分の雨に打たれ、言問通りの坂をのぼる。

 独り占めの記念館。手紙好きは、もったいないような時を過ごした。 道造とふたりきりのようだった。 ヒアシンスハウスほどの狭い空間を、ゆっくり時間をかけて、鑑賞する。
 
    立原道造が綴った真情 美しい書簡に託して 立原道造記念館

 友人あて連名で、掛け合いのようにそれぞれ こんな色や こんな色の えんぴつで書いた手紙。 スケッチを添えたり、切り抜きをコラージュ風にまとめた葉書もあって、楽しく目を惹いた。どれも美しい。あたたかな心がつたわる。

  こういう手紙をもらったら、生涯たいせつにするだろう。 こころ踊り悦びにふくらむ、 額に入れて、いつまでも飾っておきたいような手紙の数々。
 婚約者水戸部アサイ宛の詩のような手紙もあった。 やわらかな、実にいい字だ。

 堀辰雄から道造あてには 「のちのおもひに」に寄せて、愛情こめて綴っている。 
  P.S 誰あれも気のつかないところでこっそりと熟した詩の何とまあ美しいことよ! 

  立原道造の、遊び心いっぱい、意匠をこらした手紙は、まさに、よろこびを贈るてがみ。真心が届く。 手紙好きがポストを覗くときの、あのときめきを伝えるものだった。 看板にいつわりの身辺を、もう一度思いめぐらす。 てがみは、愛するひとに、喜びをとどけるもの。
  もっと、手紙を… 

 
外に出ると、激しく降っていた。 手紙好きも詩人のようになり、大きな雨を受け取った。やがて街は夕映えに染まる。 きょうは、なんとうれしい日。 blogを始めて半年たった 2005.9.7記  
 写真:立原道造記念館パンフレットより

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夕焼け

2005-09-07 | 別所沼だより

 
                 空に真赤な雲のいろ。   
                    玻璃(ハリ)に真赤な酒の色。 
                   なんでこの身が悲しかろ。  
                   空に真赤な雲のいろ。
                       「空に真赤な」 邪宗門 北原白秋

                   -☆-

             綺麗な夕焼け  その海に4日目の月が浮かぶ 
             真っ赤な雲…   しめやかに暮れるなか  蟋蟀の声一段と
           なんでこの身が悲しかろ…
 
                昨日 嵐のなか、文化祭の打ち合わせ 
                 今日は午後から 立原道造記念館へ 
                        
 写真は 2005.9.7 18:41

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秋の陽

2005-09-04 | 別所沼だより

     

 立原道造は 1938(昭和13) 2月中旬ころ
 浦和の神保光太郎宅の近所にヒアシンスハウス(風信子荘)を建てるための設計をする。それは4坪半ほどの小さい家で百坪ばかりの敷地も決め、井戸も隣に住む画家(須田剋太?)と共用することにして、名刺も刷り 、深澤紅子に屋根の上に立てる旗のデザインまで依頼して… 

        -☆-
  1923 (大12) 関東大震災以降、浦和には美術家たちが多く移り住み、アトリエ村のようだといわれた。40名ほどの美術家が住んでいたと言われる。鎌倉文士に浦和画家。須田剋太は20年間にわたり司馬遼太郎「街道をゆく」の挿画で有名。 コラージュやグワッシュ、墨彩画など、エネルギッシュな絵は印象深い 。圧倒される。

        -☆-
初秋の陽をうけて佇むヒアシンスハウスを西側から撮影。 やがて曇ってきて、暗くなり始めた室内に灯りがともる。 椅子に掛けてノートをみると、なにも知らずにやって来た人や、知り合いから聞いて訪ねた人の感想が並んでいた。蛙も書いた。「道造の想いをかさね写真を撮っています。blogで紹介しています」と。
 揺れるカーテンとゆがみのない窓ガラスを透かして秋が少し覗いていた。

  音楽がよくきこえる  だれも聞いてゐないのに  ちひさなフーガが  花のあひだを 
   草の葉のあひだを    染めてながれる
 
       (薊の花のすきな子に 
薄明) 立原道造


    沼を2周してきた。
  木楢の実が、毛糸の帽子をかぶった子供のように見える。白っぽい葉裏も美しい                                             

 

 

   

 現在、沼の南側は水質浄化試験のため囲いがしてある 

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