それ政治(マツリ)ごと穏やかにして 四海の波も治まれり 永久(トワ)の栄えを寿(コトオ)ぎて 四方(ヨモ)に光の輝(カガヤ)かん こヽ氷川の杜の薪能 幽玄の花 命の舞 今宵一夜は刻をとめ 世界の平和祈りける めでたかりける 時代(トキ)とかや …
「奉行宣儀宣誓文」
薪能の初日、 朝から雨であった。
雨音を聴きながら、 よどんだ空を見上げれば、 気持ちもきっぱりとホールでの鑑賞に切り替わるはずだったが …
やはり 薪能に未練がのこる。 自然の光で観たいもの。
今春流 素謡 「翁」
能 「杜若」
大蔵流 狂言 「抜殻」
観世流 能 「通小町 雨夜之伝」
以下 -初心者蛙の覚え書き 杜若-
揚幕のあちらとこちらの世界、 シテが橋懸りを「すり足」 で進み来ることは… それまでの長い道のり、 旅をしてきたことを語る。 たどり着いたところが、 どんな場所で、 何故ここにやって来たかが謡われ、舞台に現出する。
観客もこころに思い描く。 能は、想像のせかいだ。
想像をかきたて、 他の演劇に比べれば少ない情報のなかで 物語りを愉しむ。 大がかりな装置もなし、 動きも少ない。 簡潔な舞台や台詞(謡)が、 かえって中味を濃く深くするようだ。
あるのは 太鼓、大鼓、小鼓、笛による囃子。 地謡が盛り上げてゆく。 シテは空間をさまよい、 漠然とした、 その辺りを観客に届ける。 はじめは朧気だが徐々にはっきりとしてくる何枚かの絵。 うしろに大きな松が一本。
不思議である。 すべてが微妙で、 奥深い、 風雅な情趣とは、 幽玄の美とは こうしたことだったのか… この幽かで仄か、 閑かなものを愛でてきた日本人。
かのポール・クローデルも能から多くのものを学んだと言っている。
『能』は、「劇では何かが起こり、能では誰かがやって来る」 ポール・クローデル
一般の演劇では 何かが… 事件や出来事が起こり、 能では 誰か シテがやって来て… やがて 本性を明かす。
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その鑑賞は、 背景を知ること。 ほかの物語りや和歌に、 古典芸能や歴史に求め、 眼も心も耳もすべての感覚で受け止める。 観る者しだいだ、 素養がなければ味わいも少なく、 きわめて薄い。 と、反省ばかり。
「能面のような人」 と俗に言われるが、 むしろ受け手のセンス、 じぶんの感覚の方が無表情なのであって、 能面は、 生き、 嘆き、 哀しみ、おおらかに、 豊かに揺らいで魅せる、 この女面も。
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唐衣(下左写真参照)に目を奪われた。 長絹チョウケン…紫地(減紫 ケシムラサキ)か 浅紫 アサムラサキ)に摺箔 (スリハク)。 織りの華やかさ。 仄かなあかりに光る金糸(下につけた朱色の縫箔ヌイハク)。 箔は鈍く浮かび、 寂寥感も増幅する。
まとめてみると、まず ①摺箔 ②縫箔をつけ ③唐織を着付け(上の写真 絢爛豪華な衣裳に女鬘。 面。 すなわち里の女、 登場)
④物着モノギ(舞台上の演出で 後シテ用の紫色の長絹を上からかけて内側の唐織(③)を抜き取り初冠ウイカンムリをつける。 美しい冠と装束をつけている(下左写真)。在原業平の冠であり、業平と秘めた恋のあった二条の后・高子タカイコの唐衣である。 装束をつけ変身してゆく。
写真に見える模様は「業平菱」。
観能者もその場所にいて、 杜若を眺め、 葉が顔を撫で、 風に吹かれる臨場感。
序ノ舞は長いもので47分かけたのもあったそうだが、今宵もかなり長く感じた。 シテ、囃子、地謡の、緊張に満ちた掛け合いになる。 演者の気持ち、観る人の気持ちが重なる。 この日だけの、 独特のせかいが出来あがる。
シテの心ひとつで決まる面と衣裳。 どのような人物を描くか、 当日選ばれた面(オモテ)や 衣裳、 舞いにかける時間も変化する。 面をつけた途端にその役柄になりきると言う。 男性が演じながら、 花の精になり、 業平や二条の后高子(ニジョウノキサキタカイコ)でもある。 そう見える。
謡は洋楽のように、 リズムや長さなど厳密に決まっていないらしいこと。拍子合い、 拍子合わず、 平乗り、中乗り、 大乗り。 扇の持ち方。 「松」を飾る意味、 神聖な場所。 静から動へ、 動から静へ 謐かにゆるやかに流れる動作、 演者の呼吸が決め手。 今日の「杜若」は、 二つと無い。
能楽のきまりごと。 シテのクセ舞い、 能では片仮名でクセと書く。 能の見せどころで舞われる。
狂言 抜殻ヌケガラで一息ついた。 面白くて哀しい。 皆笑った。 結末はさまざまあるそうだ。 身投げしたが、その拍子に面が脱げる。 前場と後場、二つの能のつなぎ役。
(下写真 「通小町 雨夜之伝」 深草少将と小野小町の亡霊)
ご案内にもあったが、 能は 脳を活性化するもののようだった。
刻 (トキ)よ 止まれ! 待て暫し 幽玄のせかいへ
パンフレットの写真 : 解説を参考に一部引用しました。
大急ぎでUP。 校正なし、 あとで直すと無責任なこと。 どこか間違いありませんか…