想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

午後遅いランチを

2011-03-29 11:29:34 | Weblog

昼もとうに過ぎてランチをやっている店はないのでピザ屋に行った日。
あの日以前の写真は、どこか長閑にみえてしまう。

戻らない、帰らない、というフレーズが禁句のような湿っぽい空気が
東京に蔓延しているので、森に留まるしかなかった日より辛いなあ。

灯りが減って暗いことなどあまりみんな気にしていないようだ。
前は明るすぎたねと言う。
停電も困りながらも諦め受け入れている。
商売あがったりだというのに。
生活はこれから苦しくなるだろうに。
受け入れながら、我慢しているのは同じだ。

東京は被災地からみれば楽に見えるけれど、この大都市に暮らす不安は
人々を確かに侵しているようだ。
いまはまだ表に出ていなくても神経を病む人がいないわけがない。
かろうじて踏みとどまるには、どうしたらいいのか。

被災地の人が自力で片付けをし、避難所で互いを助け合っている姿は
自らを鼓舞しなければ息が止まりそうだからだ。
明日を信じる余裕などどこにもなくなって、しかし、止まっていては
狂ってしまうからだ。
死んだほうがましだなどと思わずにすむには自ら以外を助けることで
助けられているから。

私を滅すなど、禅ごっこや理屈でやってる場合ではない状況が身近に
あることを、いや自分自身に起きていることをひと月満たない前の写真
が突きつけてくる。

調布味の素スタジアムで炊き出しが行われた。
都の仕切りではなく近隣有志の方々と福島出身の芸能界の人が行った。
「一日限りでないためにはやはり行政は壁をとっぱらってすぐに動いて
ほしいけど、ハイパーレスキュー隊は動かすのに無名の人の食事の世話は
焼いてくれない。再選などとんでもないわ、許さない」と憤って話して
くれた人がいた。選挙権はないが同感。

憤る気持ちもまた、自らを鼓舞するものに今はなってはいまいか‥。
命令や指事待ちでしか仕事をしない人など、この際あてにしないと腹を
くくったほうがいい。文句を言っても間に合わない。
気づくのが遅かったわけである。
先の人が言った「平和ボケじゃないわよ、戦争の時だってみんなボケて
たからああなったのよ」というのにも実は同感せざるをえない。

さらに戦後何十年もこの国はそうであったということが明らかになっただけで。
国を為しているのは人であることから免れ得ない。
大江健三郎氏が言われた「再び日本は核の被災国に」というコメントの
再び、という「繰り返す過ち」ということの重大さに鈍感すぎたのだった。

明るいボケた話を書きたかったのに、書けなかったです。

コメント (1)
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