震災ボランティア、昨年の8月、今年の4月に続いて3回目です。
お金もかかるし、半年に一度くらいが無理がないみたい。
記憶は風化します。
あの震災も、報道される回数もめっきり減り、最近では、原発をどうするかという話ばかり。
でも、2万人近い人命を奪い、街を破壊したのは、原発ではない、津波です。
それは、物理的な破壊にとどまらず、地域社会、コミュニティをも壊してしまいました。
忘れてはいけないと思 . . . 本文を読む
『東日本大震災で不通となっているJR気仙沼線の気仙沼-柳津間(55・3キロ)は7日、不通区間をバス専用道に転用するBRT(バス高速輸送システム)で年内に仮復旧する見通しとなった。同日東北運輸局で開催された、不通区間の復旧・復興を協議する「JR気仙沼線復興調整会議」で決まった。』
『不通区間のうち、まず気仙沼-本吉間(21・3キロ)を優先して今月からバス専用道として整備、不通区間の6割は専用道、4割 . . . 本文を読む
会社主催の表題の講演会があったので参加してきました。
講演者は東京学芸大学の小林正幸先生という方。PTSDの専門家です。
外傷的な出来事(traumatic event)を経験した人は不安定になったり、異常にハイになったりします。
これをASD(急性ストレス障害)というのですが、そう言われてみれば、私も、地震直後は、「これから日本はどうなるんだ」とか、「日本の復興にこの身をささげなくては」とか、 . . . 本文を読む
人口1万7千人の町で、死者・行方不明者が800人以上、でも、とっても不謹慎な言い方ですが、あの街の惨状をみてしまうと、よくそれで済んだなと、この町の人の防災意識の高さを思わずにはいられません。
それでも住民の約5%の方が亡くなっているわけで、ということはおそらくはほとんどの人が親戚や友人や、もしかしたら家族を亡くされているわけで、とてもじゃないけどこちらからあの震災の話など聞けません。
それでも、 . . . 本文を読む
重機で泥が撤去され、瓦礫が一か所に積み上げられた以外は、震災直後と何も変わっていない街。
最後まで住民に避難を呼び掛けて津波にさらわれた女性が美談になった、あの災害対策本部もむき出しの鉄骨だけが残ったまま。
JRの気仙沼線でしょうか。
復旧に向けての作業の気配もありません。このまま廃線になるのでしょうか。
車もすっかり錆びてしまっています。
建物は残っていても、波に洗われて内装は何も残 . . . 本文を読む
震災ボランティアって、被災地は当然レストランなんてないので、お昼ご飯はコンビニなどで調達して持っていくのが基本なのですが、南三陸町は、さんさん商店街なるプレハブ商店街が数ヶ月前にオープンしたとのこと。
コンビニのおにぎりのお昼も味気ないし、何よりもそこで食事をすることが被災地の支援につながるということで、二日目の昼食は皆でその商店街で食べようということになりました。
プレハブながらいろんな店が . . . 本文を読む
2日目も南三陸町、町の中心地から車で5分ほど離れた浜で、午前中はワカメの芽株を取る作業。
茎から芽株を切り離すだけの、まあ、単純作業です。
ワカメって、取れた時は茶色なんですけど、お湯に通すとこんな風にさっと緑色になる。
このままかじらせていただきましたが、うまいっ。
出来上がった芽株はここの洗浄作業場に運び込みます。
午後はワカメの箱詰め出荷作業。
早めにノルマ終了したので、漁師さん . . . 本文を読む
南三陸町で漁業支援をしました。
当初の予定はワカメ系の仕事だったのですが、「体力に自信のある若い方2名だけ別作業をお願いできますか。」と言われたので、全然若くないのに厚かましくも「やりますっ」って手をあげました。
作業内容は牡蠣養殖用のイカダ組み。
漁師さん2名の助手になって、長さが9m程の丸太を10本×15本使って、バレーコート半面程の正方形のイカダを作る。
丸太の直径は10cm程なのですが、 . . . 本文を読む
2泊3日のスケジュールで、震災ボランティアのために仙台に来ています。
作業内容は漁業支援、明日は早朝にバスで南三陸町に入る予定です。
東京に比べると、仙台の夜はまだまだ冷えますね。
2日のみですが、精一杯肉体労働者になって頑張ります。
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4月13日から2泊3日で震災ボランティアに行く事にしました。
原発事故絡みの事で、私が心している事が2つあります。
一つは、放射能の基準値については、とりあえず政府の発表を信じて行動するということ。
放射能については、国の基準値は甘いという意見から、いや、厳し過ぎる日本の基準値が復興を大きく阻害しているという意見まで様々です。
どれが本当なのか分からない、どうせ分からないなら政府のいうことを信じ . . . 本文を読む