Reiko's Travel 記事と現在の英国事情

在英51年、2020年7月未亡人になって以来、現在英国事情と過去の旅行の思い出を記載。

ベルリン ドイツ

2022-07-06 19:55:14 | スカンディナビア キャンプ旅行 2007年

ドイツに着いた日に行き先のプランを立てたのですが、リューネブルクを出る朝、急にベルリンへ行きたくなり、予定を変更して一路ベルリンへ向かいました。

途中の田舎道でオクトーバーフェストへ向かう車を見かけました。一度そんなお祭りを経験してみたいものです。

ドイツは週末から月曜日が観光客には不便な日々で、土曜日の午後から日曜日一日ほとんどのお店が閉まり,ショッピングの楽しみな人にはつまらないところです。そして月曜日はすべての博物館、美術館が閉まります。

日曜日の午後早くにベルリンのキャンプサイトに着きました。キャンプサイトの周囲を散歩して、交通機関を確かめ、翌日の観光に備えました。

 

サイトの近くの地下鉄で町の中心地へ行きましたが、この月曜日は初めから美術館めぐりはあきらめていて、ティアガルテンの広大な公園を歩き、ビスマルクの銅像に敬意を表し勝利の女神像も写真を写して、着いたところはカイザーウ"ィルヘルム記念教会です.  この素晴らしく彩色された教会は戦災で破壊され、モニュメントとしてその姿をさらしています。天井画に修復の後が見えますか?

この教会の直ぐ横に美しいステンドグラスの新教会が建っています。

教会を出た後, この近くに屋上展望台があることを知って行きました。20階の屋上展望台からはベルリン市街が360度にわたって見渡せます。

戦災でほとんどの建物が倒壊し、戦後復活した新しい町ながら、高層ビルが少ないのには驚きました。

東西ベルリンが分かれていた頃の苦難を展示したチェックポイント・チャーリー博物館が開いているので行ってみました。写真はベルリンの壁が打ち破られた記念すべき日を写した写真です。いまではベルリンのシンボル・ブランデンブルグ門の前に厚い壁が建っていますね。

火曜日の朝、雨降りの中をまず目指したのがペルガモン博物館です。博物館の前には傘を差した長蛇の列があり、いかに月曜日の休館が観光客の迷惑になっているかが知れようと言うものです。

 

もう10年近く前、トルコのペルガモンへ行ったのですが、ほとんど何もありませんでした。主要な建物は全部この博物館に持ち去られたのです。

入ったすぐの広場のゼウスの神殿は観光客でごった返していました。

 

でも何よりも素晴らしかったのがバビロンの遺跡(現在のイラク)から持ってきたであろう色彩豊かな上薬をかけて焼いたタイルからなる門と壁でしょう。

ローマやエジプトの文化とは全く違う古代の文化・芸術を味わってきました。

このペルガモン博物館の在る場所が、ベルリン最古の美術・博物館群から成る博物館の島です。

旧国立美術館は改装されたきれいな建物に、19世紀のドイツ絵画を中心に、フランスの印象派やヨーロッパの絵画を収集しています。

 

レノアール(1841−1919)のChestnut in Blossom 栗の花はマロニエのピンクの花がきれいで、私の好きな絵です。そしてスエーデン・ムーラで訪れたアンダース・ソーンの美術館では、撮れなかった写真がこの美術館では写せ、レノアールに似た画風のソーンの絵(Maja)をお見せしましょう。

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ライプツィヒ  ドイツ

2022-07-05 02:33:38 | スカンディナビア キャンプ旅行 2007年

 

ライプツィヒは東ドイツ第二の文化都市で、ゲーテやメンデルスゾーン、バッハとドイツを代表する人たちが目白押しの町です。12世紀以来の長い伝統を持つこの町は、一日歩けばほとんどを見て廻れる位のこじんまりしたきれいな町です。

第二次世界大戦で打撃を受けた旧市庁舎は1990年に再建され、その建物の後ろに立っているゲーテの像は、ゲーテがファウストの中で描いた居酒屋がここライプツィヒに残存するため、文豪ゲーテを記念したものです。

素晴らしくモダンな造形美術館を訪れました。この近代的なガラス張りの建物は4階建てですが、普通のビルならば充分8階のフロアーが取れるほど天井が高く、階上へと乗ったエレベーターの大きさに驚きました。サイズも巨大ならば天井も高く、まるで天井ぶち抜きの二階建ての家が上下しているみたいでした。

 

 

写真はヨーロッパ最古の管弦楽団ゲバントハウスの本拠地で、メンデルスゾーンもここで指揮をしていたそうです。正面を飾るのはメンデの噴水と呼ばれ左右対称の素晴らしい彫刻で飾られています。

造形美術館で見たベートーベンの像はライプツィヒの作家マックス・クリンゲル(Max Klinger)(1857−1920)の作品で色の違う石を使って彫刻されていてただ感心するばかりでした。でも裸のベートーベンとは誰が想像しましょうか。

ベートーベンの像を作った同じ作家によるフランツ・リストの像 1900年作

Wilehelm Leibl(1844-1900)ケルン生まれの画家による 薬剤師の妻ミセスレイダー とっても魅力的な絵だと思う。

 

フランス人画家Theodre Rousseau(1853-1867)の 村のオーブン

 

 

私たちが訪れていたこの9月後半はオクトーバフェストの一貫か、文化祭のようで、高層アパートや高層ビルがカラフルな絵で覆われていました。

 

この町の最も有名なトーマス教会は、1723年から1750年までバッハが教会の合唱隊を指揮していたことで、1843年メンデルスゾーンが寄付したバッハの像が教会の横に立っています。又ステンドグラスにもバッハの肖像画が描かれ、主祭壇前にはバッハの墓が見られます。駅前の広場にはこの町の子供たちが描いたらしいバッハの肖像画がたくさん飾ってありました。

 

この町を去る朝、町外れのガソリンスタンドでディーゼルを入れていると、運転席の窓からイギリス人のおじさんが"君たち国へ帰る途中かい”と話しかけてきました。そして "やー君たち、去年ベルリンで会ったよね" えー!!!と驚き、よく話してみれば、昨年ベルリン・ポツダムのキャンプサイトで出会った夫妻で、奥さんは脳溢血の後遺症を持ち不自由な体でキャンピングカーの旅をしているのです。

思いがけない出会いで、ひと時おしゃべりし、又来年どこかでお会いしましょうと名前も聞かずに別れました。

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バート・ゾーデン・アレンドルフ と ゲッティンゲン

2022-07-04 08:04:21 | スカンディナビア キャンプ旅行 2007年

昨年東欧からドイツを旅行したときに、旅行案内書の必要性を感じ、帰ってから買い込んだのが植田健邇著のドイツトラベル事典でした。

此れは個人旅行ガイドブックで、ほとんど日本で知られていない小さな町なども説明されていて、本当に役に立ちました。

 

この事典に載っていたバート・ゾーデン・アレンドルフは、木骨組みの町並みが他の知られた町より美しく、ドイツの隠れた名所の感ありとのこと、是非行って見なくてはとキャンパーを向けました。

ラッキーだったのはこの町のキャンプサイトは、ドイツ特有のキャンピングプラッツと呼ばれる、キャンピングカーのみが駐車出来るものです。

キャンプ場管理人が居なくて、水も電気もお金を入れれば使用でき、一晩の駐車に安い料金を機械から購入すればよいのです。

 

町は写真でわかりますように、町並みのほとんどが木骨組みの建築物で、事典の著者が実際に行って感じたことを書いたのだと良く判りました。

 

家々の玄関にはオクトーバーフェストの飾りが下げられ、ほとんど人気もない通りを写真を取り捲りながら散歩しました。

開いていた教会の中でカラフルなステンドグラスを写したのですが、絵自体がなんだか漫画のように思えて、これらは新しいのかもしれません。

ところでドイツ語の町の名前にバート(Bad)の付くのが多いのですが、これは温泉を意味し温泉や鉱泉がありほとんどが療養所や温泉プールになっています。たとえばBad Herrenalp や Bad Wildbad など黒い森の北部の代表的療養地です。

翌日、バート・ゾーデン・アレンドルフから車で一時間ほどの町ゲッティンゲンを訪れました。

 

ここは中世の町で、周囲を高い散歩道の在る塀がとりまいています。教会がいくつかあり、入ってみた教会が今まで見たこともないような派手な内装でで驚きました。

 

マルクト広場は若者が多く、この町が大学都市として発展しているのが良く判りました。

ここのキャンピング・サイトもバート・ゾーデン・アレンドルフのようにキャンピングプラッツで、きれいに整備されたサイトは安くドイツならこそと有り難く思っています。

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ケルン ドイツ

2022-07-03 06:19:35 | スカンディナビア キャンプ旅行 2007年

 

ケルンは今から約2000年前ローマ人によって建設された町で、ラテン語のコローニア(植民地)からドイツ語でケルン、英語ではコロンと呼ばれています。オーデ・コロンもコロンの水と呼ばれる由来はこの町からです。それでケルンが世界に誇るオーデコロンの発祥の地として”4711”が有名です。

ケルンには今から35年前、私が初めてヨーロッパに来たとき訪れた町で、有名なケルンの大聖堂と今もラベルが変っていないオーデコロン4711しか思い出がありません。

 

キャンプサイトがライン河の畔にあり、電車で市内に行くために渡った高いつり橋から遠景にケルン大聖堂が見えます。電車に乗ったものの切符の買い方が判らず、親切なドイツ婦人が乗客に呼びかけて、ユーロをコインに替えて機械から買ってくれました。今回の旅でも思ったのですが、いろいろな国を旅行して廻るとその国の国民性が良く判ります。そして英語が一番うまい国民はオランダ人、一番親切な国民はドイツ人だと思います。

 

 

ケルン大聖堂は1248年に着工して1880年に完成、600年を費やした世界屈指のゴシック様式の建物です。高さ157m奥行き144mの巨大建築物で大聖堂の正面広場から写真を写しても全体が写りません。ステンドグラスも歴史を反映して、古い宗教画から写真のようなモダンな絵まで変化に富んでいます。

聖堂の前の広場では銅像に扮した二人組みが観光客の人気をさらっていました。

 

ドイツはパンが大変おいしく、ケルンの町にはいたるところにパン屋がありその種類も約200種も在るといわれています。

1350年に建てられた旧市庁舎の近くにジョン・F・ケネディが1963年に訪れたとの看板が有りました。

 

ケルンオペラハウス。今までで一番らしくらしくない建物。

 

この教会の上の小さな飾り部分を望遠で覗いてみたのが下の写真。

いったいどんな意味があってこんな像が飾られてあるのだろうか?

 

 

 

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アーヘン ドイツ

2022-07-02 00:30:17 | スカンディナビア キャンプ旅行 2007年

アーヘンはベルギー、オランダ、ドイツが国境を接する位置にあり、この町を出て高速道路を20分ほど西に走るとオランダに入り、又30分ほど行くとベルギーに入るという地域です。

 

この町のキャンプ場も立派なキャンピングプラッツで、歩いて30分ほどで塀で囲まれた旧市街に着きます。町の中心は観光案内所が完備していて、近くに大聖堂が有ります。聖堂内のステンドグラスも素晴らしいのですが、内装が今まで見た北欧からの様式と少しずつ変ってイスラム系の色彩やモティーフが用いられています。

 

帰国準備の為インターネットカフェを探し、インターネットで五日後のフランス・英国間のフェリーを予約しました。

 

もう9月の終わり近く、木々は色とりどりに染まり、目に付くのが多くの庭に真っ赤に熟れたりんごです。街路樹にへーゼルナッツが多く、歩道はナッツが落ちて ”もったいないー”と思いながら踏んで歩いていました。

 

この町には博物館が多いのですが、散らばっているため全部見るのは無理と、絵画・彫刻のズュアモント博物館へ行きました。この博物館はもともとお金持ちの大邸宅だったらしく、古いながら立派な3階建ての石造りの建物でした。素晴らしいステンドグラスのコレクションが有り許可をもらって写真を写しましたが、

赤ん坊のキリストにユダヤ教の儀式・割礼を行っている珍しい絵が有りました。これを見たら ひゃー怖い と思ったのは私だけではないでしょう?

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アントワープ ベルギー (最終回)

2022-07-01 21:56:31 | スカンディナビア キャンプ旅行 2007年

 

 

ベルギーのほとんどの都市は以前に訪れたことがありますが、アントワープは今回が初めてです。キャンプサイトが旧市街から川を挟んだ反対の川岸にありました。旧市街の歴史観光名所まではバスと地下鉄を乗り継いで出かけました。

地下鉄の駅を出たところは、聖母大聖堂の直ぐ近くの広場で、真ん中にベルギーが生んだ最高の画家ルーベンス(1577−1640)の像が建っています。ルーベンスはアントワープ出身の法律家を父に持ち、ドイツで生まれましたが、父親の死後アントワープに戻り、画家見習いから世界的名声を受けるまでになりました。

 

 

彼の作品キリストの昇架とキリストの降架はこの聖母大聖堂に展示されています。

 

 

ベルギーの有名な物語 ”フランダースの犬" の最後に寒さと飢えで疲れたネロ少年が、このキリスト降架の絵の前で安らかに死んでゆく・・・とあります。この物語は日本人ならほとんど知っていて、日本人旅行者はこの絵を見に来て、必ず何処にネロ少年が住んでいたのかと聞くそうで、ベルギー観光局も遅ればせながら物語を読んで、町の一角にネロ少年と愛犬パトラッシュの銅像を建て、日本人旅行者を満足させているとか。

ルーベンスはアントワープの町中に非常に立派な邸宅とアトリエを建て、多くの弟子たちと数え切れないほど多い宗教画や神話を基にした絵を描きました。邸宅・アトリエは私たちが4時過ぎに行ったときはもう閉まっていて、立派な裏庭だけは見学許可が出ました。

アントワープの町並みは素晴らしく、この町が観光に力を入れているのが良く判ります。石畳の旧市街をこの馬車が観光客を乗せてめぐっていました。

写真は13世紀の城砦で、現在は船舶博物館になっています。

 

ツーリストスクエアーに在る16世紀の建築物、市庁舎で40以上の玄関ドアが在るそうです。

 

キャンプサイトの隣には、この夜7時からロックコンサートが行われるとのことで、キャンパーをシャワー・トイレの建物の後ろに移したのですが、キャンパーがびりびり震えるほどの大音響で、夜中の1時まで若者たちが叫んでいて、ほとほと疲れました。

 

翌日はフランスのブロインの港町に近いベルギーのキャンプ場で一泊して、3ヶ月半ぶりに英国の地を踏んだのでした。

ポール (76歳)は事故もなく7千マイル(11200Km)を一人で運転して来たのです。

久しぶりのロンドン市内に行ってみて、北欧やドイツの首都よりも、ロンドンが一番素晴らしいと心から思いました。

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左側のカテゴリーの中に北欧キャンプ旅行2013年とあるのは最近編集して、今回の旅行記と併せ持ってご覧いただきたいと思います。大好きなノルウエーで魚釣りや前回見逃したトロルスティーガンなど楽しいことがありました。

 

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ストックホルム ヴァーサ号博物館

2022-05-23 00:47:59 | スカンディナビア キャンプ旅行 2007年

王宮のあるガムラ・スタンから見えるユールゴーデン島も橋でメインランドと結ばれていますが、オペラハウスを横目に見てベルツェリー公園のフェリー乗り場から出ているフェリーで数分、ユールゴーデン島に着きます。ここには世界最古の野外博物館スカンセンのほか多くの美術館、博物館があります。

着いて直行したのがウ"ァーサ号博物館です。(地図の左 VasaMuseet)

この戦艦は1628年ドイツの30年戦争に参加するため、王宮付近から処女航海に出てストックホルム港内で突風のため沈没したもので、現存する最古の完全船として展示されています。

全長62メートル乗組員437人で当時としては非常に大きな帆船ですが、戦艦にしては船尾に華麗な彫刻が施され素晴らしい芸術作品を見ているようです。船を長く保存するため、弱い光を使用し、水分を充分に保っています。

上の写真はこの帆船の断面図です。

こんなに多くの華麗な彫刻で飾り立てられた戦闘船は余り無かったことでしょう。そしてこの船が王宮の王族や貴族、市民や船員の家族などから熱狂的な応援と激励を受けて、港を出る前に沈んでしまった・・・と想像するとおかしいやら気の毒やら。

先週のBBC4 のスカンディナビア美術の番組のはじめを飾ったのがこの船でした。これはまさしくスエーデンの美術の見本であり、ストックホルムで一番心に残った素晴らしい遺産です。

 

 

 

 

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