Reiko's Travel 記事と現在の英国事情

在英51年、2020年7月未亡人になって以来、現在英国事情と過去の旅行の思い出を記載。

渡り鳥の旅 ジブロルタルへ

2012-11-23 20:38:17 | キャンプ旅行ヨーロッパ各地 2012-2013

  


ロンダのキャンプサイトは一面のオリーヴの木の間にキャンパーを停めるように成っている。一月はオリーヴの収穫期で今ではほとんど採りいれられるほどつややかでふくよかな実が鈴なりになっている。それにしてもこのサイトのオリーヴの木の年季の入っていることには驚かされる。ほとんどの木が曲がりくねり太い瘤のような根元で何十年も毎年実をつけてきているのだろう。

このオリーヴが主産業のアンダルシア地方では想像も着かないほどのオリーヴの収穫があるのだろう。寒い英国ではオリーヴの木は育っても実の収穫は望めない。それでも庭に一本植えてみたいと思っている。

  

  

さてロンダをでると次に目指すはジブロルタルで道路もカーナビに頼らずに行ける100km。ここも道路が良くて深い山並みを曲がりくねって南に下りてゆく。遠くに見える山や深い谷間にもあちこちに白い村の塊が見える。

  

  

これらの村を見ながら旅するうちに谷間の真珠という言葉が浮かんだ。本当にこの深い山間や谷間にどれだけの小さな村があるのだろう。そして人々はどんな生活をしているのだろうか?



ジブロルタルに後2-30kmくらいになると辺りは平野になりオレンジの畑が広がりだした。そして見かけるようになったのが電信柱に巣作りしているコウノトリの夫婦。
彼らも集団生活をするらしく周囲の電信柱に全部コウノトリの巣が載っていた。

  

もう何度もジブロルタルにやってきているから珍しくも無いが、港の向こうにモロッコの岩が見える。ギリシャ神話では力持ちのハーキュリーがジブラルタルの岩とモロッコの岩を二つに割って古代ギリシャ世界の門にしたとの物語。アフリカがこんなに近くに見える

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渡り鳥の旅 ロンダ(Ronda)

2012-11-23 14:34:14 | キャンプ旅行ヨーロッパ各地 2012-2013




オルヴェラからロンダまでは山間の道を走って一時間で着く。ここは2年前にも来て3泊したところだけれどもどうしても見たい(写真を撮りたい)ところが有ったのに行けなかった。
今回は高い石橋を谷間から撮る為に同じキャンプサイトに一泊することにした。ロンダの周辺には3箇所のキャンプサイトがあるが、このサイトが町から一番近く歩いて2Kmほどで旧市街に着く、そして一番値段の高いサイトでもあるわけだ。一泊23.5ユーロもする。

  


午後1時頃にキャンプサイトに落ち着くと2時には町へ向かって歩いていた。谷間に下りてゆくから亭主には観光案内所の前で会う約束をして城門の手前で石畳の細道を左に折れた。
この石畳がことのほか歩きにくい。こんな時には底の厚いスポーツシューズが一番いいが、今回の旅では持ってこなかった。
曲がりくねってどんどん急坂を下りてゆくと、スペイン人のおじさんがこの坂道を駆け上るトレーニングをしている。見下ろす私から見るとまるでよたよた歩いているようで、どんな年寄りかと思ったら、まだ30代の若い人だった。

  

  


誰も居ない道をどんどん下ってやっとオリーヴ畑の間にロンダの一番有名な石橋が見えて来た。この写真は当地の絵葉書と変わらないであろう。この辺りから谷間を覗ける崖縁まで歩いて写真をとりまくった。その崖の上10メーターのところに低い石塀が見えるがその上がどうなっているかわからないからまた同じ道をたどって、あのランナーのように息も絶え絶え城門にたどり着いた。

  

石橋の上から見るこの谷間も素晴らしい。このニューブリッジは18世紀に造られた。写真を撮りながら観光案内所まで行くも亭主の姿が見えず、近くの見晴台へ行った。

  

ここで素晴らしいカップルがハープとギターで演奏、女性が歌っていた。彼女の澄んできれいな歌声に魅了されとうとうCDを一枚買ってしまった。そのCDには良く知っている曲がたくさん入っていて、中のアニーズ・ソングをリクエストしたら彼女の歌声に合わせ、彼のほうはパン・パイプで伴奏やっぱり知っている曲はなじみがいい。二組の男女が寄ってきて一緒に聞いて皆で盛大な拍手をした。

ここロンダは有名な観光地であり日本人団体客も多い。皆ぞろぞろ列を作ってゆくが、この素晴らしい演奏にカメラを向けても立ち止まって歌を聴こうとする人など一人もいない。

  

観光案内所の近くにハルタ・ミキさんという日本人画家の記念碑が立っていた。
このハルタさんは1925年から1995年の人でよほどこの地に縁があったか、この地で亡くなったか、でもこの観光一等地に記念碑があるということはきっと有名な人に違いない。

  

さて亭主と出会って旧ブリッジへ行こうと通りを行くとここも急坂、そこで太鼓や笛の鼓笛隊と幼稚園児が仮装した一団に出くわした。皆キリストを慕う牧夫や尼の姿で、子供たちがかわいい。
急坂で数珠つながりの自家用車が立ち往生をしていて、事故が起きなければ良いがと心配した。

  

旧ブリッジは11世紀に建設されアラブ・ブリッジと呼ばれる。この橋の近くにアラブの風呂跡があり外から写真を写してゆっくりキャンプサイトへ帰ってきた。

  

サイトの玄関の石の絵が面白いからストーリーがあるのかを聞いたら、この地域には昔ロビンフッドのような義賊が多くていろいろなストーリーがあるという。それで自分の父母と祖母をモデルにして絵にしてもらったとサイトのオーナーが話してくれた。

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渡り鳥の旅 オルヴェラ(Olvera)

2012-11-23 09:59:31 | キャンプ旅行ヨーロッパ各地 2012-2013

  

山頂で迎えた朝はまたとない晴天、オルヴェラの町に朝日がさして来る。一日中撮ってもあの町は違った顔を見せてくれる。

キャンプサイトで聞いた道を間違って町の西側道路から入ってすぐ、この町の全景を真正面から見ることが出来た。とおりは静かで駐車もしやすく、亭主は近くの自動車修理工場へ用事に行くからと町の麓で別れた。

一人通りを教会、城砦へ向かってゆく。通りは急坂で年寄りにはつらい道だろう。メインショッピングの通りを外れて坂道を登っていたら、観光案内の看板が立っていた。
英語でもしっかり書かれていたからやっとこの町の歴史がわかった。というのはこのような小さな町や村がこのアンダルシア地方の山中にはゴマンとあり、この町はロンリープラネットにも載っていない。

  





オルヴェラはカディス山脈の北東に位置し、ヨーロッパでも一を誇るグリフィン禿げ鷹の生息地だという。グリフィン禿げ鷹がアフリカの禿げ鷹とどう違うかわ判らないけれど、ヨーロッパに禿げ鷹が居るというだけでも驚き。今年3月ポルトガルからスペインを通って英国への帰国途中に、パンプローナの北の山中で禿げ鷹の群れを見かけた。我が目が信じられなかったけれどこうして書かれてあると納得がいく。


  


オルヴェラ(Olvera)はアラブ人がこの地に城砦を築いた12世紀、オリーヴ(Olive)の木にちなんでオリヴェラ(Olivera)と呼ばれていたのが自然に i が落ちてオルヴェラと呼ばれるようになった。


  


山頂に立つパリシュ教会は2ユーロを払って入ってみたけれど、スペインのどこの教会とも変わることなく、ステインドグラスもささやかなものだった。

城砦は12世紀末アラブ人によって建設された。ここはグラナダ王国の城砦として建設されたもので、併設された博物館にはこのような城砦がこの地域に5箇所あるとの地図が展示されていた。城砦の内部には家具は一切なく上下2室の石のだだっ広い部屋とグラウンドに作られた貯水池くらいだがこの城砦から見られる周囲の景色が素晴らしい。4方の山々の麓を走る自動車道からきれいに耕され規則正しく植えられたオリーヴの林、白壁にテラコッタの色の屋根を持つ町の通りなど見下ろして飽くことをしらない。


  


  

小さな博物館を出てみると、教会広場で亭主が待っていた。急坂に息も絶え絶えだったという。下り坂も狭い石畳の道を通る車をよけながら降りてくると大きな団体客ではここには来られないだろうと思った。

中腹にそそり立つ岩の上にキリスト像が立っていた。


  

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