コンヤと言う町はトルコの回教徒にとっては総本山で大変戒律厳しいところ。私にとっては余りいい思い出がない。
カッパドキアからバスで数時間降りて歩き回ったけど、女性のショートパンツは受け入れてくれない。5月末の暑い時期、2時間ほどでシデへ行く長距離バスに乗った。
コンヤからシデへの道は険しい山道を通って南下するか、いったん国道をアンタリアへ向けそこから地中海沿岸道路をシデにむかうか?
私達何も知らずに直接南下する方のバスに乗った。
途中の山道ですれ違う車の量も多いが、バスの進行方向右側は切り立った崖で、がけ下100メーター以上もある下方には落ちて錆びた車が数台見える。
これだけで震え上がったのに、前方からトラックやバスなどの大型車がすれ違うと、道幅がない。バスの車掌はバスの前にしゃがんで、タイヤが崖へ落ちないよう手指で誘導している。せめて乗客を降ろしてやってくれたらいいのに。その間まるで生きた心地もしなかった。
後で聞いたところによると、やっぱりバスが落ちて大事故になり、以来この道路はバスが通行禁止になったという。
シデは海辺のホリデー観光地で、この街の周辺にたくさんのローマの遺跡があった。
広大な廃墟の中暑いのに歩き回った。何しろローマの遺跡に巡り合ったのは1989年クシャダシのホリデーで行ったエフェシスが初めだった。
それまでこんな遺跡があることも知らなかったし、学校で習った世界史など、ローマがヨーロッパを征服して滅んだことくらいしか習った覚えがない。こうしてトルコの無名の遺跡を巡り歩いて、ローマ人の偉大さに触れた思い。
広大なアンプシアターなどいったい何千人の奴隷が汗水流して作り上げたものだろう。
シデの考古博物館も一日ゆっくり見て回った。こんな子供たちが遊ぶ石棺はローマ人の偉い人の子息の死であったに違いない。
年中咲いているワイルド朝顔が真っ盛り。この花もこの時初めて見た。
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