大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

REオフステージ(惣堀高校演劇部)141・先輩のレクチャー

2024-09-04 07:22:05 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
141・先輩のレクチャー 小山内啓介 





 惣堀高校のグラウンドは地平線が見えると噂されるくらいに広いんです。

 その広いグラウンドの真ん中に無事にヘリコプターは不時着したんです。グラウンドが広いので、そんなには大きく見えません。北浜高校が合同練習を申し込むだけのことはあります。

 せやけど、ヘリコプターが巻き起こす風はハンパやないんですねえ。

 女子のスカートが翻るのは、まだ御愛嬌。グラウンドの砂がトラック一杯分くらいは吹き飛ばされてしもて、白線で引いたダイヤモンドがベースごと吹き飛ばされました。
 なんとかホームベースは残ったけど、試合再開には時間がかかりそう……と思ったら、警察やら消防やらが来て現場検証があるとかで、九回の裏にして試合は中止になってしまいました。

 試合の相手は京橋高校やったんです。府立高校で一番グラウンドの狭い北浜高校が、校舎の建て替えにともなってよその学校のグラウンド使うための名目で合同練習を申し込んできて、素直に受けたら、北浜のボール拾いにしかなりません。

 そこで、マネージャーの川島さんたちが奮闘して、府立高校の二番目にグラウンドの広い京橋高校との試合をすることになりました。負けた方が北浜にグラウンドを使わせる、つまり北浜の球拾いをやることですねえ。

 昔取った杵柄で、川島さんの策略で9回の裏、ピンチヒッターに立ったところでヘリコプターの不時着というわけです。

 緊急の校内放送でグラウンドに居てるもんは校舎に引き上げならあきません。

 さっさと逃げなら!

 そう思ったら、車いすのトラブルで取り残されてる千歳……沢村さんが目に入ったんです! ミリーと須磨先輩が付いてるんですけど、車いすを動かすどころか沢村さんを連れていくこともでけへん状態でした。

 えらいこっちゃ!

 バットを放り出して三人のとこに全力疾走しました。

「俺がやる!」

 そう叫んで、沢村さんを抱え上げて避難しました……。


「というわけですよ」


「ふーーーん……」

 グビグビグビ

 須磨先輩はつまらなさそうに缶コーヒーを飲み干した。

「こんな感じでええでしょ」

「まあね……」

 今度のヘリコプター不時着事件で、PTA新聞から取材を受けることになっているんや。
 PTA新聞担当のオバサンは元新聞社勤務だったとかで、取材能力に長けているだけではなく、引退後も系列の週刊誌なんかにも寄稿していて、まあ、その道のプロなんだとか。

 だから、あらかじめ整理しておかんとどこで突っ込まれたり、角度の付いた記事を書かれるかわからへんというのが先輩の心配で、先輩相手に予行演習というわけなんや。

「北浜の球拾いってところは、公には言わない方がいい。京橋と戦って負けた方が自分のグラウンドで北浜と合同練習。そう書いておくだけで分かる人には分かるからね」

「あ、そうですね」

 やっぱり高校八年生、言うてもらわなら、そのまま喋るとこやった(^_^;)。

「千歳をダッコして、校舎に着くまでのとこ、もうちょっと聞かせてくれる」

「そんなん、ほんの一分ほどやから……無我夢中で、気ぃついたら本館の玄関やったし」

「……でもね、みんな直ぐ近くの南館に逃げたんだよ。本館まで逃げたのは啓介たちだけだったんだよ」

「それは……ほ、本館の方がより遠いし、ほら、保健室とかも近いでしょ(;^_^……というか、夢中やったんで憶えてないんですよ(>○<)」

「じゃあ……わたしの想像でトレースしてみるわね」


 そう言うと、先輩は腕と足をを組んで俺と同じ姿勢をとった。


「無我夢中で、そのあと校舎の中に行くまでは記憶がない……というのは嘘。千歳を抱え上げると思いのほかの軽さに衝撃を受けた。この年頃の女の子は見かけよりも重たい。妹とケンカするとプロレス技をかけられることがある。本気になってはいけないので、たいていやんわりと投げ飛ばして終わりにするんだけど、妹はもっと重い」

「はあ」

「やっぱり車いすの生活が長いから腰から下が萎えていて、その分軽くなってるんだろう……右の腕(かいな)に感じた千歳の足腰は華奢過ぎて、人形を抱いたみたいに頼りなくて、それでも、血が通っていて暖かくて、それに、なんだかいい匂いがして、ドキドキした」

「あ、ちょ……」

「クンカクンカ……なんてしちゃいけないから、顔は横向けて息は必要最小限に、でも、人を抱えて走るんだから、やっぱり激しく呼吸はしてしまうわけで……千歳も自由の利く手を回してしがみ付いてくるし、もう息のかかる近さに千歳の顔が迫って、なんか、ちょ、ヤバくってえ(''◇'')ゞ」

「ちょ、先輩(>д<)!」

「なにぃ、もうちょっと描写したいんだけど、千歳のオッパイがムギュって胸に当って狼狽えたとことか」

「う、狼狽えてませんから(>▢<)!」

「狼狽えてたよ、だからトチ狂って本館まで走ったんだし。そんなに否定したら、かえって勘ぐられるわよ」

「いや、だーかーらー(>〇<)」

「啓介、あんた童貞だろ(⩌ ̫ ⩌ )」

「なっ(''◇'')」

「こういうとこ突っ込まれるとオタオタするだけだから。ね、取材で触れられたら、面白おかしく誘導されて、実際以上に熱っぽく書かれてしまうって。思うでしょ?」

「そ、それは……」

「するとね、啓介も千歳も、実際以上に自分の気持ちを誤解してしまうって」

「誤解?」

「あの子を……千歳を好きになるのは、もっと覚悟がいる。あの子の人生丸抱えしてやる勇気がね……」

「そんなことは……」

「アハハ、だーかーらー『夢中やったんで憶えてないんですよ』なんて言わないで、ありのまま喋った方がいいよ。その方が、余裕があって、シリアスな突っ込まれ方しないから。ね」

「は、はあ」

「じゃ……あ、飲んじゃったんだ。ごめん、コーヒー買ってきてくれる? お代はレクチャー代ってことで(o^―^o)」

「はいはい」

 俺は、食堂前の自販機まで走っていくのだった……。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)140・九回の裏!

2024-09-03 07:26:54 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
140・九回の裏! 小山内啓介 




 日曜日のグラウンド。

 迷走台風が有りったけの雨を降らせたあとは、どこにしまい込んでたんやと思うくらいの真っ青な青空が広がって、上空にはなにかの取材のためにヘリコプターがのんびりと飛んでいる。その秋空の下、空堀と京橋二校の練習試合が行われている。


 そして……八回の裏になろうと言うのに双方一点も得点が無い。


 甲子園やったら――実力伯仲! 双方攻守ともに優れたプレーが続く! 互いに得点を許しません!――てな感じで朝日放送の実況が入って、選手も応援団も熱が入るんやろうけど、この試合はあかん。

 書くことも憚られる凡ミスばっかりで、互いにランナーを出して得点につなげることがでけへん。

 力んでないと言えば多少マシなんかもしれへんけど、とにかく覇気が無い。

「よぉし」とか「おお」とか「かっとばせえ」とか「どんまい」とかの掛け声が散発的に起こるんやけど続かへん。

「くわっとばせえ!」

 カン

 五回の裏で三塁打をかました俺が叫んで、なんとかヒット。

 バッターは一塁ベースを踏むんやけど、どうせ得点には結びつかへんいう気持ちがアリアリと出てて、川島さんが手をメガホンにして「よし!」とガッツポーズしても――まあまあ――ちゅう感じで手を挙げよるだけ。

 次のバッターは易々と三振に取られて――残念!――という感じと違って――やっぱりなあ――になる。

「くっそお!」

 そんな中で、田淵一人が熱い。

 さすがはエース……と思うんやけど、頭だけカッカして、余計にミスが増えるばっかし。

 マネージャーの川島さんはスコアをつけるほかは、さっき「かっとばせえ!」と檄を飛ばした以外は学食で会った時と同じ笑顔で座ってる。

 しかし、腹の中は煮えくり返ってるのが、ついさっき分かった。

 田淵がツーアウト一二塁、ひょっとしたらという局面であっさり三振に終わった時。

 ボキッ!!

 笑顔のまま、鉛筆を握りつぶしてしもた(^_^;)

 え? 鉛筆の折れを握った手ぇから血が滴り落ちてる……。

――ごめんね、小山内君――

 口の形だけで謝る川島さん。

 俺を代打に使ってたらという思いやねんやろなあ。笑顔を返すんやけど、ちょっと引きつってたかもしれへん。

 ちなみに、惣堀に監督は居てない。

 顧問兼監督が春に転勤して以来、顧問は茶道部の女先生。実質的に野球部を引っ張ってるんは川島さんと田淵や。

 ネット脇には演劇部の三人が見に来てくれてる。

 積極的に知らせたわけやないけど、食堂でのイザコザはけっこう話題になって三人の知るとこになってしもたんや。

 ビジュアル的には三人とも目立つ。

 須磨先輩は六回目の三年生で、もう大人の魅力。千歳は車いすにチンマリと収まって可愛らしく、ミリーは掛け値なしの金髪碧眼の美少女。

 三人を見慣れた惣堀の生徒はともかく、京橋の生徒はアニメの中から出てきたヒロインみたく眩しい三人に半分以上は気持ちを取られてる。京橋もあんまり試合に熱は無い。

 三人は野球部の応援のために来てるのではない。

 グータラ部長の俺が昔取った杵柄っちゅうか、川島マネージャーの色香に迷って中学以来のバッターボックスに立ついうので、ただただ珍しいもの見たさで来てる。

 せやから、俺がバッターボックスに立つ以外には興味がないんやと思う。

 この三人がキャーキャー言うてくれたら、京橋の連中、気をとられて隙ができるかも。

 言うてるうちに九回の裏。気持ちが抜けた惣堀は九回の表で京橋に二点を許した。

 そして九回の裏、惣堀は再びツーアウトランナー一二塁。

 と、川島さんの手が上がった。

「バッター交代、小山内君!」

 ゲ、ここでか!?

「小山内君、お願い、ホームラン打って!」

 バッター交代を宣言した足で俺の前に立って手を合わせた。

 小山内ガンバレエエエエエエエ!

 演劇部の三人娘も黄色い声をあげて敵味方の注目を集める。

 ち、気楽に言ってくれるぜえ!

 俺は、バットを二回スィングさせて、闘志をフルチャージ!

 バッターボックスに向かうと、絶好のシャッターチャンスと思ったのか、上空で取材中のヘリコプターの爆音が大きくなってきた。

 バラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラバラ!!

 え、ちょっと近過ぎひんか?


 え? え!? 


 グラウンドに居る者みんながビックリしていると、すごいボリュームで校内放送が流れた。

『ヘリコプターが緊急着陸します! 緊急着陸します! グラウンドに居る人は、ただちに校舎内に避難、ただちに避難! 避難してくださいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい(>▢<)!!』

 俺は、バットを持ったまま呆然とする。

 二秒ほど間があって、京橋も空堀も、一目散に校舎に駆けだす。

 俺も逃げよう……と思ったら、演劇部の三人に目がとまった。


 え!?


 千歳の車いすがトラブって、三人とも身動きが取れなくなってるやないか!

 俺は、バットを振り捨てて、三人の所へ駆けだした!


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)

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REオフステージ(惣堀高校演劇部)139・笑ってごまかすなあ!

2024-09-02 08:26:48 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
139・笑ってごまかすなあ! 小山内啓介 




 惣堀高校は歴史の古い学校や。

 創立は百年以上昔の大正元年。

 日露戦争こそは勝利のうちに終わってたけど、第一次大戦は、まだ三年後の事で、江戸幕府最後の将軍慶喜がまだ生きていた。

 我が大阪もゆったりしたもんで、惣堀に府立中学を作ることになると、隣接する船場の旦那衆の応援もあって、競馬場ができるんかというくらいの敷地が確保され、現在の府立高校でも一二を争う広さの学校になった。

 学校の敷地でもっとも面積が広いのがグラウンド。

 惣堀のグラウンドに立つと地平線が見えると近所の学校からは噂される。

 モンゴルの大草原ではないんで地平線は見えへんけど、市内で一番狭いと言われる北浜高校の優に四倍はある。

 その北浜高校の野球部が、我が惣堀高校の野球部に合同練習を申し込んできたんや。

 そのことが、野球部のエースである田淵を激おこぷんぷん丸にさせ、食堂でオレと乱闘騒ぎを起こす原因になった。

「よう分からんなあ、なんで、合同練習申し込まれると田淵の機嫌が悪なるねん?」

 とりあえず田淵に謝らせようとする川島さんを制して質問した。訳も分からずに謝られても気持ちが悪いだけや。

「えと……北浜って、校舎の建て替え工事でグラウンドが半分しか使えないのよ。うちは、府立高校でも有数の広さでしょ」

「うん…………え……あ、そうか!」

 ピンときた。

 合同練習は名目で、北浜はうちのグラウンドを使いたいだけなんや。うちなら、甲子園球場と同じスケールで練習ができる。

「小山内君も、元野球部だから分かるでしょ」

 そうなんや、中学野球じゃオレはそこそこのエースやった。肩を壊したんで辞めてしもたんやけどな。

 北浜と惣堀じゃ月とスッポン。合同練習やっても、北浜にとって惣堀は足手まといになるだけや。

「そうなんや、合同練習とは聞こえはええけど、オレらは北浜の球拾いになってしまうんや。あいつらも、それ知ってて言うてきとるんや!」

「田淵、おまえが食堂の列に割り込んできたのは間違うてるけど、おまえがムカつく理由は分かるぞ」

「それでね、北浜の監督と相談したのよ」

 川島さんの可愛らしいω口が微妙にゆがんだ。この人は単に可愛らしいだけのマスコットマネージャーとは違うみたいや。

「京橋高校が、うちと似た規模じゃない?」

 ああ、たしかに京橋も惣堀の八割くらいの広さがある。

「あそこなら、京阪電車で駅三つだし」

 確かに、地下鉄乗り換えでうちに来るよりは近い。

「それでね、せっかく名門北浜と合同練習できるなら、第一に、より近い学校であること。第二に、合同練習して、いちばん利益のある学校だと提案したの」

「え? 近いはともかく、利益があるとは?」

「北浜と合同練習やって、より利益がある方」

「利益……よう分からへん?」

「つまり、京橋と惣堀で試合をして負けた方が合同練習するってことにしたのよ。言っちゃなんだけど、下手な方が伸びしろが大きいでしょ?」

「あ……うん、せやけど、球拾いに伸びしろもないやろ。あ、すまん、気に障ったらかんにんな」

 田淵の顔が赤くなるので、ちょっとフォロー。

「いや、小山内の言う通りや(-_-;)」

「まあ、うちで引き受けたくないから。ま、苦肉の策なのよ」

「まあ、ほんなら京橋との試合次第やねんなあ」

「うん、そう。そこで、小山内君にピンチヒッターに立ってもらいたいわけなのよ」

「あ、そう……って、なんやねん、それは( ゚Д゚)!?」

「「アハハハ」」

 あ、ちょ、笑ってごまかすなあ!



☆彡 主な登場人物とあれこれ
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)138・野球部マネージャーの川島さん

2024-09-01 06:59:47 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
138・野球部マネージャーの川島さん 小山内啓介 





 一時間絞られた上に反省文を書かされて、やっと「帰っていい」と許可が出た。


「ジャンケンしろ」

 え、なんで?

 田淵も同じ表情をしてる。生指部長の大久保先生が『そんなこともわからんのか?』という顔をして付け加える。

「一緒に出たら、またケンカするかもしれんだろうが」

「「あ、ああ」」

 声が揃って、それじゃと向き合う。

「「最初はグー! ジャンケンホイ!」」

 出したのは互いにパー。

「「あいこで、しょ」」

 今度はチョキ同士。

「「あいこで、しょ!」」

 今度はグー同士。

「「あいこで、しょっ!」」

 今度もグー同士。

「おまえら、ほんとは仲良し同士なんとちゃうんか?」

「「それはない!」」

 そのあと、二回やってやっとケリが付いた。

 田淵が先に出て、一分後にタコ部屋を出ることを許される。

 出て驚いた。帰り支度をした生徒たちがゾロゾロ降りてくるのだ。

 おいおい、まだ五時間目が終わったとこやろーが……あ、そうか、PTA総会があるとかで、六時間目はカットやった。

 教室経由で部室に行こうと思ったが、昼飯がまだや。回れ右をして学食に向かう。売れ残りのパンかうどんでも食って部室に行こう。

 ご飯系は売り切れなんでラーメンの大盛りをトレーに載せて奥の席に着く。

 箸立てに手を伸ばすと、放課後の悲しさ、割り箸が一つもあれへん。

 ンガー

 怪獣みたいな唸り声をあげて配膳カウンターまで割り箸を取りに行く。

「はい、割り箸」

 おばちゃんがニッコリ笑って割り箸をくれる。愛想のええおばちゃんや。

 なぜか、おばちゃんの視線を感じながら席に戻る……え、向かいに美人の女子が座ってるやないか。

 あ、評判の野球部マネージャー、三年の川島さんや。

 目が合うと、川島さんは招き猫のような仕草をして、前に座れと微笑みを返してくる。

 言われなくても座る、そこにはオレの大盛りラーメンがあるんやからな……て、川島さんの前にも大盛りラーメンがアンパン付きで置いてある。他のテーブルから調達したのか、ちゃんと割り箸も添えてある。

「さっきは、うちの田淵君が迷惑かけたわね、ごめんなさい」

 姫カットの前髪をハラリとさせて頭を下げる。

「え、あ、いや……」

 演劇部で女子の免疫はできているはずやのに、いきなりのことにおたついてしまう。

「あ、やっぱ、野球部はマネージャーでもしっかり食べるんですね(*´ω`*)」

「え? やだ、わたしじゃないわよ。田淵君、こっち!」

 田淵も――ひっかけられた!――という顔をして観葉植物の横に立っていた。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)137・啓介 災難に遭う

2024-08-31 07:06:42 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
137・啓介 災難に遭う 小山内啓介 





 惣堀高校は穏やかな学校や。

 学校も生徒ものんびりしていて、あんまりもめ事めいたことは起こらへん。

 この一年で最大のもめ事が、部室棟に湧いたダニ・ノミ事件であったというだけでも分かってもらえると思う。

 人の事には干渉せえへんというのが惣堀の不文律なんで、うちみたいに演劇をしない演劇部でも存在が許され、仮とは言え部室まであてがってもらっている。

 その演劇部の部長がオレなんやから、オレの中身は純正の『ノンビリ』で出来ていると宣言してもいい。

 その、ノンビリの代表みたいなオレが、生活指導室にしょっ引かれて取り調べを受けようとしてるんやから、大変な事件なんや。


 事の始まりは昼休みの食堂。


 一番人気のランチの列に並んでいる時に事件は起こった。

 ランチの列はランチを始めとする『ご飯系』を食いたい奴が並んでる。せやから、学年や男女による偏りはほとんどない。

 まあ、四時間目終了のチャイムが鳴った瞬間は学食まで走る男子はおるけどな。それもカウンターの前に列ができてしまうと、もともと穏やかな校風やし、他校に比べてノンビリした感じになる。

 オレの後ろに、一年の女子たちが続いていた。

 クラスの仲良し同士みたいで、並びながらでもピーチクパーチクお喋りに余念がない。

 女子のお喋りと言うのはクラブの三人娘で免疫ができてるんで、オレには単なる環境音でしかない。

 一年の女子たちは、たとえ食堂の列であっても、必要以上に他人、とくに男子の他人にはくっ付きたくない。せやから、オレとお喋り女子たちの間には微妙な隙間が空いている。

 たまに松井先輩やお馴染みの生徒会女子たちと並ぶことがあるんやけど、彼女たちは遠慮も油断もない。
 きっちりと間隔を詰めて並んでくる。列が動いた時なんか、車で言う玉突きになることがある。たいてい肩とか腕がぶつかる。女子でも、肩とか腕やったらどうということはない。
 松井先輩やミリーは、そういうところにこだわりが無さすぎで、どうかするとぶつかって来る事がある。むろん、そのままにしているはずはなく、よっこらしょッと、腕を使って押し返してくる。

 反応が「あ、ごめん」と「気を付けてね」もしくは無言に分かれるが、ま、そんなもん。

 一年の女子たちは、車に例えれば若葉マークで、オレとの間に十分過ぎる車間距離をとって並んでる。

 事件と言うのは、その十分過ぎる車間距離の中に割り込んできたやつがいたことや。

 ……………………

 お喋りが中断したことで割り込みに気が付いた。

 振り返るほどやないけど、ちょっと首を捻ったところで、そいつが視界に入ってきた。

 野球部の田淵や。

 同学年やけど、同じクラスになったことはない。たまに練習に励んでいる姿を目にしているんで、ユニホームの名前で、いつしか憶えてしまっていた。

「田淵くん、後ろに周った方がええんとちゃうかなあ」

 穏やかに言うて、後ろの一年女子たち目で示してやった。

「え? ここ最後尾ちゃうん?」

「一年の女子らが並んでると思うねんけど」

「え? この子ら喋ってるだけちゃうんか」

「どいたりいや、迷惑そうな顔してるで」

「迷惑て、そうなんか?」

 よせばええのに、一年の女子たちをね目回しやがった。こういう威嚇をするやつは好きやない。

「野球部やったら、ちゃんとフェアにやれや」

「なんやとお!」

 田淵は『野球部』という言葉で切れてしまいよった。

 どっちが先やったのか、互いに胸ぐらをつかんで床を転がりまわった。

 ガシ! ゴロゴロゴロ……!

 食堂の床と言うのは、うどんの汁やらラーメンの千切れたのやらがあって、それが服につくは鼻につくはで、他の床よりも狂暴になってしまう。

 転がりまわりながらも、ここに演劇部の女子が居ったら仲裁に入ってくれるんやけどと思ってしまう。

 松井先輩やったら、胸ぐらをつかみ合う前にいなしてくれてたやろ。

 で。

 けっきょく、どこの誰かだかが通報しやがって、こうやって生活指導の取り調べを受ける羽目になっている。

 こないだの温泉旅行といい今度の食堂といい、ほんまについてへん(-_-;)。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
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  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
 


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REオフステージ(惣堀高校演劇部)136・温泉旅行本番!・2

2024-08-30 07:43:46 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
136・温泉旅行本番!・2 小山内啓介 




 浴室内の介助の仕方もあれこれ教えてくれる。仲居さんの説明の都合というか説明の義務があるらしい。

 オレが千歳の介助をやるわけやないけど(^_^;)。引率者には介助のアレコレを伝授しておくのが条例とか安全規則とかで決められてんねんやろなあ。そやけど、女子の浴場に足を踏み込むのはなんともなあ(#´o`#)。

 脱衣かごには女子が脱いだ下着やらが入っていて、脱衣棚の前にはタオルで前を隠す女子の後姿というかヒップ、洗面のドライヤー持って髪を乾かす女子からはシャンプーのいい香り……とかが思い浮かんでしまう。

「なに赤くなってんのよ、浴場は日替わりで男女は入れ替わるのよ。今日が女子だから昨日は男子。ちなみに利用者の大半は高齢者だそうよ(´¬_¬) 」

 松井先輩がジト目で真実を伝える。

「え、そうなん(;'∀')?」

 とたんに女子のヒップが弛んだ爺さんのケツに変わる。

 惣堀高校はバリアフリーのモデル校やから、障害を持った生徒の率は他校より高い。同学年には車いすの男子が二人居てる。修学旅行も数カ月後には控えてるし、聞いておいて無駄にはならへんと自分に言い聞かす。

 葛城山を借景にした庭はなかなかのもので、女子たちは陽のあるうちに見ておこうと連れだって出て行った。

 一緒に行こうと誘われたけど、オレは先に温泉に入ることにした。

 船場女学院の発声練習も聞こえへん、庭に出ても彼女らとは行き違いやろなあ。

 それよりも、基礎練の後や。ひょっとして入浴の出入りくらいで会えるかもしれへんしな。

 備え付けの浴衣とタオルを持って浴室への階段を降りる。


 カッポーン……ザザザザ……アハハハ……


 踊り場に差し掛かったところで、浴室のくぐもった音やら声が聞こえてくる。

 話の中身までは分からへんけど、~ちゃんとかの愛称とか、ああ極楽~の声が笑い声と共に聞こえてくる。

 この声は……八人くらいは居そうやなあと想像してしまう。

 女湯の手前の男湯の暖簾をくぐる。

 さっきの下見では気が付かんかったけど、どうやら浴室内の壁は上の所でイケイケになっているようで、脱衣場では楽しそうな声が一段と大きくなってきた。

 女子の嬌声なんか、学校ではしょっちゅうなんやけど、このシュチエーションは興奮するぞ(^△^;)!

 幸い、男湯はオレ一人なんで、遠慮なく顔がデレてしまう。


 キャーーー!!


 ちょ、サワちゃん!

 タオルを巻いて浴室の引き戸を開けたところで異変がおこった!

 女湯に悲鳴があがって、ドタバタ、パシャパシャ、ザブザブと慌てる気配!

 ひ、人を呼ばなきゃ!

 人工呼吸!

 担架持ってきてー!

 事故や! 

 船場女学院の生徒たちが裸でうろたえているイベントが脳内画面に浮かんでドキッと……している場合やない。

 担架の場所は、さっき確認したとこや。他に人はいてへん……それ以上は考える前に体が動いた!

 担架持ってきましたあ!!

 ゲ!?

 浴室に飛び込んで、心臓が停まりそうになった。

 女湯の浴室には、推測した通り八人の裸の女性がいた……が、ひいき目に見ても五十代から八十代という、熟年の方々ばっかり。

「人工呼吸できる!?」

 さっき聞こえた声だ。声質は若いけど、声を発しているのはお袋と同年配。タイルの上で伸びているのは……描写している場合やない!

「や、やってみます!」

「サワちゃん! 今から人工呼吸してもらうからね!」

 中学野球のころから何度も救命救急講習は受けてる。

「気道確保!」

 バスタオルを丸めて首の下に回す。サワちゃんの鼻をつまんで、口を斜めに交差させるように合わせる。

 ああ、オレのファーストキスがあ(;゜Д゜)……。

 オレの救命救急措置がうまくいったのか、サワちゃんは事なきを得て、番頭さんが呼んだ救急車に載せられていった。

 振り返って歓迎札を見ると『船場女子演劇部の会御一行様』とあった。


 なんやこれは?


 スマホで検索すると船場女学院の卒業生で活動してる地域劇団と出てた……。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)135・温泉旅行本番!・1

2024-08-29 07:10:20 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
135・温泉旅行本番!・1 小山内啓介 




 なにボーっとしてんの?


 先にロビーに向かった須磨先輩が引き返してきた。

「え、あ、いや、なんでも(^○^;)」

 焦って応えると、ちょっと軽蔑した一瞥といっしょにルームキーを渡された。

「あたしたち、部屋に行ったら、とりあえず温泉に直行だから。食事までは自由時間てことで。部屋出る時は、必ずキー持ってね。閉じ込めなんて情けないことにならないように」

 それだけ言うと、クルリと踵を返してロビーの女子組に合流する先輩。いつになく「キャハハ」とか笑ってるし、先輩なりにリラックスしてるんやろなあ。

 まあ、降ってわいたような温泉一泊旅行に、女子たちはウキウキしている。

 めでたいこっちゃ。

 オレは、福引コーナーに張り出されていたもう一組の当選者『船場女学院演劇部』に気をとられた。

 気をとられるだけじゃなくて、彼女たちも一緒になるに違いないと思い込んでしまった。

 だから、玄関前の『歓迎~御一行様』の札の列に気をとられてしもた。


 そこには、うちの『惣堀高校演劇部御一行様』しか見当たらへん。


 アホやなあ~(^_^;)

 いっしょに当選したからと言って、同じ日に来るわけがない。

「小山内君、館内の説明とか受けるから、来てえ」

 朝倉先生に呼ばれる。

「いま、行きます」

 千歳の事があるから、動線とか館内の様子は事前確認と言われてた。

 今年きたばっかりの新任やけど、こういうところは、やっぱり先生。ちょっと見直す。

「「あ、すんません」」

 入れ違いに出てきた番頭さんとぶつかりかけて同時に謝る。

 すぐにロビーに行ったんやけど、番頭さんが手にした『歓迎~御一行様』の札がチラリと見えた。

 どうやらかけ忘れてたんで、慌てて掛けに行くところみたいや。


 お!?


 ほんの一瞬やけど見えた『船場女……』の歓迎札。

 番頭さんの体に隠れて上半分だけやけど、間違いない!

 オレは、やっぱりツイテいる!

 担当の仲居さんから、一通りの説明を受けて、オレと朝倉先生とで動線の確認をしておくことになる。

「先生、やっぱり、しっかりしてるわ」

「当たり前でしょ、引率のイロハだわよ」

 仲居さんに先導されて、あちこちの確認。

「一応、お風呂も確認しますか?」

「え、女湯も!?」

「うん、万一というときは小山内君の力も借りなきゃだからね」

 仲居さんが『準備中』と札を返した女湯に続く。

 準備中やから、当然無人なんやけど、数分後か数十分後かには船場女学院御一行様がお入りになるのかと思うと、ちょっとだけ脈拍が早くなる。ちょ、ちょっとだけやからな、ちょっとだけ(;^_^。

 リフト付きの入浴用車いすとか、あちこち付けられた手すりやスロープに感心する。万一の場合のAEDの場所やら通報ブザーの場所など、やっぱり、確認しておかんと役に立たへん。

「担架は、男女共用なので廊下にございます」

 廊下に出ると、入り口の向かいの壁に『担架』の張り紙がある。

「事前に見ておきませんと、いざという時は、この字が見えないものなんです」

 仲居さんは、以前、必要になった時に役に立たなかった話をドラマチックに話してくれる。この仲居さん、演劇部向きかもしれへん。


 ア エ イ ウ エ オ アオ……


 どこからともなく、演劇部の定番発声練習の声がしてきた!

「同宿の演劇部の方たちですね、裏の丘なんですけど、風向きによって聞こえてくるんでしょうけど、ハツラツとなさって、いいものですね」

 仲居さんは、それとなく「お騒がせします」のエクスキューズを言ってるんやろうけど、オレは『船場女学院演劇部』のロゴ入りジャージを着て発声練習に勤しんでいる美少女たちの姿がアリアリと浮かんでくるのであった! 

 ゴックン(;゜-゜;)



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
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  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)134・真面目に下見・2

2024-08-28 07:00:06 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
134・真面目に下見・2 朝倉美乃梨 




 たいてい視覚障害か下肢障害ですから。


 ボブ子さんは一発で見抜いた。

 なんで分かってしまったのか、不思議だったので夕食の席で聞いてみた。

「普通の学校に通っている障がいの子は、その二つがほとんどですし」

「あ、そうなんだ」

「視覚障害なら、付き添ってあげれば済む話ですし、事前に現場を見るっていえば下肢障害かなって。それに女の先生が来るんだから、生徒さんは女の子」

「あ、なるほどお!」

 感心して、大学の専攻を聞くと介護福祉系の大学だった。話が盛り上がって、思わず五人にビールを奢……ろうとした。

「あ、それならお風呂あがったあとにしません!?」

 なるほど、風呂上がりの方がだんぜんビールは美味しい。

「わたしたちも飲むつもりだったんですけど、風呂上がりの方が断然おいしいから夕食は食前酒だけで我慢してたんです」

 なるほど、克己心のある子たちだ。

 そして、実際に車いすで温泉に入ることにした。これはポニ子さんの勧めだ。

「『百聞は一体験に如かず』ですから(^▽^)/」

 客室から、車いすを押してもらい、脱衣場で入浴用の車いすに乗り換えてお風呂に向かう。

 入浴用の車いすは、浴槽の専用の縁(へり)まで行くと、座面が十センチまで下がり、浴槽の中まで続いている手すりに摑まれば一人でも入浴できる。

「でも、水場ですから必ず介助ですね」

「そうね、車いすを交換するときも感じたけど、腕の力だけでお尻もち上げるって……ちょっと……大変(;>∀<)!」

 手すりを掴む手がプルプル震えて笑いそうになる。

「本人たちは、いつもやってることだから、健常者が感じるほどじゃないんですけどね」

「……うんこらしょっと!」

 浴槽に浸かってからは、体験は中断して、ガールズトークに花が咲く。

 演劇部の顧問だと言うと「すてき!」と喜ばれる。

 ポニ子さんとショートヘアの子は高校で演劇部に入りたかったらしいんだけど、入学する前の年に廃部になったんだそうだ。

「別に、役者になろうとかコンクールで優勝したいとかじゃないんです。なんてのか、表現力とか付けたくって」

「教科教育法の講座で言われたんですけど、アメリカとかじゃ、教職に『ドラマ』のコマがあるらしいですよ。人を相手にする職業は表現力がなくっちゃいけないって」

「そういえば、弁護士とかも。法学部とかロースクールとかじゃ、表現力の講座があるって聞いたことがあるわ。表現力一つで判決が変わることがあるって」

「ケント・ギ〇バートさんだったかが、そんなに細い目で喋ってちゃ法廷闘争に勝てないって指導されたってゆってた」

「どんな演劇部なんですか?」

 ボブ子さんの質問で、うちの演劇部の話に変わった。

「あ、それがねぇ……」

 この半年の顛末を話すと、五人の女子大生は手を叩いて面白がってくれた。

 部室が欲しいためだけに集まった演劇部だけど、文化祭で『夕鶴』をやったらけっこうノッタ話とか、部室が取り上げられそうになった時の松井さんの活躍とかは大いにウケけた。

 風呂上りには、約束通り生ビールを奢ってあげて、夜遅くまで新米教師と女子大生五人組との浴衣パーティーになった。

 意地と成り行きで急きょやってきた南河内温泉。いわばアリバイ的にやってきたんだけど、楽しい下見になって、結果オーライの週末ではありました(^▽^)/。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)133・真面目に下見・1

2024-08-27 06:52:55 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
133・真面目に下見・1 朝倉美乃梨 





 T駅の改札を出てロータリーに向かう階段を降りると、驚いたことにお迎えが来ていた。

 南河内温泉の法被を着て温泉の小旗を持った、ちょっと髪の毛が寂しい番頭さん。

「わざわざお迎え有難うございます、予約しておいた朝倉です」

「あ、おいでなさいませ! どうぞ、車の中へ(^▽^)」

 髪の毛とは真逆の笑顔で出迎えてくれて、たった四十分前、行き掛かり上決めてしまった一泊旅行も――ま、いいか――ぐらいには治まってきた。予約の後に家に電話して「もう、もっと早く言いなさいよ、晩ご飯無駄になるでしょ」と母に文句を言われて、ちょっと凹んでたしね。

 温泉のロゴの入ったワンボックスに収まる、直ぐに発車……と思ったら、番頭さんは小旗を振りながら走り出した。

 何事かと思ったら、もう一つ出口があったようで、五人連れの女子学生風といっしょに戻ってきた。どうやら、他にもお客が居たんだ。

「では、出発いたします」


 六人の客を乗せて走り出す。


「すみません、後ろに追いやったみたいで」

 わたしの横に座ったボブの似合う子が頭を下げる。

「いいえ、学生さん?」

「はい、おひとりですか?」

「ええ」

 あなたも学生さん? とは聞いてこなかった。

 半年とは言え、教師をやっていると『らしさ』が身に付いたのかもしれない。一泊の、それも下見なんだ。同宿の人に気を使うこともないわよね。

「朝倉先生、夕食は承っていたのですが、気を付けなければならない食材とかございますか?」

「え、ああ、特にアレルギーとかはありませんから」

 簡単に済ませた予約だから確認が遅れたんだろうけど、先生の敬称は余計だ。

「あ、先生だったんですか?」

 ボブ子さんが笑顔を向けてくる。

「ええ、こんど生徒を連れてくるんで、下見に」

「あ、そうなんだ。高校ですか?」

「あ、はい」

 それから、前のシートの四人も話に加わる。ボブ子さんとポニ子(ポニーテール)さんが教職をとっていて、この春に教育実習を済ませたところだったので、いろいろと質問される。

 まあ、同宿のよしみ。半分は社交辞令と和やかに話しているうちに、和泉山脈麓の宿に到着。

 まだ半年にしかならないと言うと「え、そうなんですか!?」「なんか、ベテランに見えます!」とか驚かれる。

 驚かれるということは……実年齢よりも……歳食って見えるってこと?


 正体がバレてしまったので、宿の駐車場に着くと、ロビーに至るまでの動線を確認。スロープとか、玄関ロビーの段差とか。

 千歳の事があるからね。

「朝倉さん、送迎の車、折り畳みの車いすなら後ろから載せられるそうですよ!」

 ポニ子さんが教えてくれる。

 抜かっていた、まずは車いすが載せられるかどうかが問題なんだ。千歳は普段は電動を使っている。

 あ、でも、なんで千歳の事知ってるんだ? あ、自覚無いけど話しちゃったんだっけ?

「朝倉さん、入浴用の車いす完備しているそうなんで、あとで試してみません?」

 ボブ子さんがフロントで確認してくれてご注進。

 優雅に温泉に浸ろうかと思っていたんだけど、なんだか真剣に下見しなければならなくなってきた(;^_^A


 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)132・正直苦手なのよ

2024-08-26 09:18:48 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
132・正直苦手なのよ 朝倉美乃梨 





 宿泊を伴う部活には顧問の付き添いが原則なのよ。

 宿泊と言っても、商店街の福引に当って大阪府内の温泉に一泊。

 やかましく『原則』を振り回さなくてもいいと思うんだけど、職員室に来て報告されたんじゃ「あ、そう」というわけにはいかないわよ。

 まして、参加メンバーの中には車いすの沢村千歳がいる。

 温泉というからには入浴するんだろうから介助が必要でしょう。

 惣堀高校はバリアフリーのモデル校。

 つまり、身障者の教育環境には大阪でいちばん気を配ってますって学校。

 その惣堀の演劇部が部員揃って宿泊する。それに顧問が付き添わないのはまずいでしょ。

 反射的に言ってしまった「……下見に行く」と。

「しゃくし定規にやらんでもええですよ」

 横の席のB先生は松井さんが出ていくのを待って言ってくれた。

「個人旅行なんだから、関与しなくても。ね」

 前の席のM先生も目配せしてくれる。

 でもね、聞こえてるはずの教頭先生は無言。

 無言と言うのは、なにか起こった時には「教頭としては承知していません」と言い逃れるためで、そう言う時には、聞いていながら手を打たなかった顧問の責任になるんだ。

 ああ、知らせになんか来ないで、勝手に行ってくれればよかったのにぃ。

 煮え切らない気持ちのまま仕事を終えて駅に向かう。

 ホームに降りると、ギョッとした。

 松井さんが待っているではないか!?

「あら、いま帰り?」

 まるで同僚に話しかける口調。

 松井須磨は三年生の生徒なんだけど、わたしの同級生でもある(-_-;)。

 最初は気づかなかった。

 向こうから挨拶されたときは心臓が停まるかと思った。

 本人には悪いけど『化け物か!?』と慄いたわよ。

 風のうわさで松井さんが留年したとは聞いていたけど、ふつう女子が留年したら退学する。だから、とっくに退学して別の人生を歩んでいると思っていた。その後も留年を繰り返して、わたしが新任教師として赴任して出くわすとは思わなかった。

 これだけでもとんでもないことなのに、何の因果か、松井さんが所属する演劇部の顧問になってしまった。

 正直苦手なのよ、松井さんは(-_-;)。

 彼女が元同級生だと分かって、図書室の卒アルとかで確認したら、なんと一年生の時も同級だった。松井さんは最初から気づいていたようだけど、メチャ恥ずかしい機会で分かるまで一言も言わなかった。

 だから、ホームで出くわして「あ、今から下見」とか、みっともなく言って、帰宅するのとは逆方向の八尾南行きの電車に乗ってしまった(;^_^A

 いまさら、谷九で乗り換えて家に帰るわけにもいかないでしょ。

 だから、そうなんだ。

 わたしは生徒の為に下見をしに行くんだ。そうなんだ、そう決めていたんだ!

「すみません、惣堀高校の朝倉と申しますが、今夜一泊でお願いできるでしょうか……はい、今度お世話になる生徒たちの、はい、下見のためです(''◇'')!」

 谷九を過ぎて、南河内温泉に電話をいれるわたしだった。


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REオフステージ(惣堀高校演劇部)131・谷六のホームにて

2024-08-25 08:27:14 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
131・谷六のホームにて 松井須磨 






 けっこう大変なんだ。

 気軽な温泉旅行だと思っていた。

 南河内温泉は、学校からの直線距離で十キロもない。車だと三十分、電車を乗り継いでも一時間あれば楽勝だ。

 ところが、念のために学校に届け出ると意外な反応。

「……下見に行くから」

 ちょっと間をおいて顧問の朝倉さ……先生が宣言した。

「個人的な旅行だからいいですよ」

「わたしも行きたいから、ね(^_^;)」

「でも、景品のクーポン券は四人分しかないし」

「いいわよ、自分のは出すから! 赴任してから温泉なんか行ったことなかったし。ね(^▽^)/」

 他の子の手前もあるので「じゃ、よろしくお願いします」お礼を言っておしまいにした。


 帰りの地下鉄、八尾南行きが先だったので、ひとりホームで大日行きを待つ。


 そして、一本見逃す。

 予想通り、朝倉先生がホームに降りてきた。谷六の駅は島型のホームだから、上りも下りも同じ。

「あら、いま帰り?」

 自然なかたちで話しかける。

「あ……」

 ちょっとビックリしたような顔になる先生。いや、朝倉さん。

「無理してるんじゃない?」

「え、あ、ううん、そんなことないわよ(^_^;)」

「遠慮しないで言ってね」

 学校を出ると昔に戻る。

 だって、朝倉さんとは同級生だ。

 わたしって、過年度生で入学して6回目の三年生をやってるからね。ま、事情を知りたかったらバックナンバー読んで。

「うちって、バリアフリーのモデル校でしょ、部活とかの校外活動にも気を配らなくちゃならないのよ」

「あ、そか……(千歳のことか……分かってるけど声には出さない)」

「温泉だったら当然入浴とかもあるし、その辺のバリアフリーの状況とか、必要な介助のこととかね」

「なるほどね」

 その辺は、すでに調べてある。ホームページも見たし、疑問のある所は事前に問い合わせて確認も済ませた。

 伊達に高校八年生をやっているわけじゃない、それなりに大人なんですよ。朝倉さんへの返事も、いま気が付いたようにする。

「でも、福引で当てるってすごいわね」

「あ、それはダメもとでね。ま、部員を見渡したら、一番運がよさそうなのは小山内くんだから」

「小山内くんて、運がいいの?」

「いいわよ、五月で潰れるはずの演劇部残っちゃったし、こんな美少女にも取り囲まれてるしさ(^▽^)/」

「ああ、そうね!」

「アハハ、真顔で受け止められると、ちょっと辛い」

 高校生の制服を着ていても、もう『美』はともかく『少女』の範疇に入る歳じゃない。なんせ、朝倉さんは高一と高三の時の同級生だ。

「でも、福引十回も引けたのよね、ずいぶん買い物したのね」

「ああ、あれはね、薬局のオッチャン。四月のミイラ事件のお詫びだって」

 そう、あれは連日警察やらマスコミが来て、惣堀高校は『美少女ミイラ発見!』とか『惣堀に猟奇殺人事件!』とか大騒ぎになったけど、結局は、二十年以上昔に演劇部が作った小道具だったって話。そのミイラを作ったのが現在は薬局をやっている先輩だったというわけ。

 わたしたちには楽しい出来事で、演劇部の存続を間接的に助けてくれたんだけど、本人のオッチャンは気にしていたというわけ。

「下調べ、わたしも付き合おうか?」

 朝倉さんは無理してる。

 公式の合宿とかじゃないんだ、たまたま当たった近場の温泉。生徒同士の個人旅行に付き合う必要なんかない。
 でも、事前に報告に行ったことが朝倉さんにはプレッシャーなんだ。いま、待ち伏せみたいにしてるのも軽い気持ち。電車が来る数分の間だけでも昔に戻って話ができたらって、半分はいたずら心。彼女は大日方面だし、わたしは八尾南方面だしね。
 この半年の部活と、甲府で大お祖母ちゃんや林美麗と話せたことで、少しアグレッシブになった。

「いいわよ、ちょこっと行っておしまいだから」

「いつ行くの?」

「あ、近場だから今から」

「今から!?」

「あ、明日は土曜だし、ゆっくり温泉に浸かってくるわ」

「あ、えと……だったら、八尾南方面じゃないかなあ」

「え、あ……つい、いつもの調子で、こっち立っちゃった(^_^;)」

「あ、もう来るわよ!」

「あ、ほんと! じゃね!」

 慌てて反対側の八尾南方面の停車位置に移る朝倉さん、頭上の電光案内板を見る。わたしの下宿先も八尾南方面だけど、さすがに一緒に乗るのは躊躇われる。

 まあ、ここだけ話を合わせて次の谷九で朝倉さんは乗り換えるだろう。その邪魔をしてはいけない。

 八尾南方面行は谷四を出て間もなく着くと電車のマークが点滅している。大日方面も点滅しだしたし(^_^;)。

 

☆彡 主な登場人物とあれこれ
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)130・福引・3

2024-08-24 07:00:54 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
130・福引・3 






 ニイチャン、換えたろかあ( ̄ω ̄)

 アメチャンのオバチャンが肩を叩く。

「え、換える?」

「温泉は、まえに当たったさかいなあ、テーブルゲームやったら孫とでもできるよってに」

「え? いいんですか!?」

「うん、有馬とか白浜やったら行くねんけどな、南河内は自分らで、なんべんも行ってるさかいなあ」

「せやせや、惣堀高校は商店街のお得意さんやしなあ」

 肉よしのオバチャンも薬局のオッチャンも賛同してくれる。

「「「ありがとうございます!」」」

 演劇部の三人娘もそろってお礼を言って、温泉ご優待券をゲットした。


 部室に戻ってパソコンを開く。現実に行けることになったので下調べをするんや。


須磨:「ホームページで11800円だから、実際は10000円というとこでしょうねえ」

ミリー:「これで、二食付きで温泉入り放題!?」

千歳:「お部屋も悪くないです!」

啓介:「こんなとこに行き慣れてるって、リッチなんやなあ惣堀のオバチャンらは!」

千歳:「ちょっと、いいですかあ」

 お部屋に感激した千歳が車いすを乗り出す。

千歳:「ああ、バリアフリー! 洋室もあるから、介助なしでもいけそう!」

 なんだかんだで半年になるけど、千歳はやっぱり気にしてるんや。もう、俺たちは自然に千歳の介助は出来るようになってる。でも、口に出しておくことでエクスキューズを表明しておきたいんや。

ミリー:「ハハ、シスコの温泉プールはイマイチやったしね」

 うん、出会ったアメリカの高校生はええ奴らやったけどな。

須磨:「じゃ、いつにする?」

ミリー:「啓介、パンフ見て」

啓介:「うん、ええと……来週から一か月」

ミリー:「そかそか、じゃ、テスト期間を外して……候補は三つやね」

 ミリーが、カレンダーの三つの土日をチェックする。

千歳:「いつがいいですかねえ(*^^)」

須磨:「ま、慌てて決めてもなんだから……この週末一杯考えて決めよっか!」

 須磨先輩の一声で決まった。せいてはことを仕損じるというやつや。


 いちおう顧問や担任にも話しておこうということで、オレ一人先に帰ることにした。やっぱ、千歳の事や女生徒の宿泊とかがあるので、あとで苦情が出ないようにという須磨先輩の知恵。


 再び商店街を谷町筋に向かって歩く、自然と福引会場に目が行ってしまう。

 一等賞品獲得者様ご芳名!

 大売出しのポップみたいなのが張り出してある……ということは、残る一本を引き当てた人がいてるのか?

 知らん苗字(プライバシーがあるから苗字だけなんやろう)と並んで、似たようなのが二つ……一つは俺たち空堀高校演劇部。もう一つは……船場女学院高校演劇部……!?

 船場女学院!?

 東横堀川を挟んで立ってる、うちの惣堀高校とは対照的なお嬢様高校や!

 ドキドキドキ……

 自分でも気恥ずかしいほど胸が高鳴った。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)129・福引・2

2024-08-23 07:00:58 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
129・福引・2 





 校門を出て、ちょっと歩いて左に曲がると商店街。

 谷町筋に向かって上り坂になっていて、そこを高校生らしく駆け足で上がっていく。

 タタタタタタタタタタ

 中学では野球部に居たのは知ってるよな。

 いちおうピッチャーやったんやけど、攻守換わってマウンドに上がる時は駆けていく。ベンチからの短い距離を歩こうが走ろうが大して変わりはないんやけど、ノタクラしていては勝てる気がせえへん。

 監督は嫌いやったけど『試合中は走れ!』というコンセプトは正しいと思う。

 レトロな商店街のテーマ曲が流れ、そこを曲がったら『ふれあい広場』という角に福引のコーナーがある。まずまずの人気で、すでに五人のオッチャンやオバチャンが並んでる。

 赤いハッピと鉢巻のオッチャンがニコニコと番をしている……と思ったら先輩でもあるハイス薬局のオッチャン。

「お、惣堀演劇部、四等はフライドチキンのビッグバレルやで!」

 高校生には食い気のフライドチキンが有難いやろという気持ちなんやろうけど、こっちは一等狙いや。

「一等狙いです!」

 高らかに宣言する。

「欲かいたら、早死にするでえ」

「ええがなええがな、志は高い方がええ」

「アメチャンあげよ」

「ありがとう、いただきます」

「惚れ薬入りやでえ」

「え!?」

「ほら、いまドキっとしたやろ」

「てんごいいな(^▽^)/」

 先客のオバチャンたちがいじってくる。カラカラと福引のガラガラが回る。次の次がオレの番や、オレも口の中でアメチャン回して予行演習。

 ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ……。

「どんだけ回すねんな」

「いや、念を籠めんとなあ……えい!」

「おめでとう、四等ビッグバレル!」

「え、これが賞品?」

 アメチャンのオバチャンが四等を引き当てた。でも、渡されたバレルは空っぽ。

「これ持って、『肉よし』(商店街の精肉屋)に行ったら一杯入れてくれるさかい」

 なるほど、食品やから揚げたての新鮮さを大事にしてる……というか、思いっきり地元商店街の商品やないかい!……五等フライパン……六等食用油……七等ティッシュペーパー……上がって三等は洗剤一年分……二等テーブルゲームセット……そして一等南河内温泉宿泊券……これや! でも、南河内? なんかショボイ。

「ショボイ思たらあかんで、近場やけど、一等は三本もあるねんでえ!」

 三本!?

 福引券は十回分ある。野球だって九回の裏までやらなければ結果は分からない。それが、もう一回多い十回分、可能性はあるかもな!

 カランカランカラン! 一等賞!

 いや、まだ早いって(n*´ω`*n)、まだガラガラ回してないし。

 え? なんちゅうこっちゃ、アメチャンくれたオバチャンが当てちまった!

 い、いや、まだ二本ある。勝負は勢いやからな! オバチャンにあやかって……エイ!

「七等ティッシュペーパー!」

 まあ、一等が出た直後やからな……ガラガラガラ……エイ!

「七等ティッシュペーパー!」

 くそ、つぎこそは!

 ガラガラガラ……エイ!

「七等ティッシュペーパー!」

 く、くそ、もう一回(;'∀')!

 こんな調子で九回連続のティッシュペーパー。


 いよいよ最後の一球。


 オレは、福引台の前で、九回の裏同点の試合を思った。攻守どっちや? ピッチャーでは苦杯をなめ続け、あげくに肩を痛めて引退の憂き目にあったので、バッターのフルスィングのモーションをとってからガラガラに向かう。

 期せずして「かっ飛ばせー、ソーォホリッ!」のコールが湧きおこる、オバチャンたち、意外に若い声!

 ツーストライク、スリーボール! あとはねえ! エーーーーーイ!!

「おめでとう! 二等、テーブルゲームセットオオオオオオオオオオオ!!」

 え……二等賞?

 しまったあ、オレはピッチャーやったんやから、とことんピッチャーで行くべきやったんや。ピッチャーが打撃で勝負してどーーすんねん!

 それでも地元の商店街。オレは薬局のオッチャンから恭しく賞品を授与される。

「おめでとさん、ほら、お仲間も応援に来てくれてたんやし。またがんばろ」

 え、お仲間……?

 え(''◇'')ゞ

 振り返ると、演劇部の三人が残念な笑顔で並んでた……。


☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
 
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)128・福引・1

2024-08-22 06:54:01 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
128・福引・1 





 旧校舎の解体がストップしてる。

 なんでも非常に珍しい工法で作られていて調査に時間がかかるのと、旧校舎の下に秀吉時代の大坂城の遺構が発見されたためらしい。

 こんなとこに大坂城!?

 いまの大阪城の外堀から二キロ以上離れているが、校名にもある通り、秀吉の時代には惣堀と呼ばれた空堀があったのだ。当然空堀に沿って、屋敷や陣地などがあったわけで、場所によっては文化財級の発見になるらしい。

 二階の角部屋に部室が移ったのが文化祭の前、当初はタコ部屋の部室よりも広々したことと、眺めがよくなったことにワクワクしたが、ちょっと冷めてきた。
 タコ部屋の部室ではミリーが両足首ねん座で半月ほど車いすやった。元々車いすの千歳と二台の車いすになって、そのうえ交換留学生のミッキーまで入部してきたんで鬼狭かった。

 ま、その不自由さもあって角部屋に引っ越しできたわけなんやけどな……ちょっとアンニュイや。

 かさばるミッキーがアメリカに帰っちまって、ミリーも捻挫が直って車いすを止めてる。

 思えば、あの不自由さが楽しかったんかもしれない。

 ちょっとお茶を淹れるにしても、ゴミを捨てるにしても、お互いの前や後ろや、時には跨いでいかなければならんかった。車いすの方向転換でスカートが引っかかって千歳の太ももが露わになったり、後を通る時に須磨先輩の胸の谷間が覗いたり……あ、いやいや、その、なんだぁ……お互い肌感覚で……いや、胸襟を開いてというか、ひざを突き合わせてというか、そういう近さで部活やるのがな、いまの高校教育に欠けて……。


「なに、赤い顔してんのよ、啓介」

「ゲ、先輩」


 ヤマシイわけやないけど、虚を突かれてアタフタする(^_^;)。松井先輩は、なぜかテーブルの斜め向かいに腰掛ける。揃えた膝の上に鞄載せるし。

「たまたまね、こっちに座ってみたい気分なのよ」

「あ、そすか……あ、なんで、こんなに早いんすか」

「図書室にもタコ部屋にも飽きたしね……ていうか、みんな揃うまでに、これ行ってきて」

 先輩は、やおら制服の胸に手を突っ込んで茶封筒を取り出した。

「な、なんなんですか、それ?」

「まあ、中を見て」

 手に取った茶封筒は、ほのかに熱を帯びていて、なんかやらしい。

「温もりを楽しんでるんじゃないわよ、さっさと中を見る」

「ひゃ、ひゃい!」

 焦りながら中のものを引き出した。それは、五十枚はあろうかと思われる惣堀商店街の福引券や。

「五枚で一回くじが引けるの、十回ひけるから、一等賞を当ててきなさい」

「え、一等賞!?」

「近場だけど、温泉ご優待。四人いけるわ」

「四人?」

「うちのクラブにピッタリでしょ、さ、商店街にひとっ走り!」

「あ、でも当たるかどうか……」

「胸に抱いて願いを込めといたから当たるにちがいないわ」

 なんか、先輩の目、マヂすぎるんですけど……。

「万一、当たらなかったら」

「その時は、わたしの下僕になりなさい……わたしが卒業するまでね」

「え、先輩の卒業て……」

 高校八年生の先輩が、いまさら卒業なんて……俺の卒業の方が絶対早い。

「フフフ、そうよ、啓介は卒業してもわたしに尽くすのよ(ᐢ⩌ ̫ ⩌ᐢ )」


 そ、そんなご無体な……。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)
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REオフステージ(惣堀高校演劇部)127・ミッキーのカミングアウト

2024-08-21 09:43:03 | 小説7
REオフステージ (惣堀高校演劇部)
127・ミッキーのカミングアウト 





 姫ちゃん先生(姫田先生)の授業はよう脱線する。

 四時間目の授業で、誰かのお腹が鳴ったりすると、先生の高校時代の学食に話しが飛んで、高校時代の思い出なんかを語り出すと止まらんようになる。
 この物語も啓介が先生の学食の話しで、うちの髪の毛から冷やし中華を連想して涎を垂らしたとこから始まった(001・ただ今四時間目)。

 今日の姫ちゃんは「うちの両親って、従姉妹同士なんだよ」という話をした。

 今朝は寒かったせいか、いつもはヒッツメかポニテにしてる先生が髪を下ろしてた。これが、けっこうイケてて、ちょっと清楚系のベッピンさん。

 それをセーヤンが「姫ちゃんて美人やってんなあ……」と呟いたところから話が脱線して「あ、じつはうちの両親は従兄妹婚でねえ」という話になった。

「従兄妹同士って、血が濃いから、遺伝子の組み合わせで時々特徴のある子が生まれるのよ。3+3は6だけど、3×3は9みたいな。で、うちの両親が少しだけ持ってた美人とイケメンの遺伝子が掛け合わさってぇ……(n*´ω`*n)」

 他の人が言ったらイヤミになる話でも、姫ちゃんが言うと、なんかホノボノ系の話になる。姫ちゃんは自分が美人やということよりも、ボンヤリした性格なことに悩みがある。人の容姿にあんまり重きを置かへん人なんで、そのボンヤリコンプレックスの枕の話しとして従兄妹婚の話をしたんよ。

 で、昼休のミッキーはお弁当食べながらボンヤリしてる。ボンヤリの机の上にはお弁当と並んで書きかけの航空郵便の便せん。

 サンフランシスコ出身のミッキーの手紙は言うまでも無く英語。

 日本語に慣れ親しんだうちやけど、やっぱり英語の文章はパッと見ただけで大よそのところが分かってしまう。

「へえ、今どき手紙でお便りいうのんは珍しいねえ」

 うちの言葉は、もう半分は手紙の趣旨を理解した上での好奇心の響きがある。うちのハンナリした大阪弁(このごろのミッキーは大阪弁でも話ができる)も功を奏したのか、ちょっと仲間の感覚で返してきた。

「あ、ああ……従妹のキャシーにね……」

「ほう」

 子どもの頃にカンザスから越してきたミッキーは、従妹のキャシーと仲がよくて手紙のやりとりをよくやっているらしい。こまめに書いているんで、ミッキーが手紙を書いているところはよく目にする。

 オハコの歌詞を書くようにリラックスしてサラサラ書く手紙は英語ということもあって、わたしを含めクラスのもんは気にも留めへん。せやけど、今日は数行書いたとこで停まって、それも思い詰めたような顔してるんで目についた。

「従兄妹同士の結婚があるなんて考えもしなかった……」

 うちは、留学四年目やし、日本のことはシカゴの隣のお婆ちゃんからもよう聞いてたんで従兄妹同士の結婚言われても、それほどの驚きはない。

 せやけど、一般のアメリカ人。特に法律で従兄妹同士の結婚を認めてない州の者にとってはビックリする話。

 LGBTQとか流行のアメリカでは、同性婚なんかも普通になってきてる。

 せやけど、血族の結婚は普通やない。州によっては法律で禁止してる。禁止してなくても、その数は日本よりもうんと少ない。

 クレオパトラとかは弟と結婚した言われてるけど、遠い昔の歴史上の話しやし、普通は思わへん。

 めちゃ子どもの頃に「大きなったらパパ(or お兄ちゃん)のお嫁さんになる!」言う子はおるけど、学校行く年頃になったら言わへん。せやから、従兄妹同士は最初から考えの外。

「姫ちゃん先生の話を聞いて、自覚したんだ……」

「ひょっとして……」

「うん、ぼくはキャシーのことが好きだったんだぁ(◎‐◎)!」

 遠い目になってカミングアウトしてしまいよった!

 そして、ホストファミリーの美晴に「明日帰る」と一言言うただけで、今朝の飛行機で帰ってしまいよった。

 美晴は、もともとミッキーを持て余してたとこもあって「あ、そ」の一言でしまいやったらしい(^_^;)。



☆彡 主な登場人物とあれこれ
  • 小山内啓介       演劇部部長
  • 沢村千歳        車いすの一年生  
  • 沢村留美        千歳の姉
  • ミリー         交換留学生 渡辺家に下宿
  • 松井須磨        停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
  • 瀬戸内美春       生徒会副会長
  • ミッキー・ドナルド   サンフランシスコの高校生
  • シンディ―       サンフランシスコの高校生
  • 生徒たち        セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口
  • 先生たち        姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉(須磨の元同級生)
  • 惣堀商店街       ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)



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