大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

やくもあやかし物語2・054『キーストーンを奪われていた!』

2024-06-27 10:40:44 | カントリーロード
くもやかし物語 2
054『キーストーンを奪われていた!』 


 

 アテンション! アテンション! 校舎内の生徒および教職員は全員校舎の外に避難! 繰り返す、校舎内の生徒および教職員は全員校舎の外に避難せよ!

 
 侵入した妖の大半をやっつけ、残ったやつも逃げ出して、やっと平常に戻ったかと思うと緊急の校内放送。

 警備副司令を兼ねている魔法学のソフィー先生の声だ。


 ガチャン

 
 玄関前の広場に集合すると、玄関の鍵をかけてみんなの前に立つソフィー先生。

 先生の後ろには、少し下がって他の先生たち。横には警備犬のボビーが顎を上げてお座りしてる。どうやら、この場はソフィー先生が仕切る様子。

「やくもと森の住人の働きで妖を退治、あるいは撃退できたが、とんでもない事態が起こった」

 冷静ではあるけど厳しい声に、生徒も先生たちも言葉が無いよ。

「逃げた妖が学校のキーストーンを盗んでいった!」

 
 キーストーン?


 わたし同様に?マークの浮いている顔と、目を剥いて驚いている顔がある。

「キーストーンは、学校のホール天井の魔石だ」

 先生が手を上げるとホール天井の3D映像が浮かび上がった。

 みんな振り仰いで天井を見る。

 わたしも見たけど、アーチ型になった天井の石はどこも欠けてはいない。

「先生、どれがキーストーンなんでしょうか?」

 メイソン・ヒルが質問して、みんなも先生の顔に目を向ける。

「これだ」

 先生が指を動かすと、天井の五か所の石が光った。五つの石を繋ぐと星の形になるんだけど、星の真ん中は黒く抜けている。

「魔石のキーストーンはリアルの石に重ねてあるので普通では見えない。見えないからこそ発見が遅れた」

「でも先生、要石は他にもあるし、建物自身、耐震基準を満たしていると聞いています。緊急にどうこうということは無いんじゃないですか?」

「魔石のキーストーンが抜けた状態で使用していると、魔法的には全く無防備だ。呪いをかけられたら持ちこたえられん。ナザニエル卿が王宮の敷地全体に結界を張ってくださっているが、それとても万全では無いし、未だに工事中でもある。寄宿舎部分には影響はないので普通に過ごしてもらって問題は無い。授業や実習は宮殿の一部を拝借して継続する」

 やっと収まったのにどうなるんだろう……思っていると先生の顔がこっちを向いた。

「やくも、君の魔法特性が合っている」

 え、え?

「魔界経験値が他の者よりも二桁高い」

 たしかに、中学にいるころいろんな妖に関わったから、先生たちよりも魔界慣れしているかもしれない。

「そうだ、やくもほどに魔界耐性があるのは、わたしぐらいのものなんだが、わたしには王宮全体の警備任務がある。侵入した妖を撃退したばかりで申し訳ないが、魔界に踏み込んでキーストーンを取り返してきてほしい」

 え……ええ!?

「人によっては二日程度の同行が可能だ。生徒、教職員の中から交代で支援に向かう。がんばってくれ」

 みんなの目がわたしを見てる。

 大丈夫、及ばずながら力になるというのから、勘弁してくれというのとか色々。

 日本にいる時もそうだったけど、こういう状況で断ることができない。

 でも、なにか言いたい。聞きたい。言いわけしたい。

「では、自室に戻って準備してくれ。こちらは最初の同伴者を選んでおくからな」

 有無を言わせぬソフィー先生。

「は、はい……」

 唇をかんで自分の部屋に向かうやくもだったよ。



☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
  • 酒井 詩       コトハ 聴講生
  • 同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
  • 先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法) フローレンス(保健室)
  • あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス くわせもの  ブラウニー(家事妖精)  プロセス(プロセスティック=義手・義足の妖)
   

 
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やくもあやかし物語2・053『ブラウニーの右手と左足・2』

2024-06-21 11:45:45 | カントリーロード
くもやかし物語 2
053『ブラウニーの右手と左足・2』 




 朝から二回も妖怪をやっつけたやくもは敵の動きに付いていけないよぉ。

 冬の体育で持久走ってやるじゃない。グラウンドを何周も走らされるやつ。たいてい十周以上だよね。
 その持久走で、やっとゴールと思ったら勘違いで「小泉、あと一周!」って先生に言われた時の――ええ(;'∀')――って時の感じ。
 数学の宿題やってて、終わったと思ったら、もう一ページあったときの感じ。

 いいや、ナザニエル卿は「入り込んでいる妖は七種類」と言っていたから、ブラウニーの義手義足を入れて、まだ五匹はいるわけ。
 夏休みの宿題を試しにやってみたら、けっこう大変で、一覧表見たら、まだまだあって尻餅付いた時の気分。

 つまり、ハナから気持ちが負けてるんで、ミチビキ鉛筆は奮闘してくれるんだけど、なかなか有効な攻撃ができない。

 ピシュ!

 義手が手刀になって頬を掠める。

 ブン!

 義足が回し蹴りをかけてくる。

 鉛筆のお蔭で、なんとかかわすけど、次は喰らってしまうかもしれない。

 なまじシュガートーストをひと齧りしたものだから、かえって腹ペコが増幅されて目が回りそう。

『やくも、耳を貸せ……ゴニョゴニョ……』

 鉛筆に耳を貸すと――そんなことをやったら敵の力が強くなるぅ!――と思ったけど、ミチビキ鉛筆というくらいだから効果があるのかも。

やくも:「ねえ、義手義足ぅ」

義手:『おれたちはそんな名前ではない』

やくも:「えぇ……じゃあ、なんて名前?」

義足:『プロセスティック、複数で言う時はプロセスティックスだ』

やくも;「うう……発音むつかしい……プロセス」

義手:『略すな』

義足:『まあ、愚かな東洋人には難しいんだろ』

義手:『そうだな、見ればまだ小学生のようだし』

義足:『子どもが、どうして王立魔法学校に入れるんだ?』

やくも:「小学生じゃないもん!」

義手:『じゃあ、チビだ』

義足:『そのチビが、なんの話だ?』

やくも:「チンタラ戦うのは面倒だから、まとまって向かって来なさいよ!」

義手・義足:『なんだとぉ?』

 ヤバ……なんかチョー本気で怒ってる感じだよ(;゚Д゚)

 グルングルン……二匹で回ったかと思うと、次に距離をとる。

 エイ! ガチコーーン!

 掛け声と共に合体して、そのまま旋回!

 グァラングァラン……

 ゆっくりした旋回は、少しずつ早くなっていく。助走をつけてる感じ。

 ヤバイ、あのまま勢いを増して飛んでこられたら一巻の終わり!

 ところが、ググァンと加速したとたん、空中を不規則に暴れるように飛ぶ義手義足の合体形!

義手:『ちょ、どこに行く!?』

義足:『お、お前こそ!?』

義手:『ちょ、停まれ!』

義足:『ちょ、お前こそ!』

 バチコーーーン!!

 義手義足、いやプロセス二匹は合体形のまま結界にぶつかって穴をあけ、そのはずみで下に落ちていく。

「すごい、言った通り自滅していったよぉ(゚д゚)!」

『そうだろ、あいつら質量が違うからな、合体したらバランスが取れなくて暴走するんだ』

「さすが、ミチビキ鉛筆!」

 開いた穴は、すぐに木の葉がいっぱい飛んできてワシャワシャと修復にかかる。

 森との連携はますますよくなってきている感じ。

 校舎に戻ると、二匹のプロセスはただの義手義足に戻って、ブラウニーの手足に戻った。

 でも、やっぱり扱いにくそうなので、ティターニアがオーベロンに命じて新しいのを作ってあげることになった。


 三匹も連続してやっつけた。森の住人たちも二匹やっつけて、残り二匹は逃げ出してしまったみたい(^_^;)。

 とりあえず、めでたしめでたし。



☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
  • 酒井 詩       コトハ 聴講生
  • 同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
  • 先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法) フローレンス(保健室)
  • あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス くわせもの  ブラウニー(家事妖精)  プロセス(プロセスティック=義手・義足の妖)
   
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やくもあやかし物語2・052『ブラウニーの右手と左足』

2024-06-14 11:47:25 | カントリーロード
くもやかし物語 2
052『ブラウニーの右手と左足』 




 いい匂いは食堂への途中、いつもは閉めきりのドアからだよ。

 観音開きの片方が小さく開いていて、鼻歌といっしょに匂いが漏れてくるんだ。

『おや、食いっぱぐれたのかい?』

 人の良さそうなオバサンの声がして、足を止めるとすき間の向こうのオバサンと目が合う。

 目が合うと、こんどはお玉を持ったままの手でオイデオイデする。

「ちょうどできたところだから食べておいきよ」

「えと、ここは?」

「元々の食堂さ。いまの食堂ができてからは使われなくなったんだけどね、くわせもののお蔭で、食堂はあんな状態だろ。それで、急きょこっちを使えるようにしてるわけ」

「あ、そうなんだ」

「あたしは、家事妖精のブラウニー。この学校や宮殿ができたころから住み着いて、いろいろお手伝いしてるのさ」

「あ、わたし一年生のやくもです」

「やくも、いい名前だ。よろしくね」

 握手……すると違和感。

「あ、ごめん。右手は義手なんだよ、左足も義足でね。むかし、侵入してきた魔ものにやられてね、オーディンが森の木を削って作ってくれたのさ。あのころのオーディンは不器用で完全というわけにはいかないんだけど、まあ、なんとか台所仕事をこなすぶんにはね……さ、できたてのスープとシュガートースト。味は濃いめだけど、あれだけ戦ったあとなんだから、これくらいのがいいさ」

「ありがとう、ブラウニー。いただきます」

「スープ熱いから、冷ましながらね……あ、そうだ、レシピを書き留めておかなきゃ。鉛筆貸してくれる?」

「え、あ、どうぞ」

「ありがとう、すぐに返すからね……」

 スープに気を取られ、わたしは違う方を渡してしまった。

 ビシ!

 ウギャアア!!

 なにか電気みたいなのが走ったかと思うと、ブラウニーは尻餅をついて、鉛筆を持っていた右手をプルプルと痙攣させている。

 ブラウニーの足元に落ちているのはおもいやりの方だ!

「ごめん、間違えた!」

「お、お逃げ、これは右手が悪さをして……るんだから……」

 ビシビシ!

 ブラウニーの肘と膝のところがスパークしたかと思うと、右手と左足が体から分離して窓を突き破って出て行ってしまう!

『アップ、お、追うぞ!』

 ミチビキ鉛筆が、やっと水から上がってきた人みたいに息を継ぐと、くわせものの時と同じように、わたしを引っ張っていく!

 窓から飛び出す時にチラッと見たら、ブラウニーは口の形だけで『ごめんね』と言った。

 悪いのは、義手と義足、あるいは、そこに取りついた何者かだ!

『右手の奴、オレを受け取ったら握りつぶすつもりだったんだ。やくも、よくぞ間違えてくれた!』

「あ、あ、そうなんだ(;'∀')」

 くわせものをやっつけてホッとしたばかり。本日三回目の戦闘モードに、すぐには切り替えられないわたしだった。

 

☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
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やくもあやかし物語2・051『保健室のフロ-レンス先生』

2024-06-08 10:24:22 | カントリーロード
くもやかし物語 2
051『保健室のフロ-レンス先生』 




 朝飯前のラビリンスとくわせもの、二匹やっつけたので、それからは、まあ平和。

 ただね、くわせものが食堂のみんなにいっぱい食べさせたので、みんなお腹の調子が悪くて保健室の前に長い列をつくった。

「やくも、あなたは大丈夫なの?」
 
 最後の一人を廊下まで見送って、養護教諭のフローレンス先生が声をかけてくれる。

「あ、わたしは食べる前だったから(^_^;)」

「あ、そうか、あの妖怪やっつけてくれたのよね」

「はい、なんとか。みんな大丈夫なんですか?」

「ああ、ほんとうに食べたわけじゃないからね」

「え、そうなんですか?」

「ああ、妖怪といっても中の下という感じだから、本物を食べさせる力は無い、そんな気がしてるだけよ。ただ、食べたって感触は本物だから、ほんとうに具合が悪くなる」

「じゃあ、治療とかは?」

「胃薬と整腸剤よ」

「え、実際には食べてないのにですか?」

「気は心よ。いわば、食べ過ぎたって暗示が掛かってるわけだから、ていねいに話を聞いてお腹も診てやって、ていねいに調剤する。わたしは魔法使いじゃないから、チチンプイプイってわけにはいかないのよ」

「そ、そうなんだ、ご苦労さまでしたぁ(^_^;)」

 お~~い やくもぉ~

 情けない声がカーテンで仕切られたベッドからする。

「え、その声はハイジ?」

「ああ、あの子は魔法がかかる前に、けっこう食べてたからねえ(^△^;)」

「あはは、そうなんだ」

「「アハハハ」」

 アハハハ……

 先生と二人で笑うと、ベッドのハイジも笑う。まあ、だいじょうぶだろう。

 ピンポンパ~ン

『教頭のメグ・キャリバーンから生徒諸君に連絡です。妖怪くわせもののために、体調を崩す生徒が多いため、御前の授業を中止します。行動は自由ですが、学校の敷地からは出ないように。午後の授業については後ほど連絡します。くりかえします……』

 まあ、そうなるよね。

 グウウウウウ……

 納得すると、急にお腹が空いてきた。妖怪騒ぎで、まだ朝ご飯を食べていないことを思い出す。

 食堂に行ってみよう、まだなにかあるかもしれない。

 保健室の廊下を突き当りまでいくと、食堂にはまだだいぶあるのに美味しそうな匂いがしてきたよ。

 

☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
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やくもあやかし物語2・050『妖怪くわせもの・2』

2024-06-02 11:31:14 | カントリーロード
くもやかし物語 2
050『妖怪くわせもの・2』 




 くわせものが飛び出してしまうと、食堂のドアも窓も開くようになった。

――しっかり掴まれ!――

 ミチビキ鉛筆が叫ぶ!

 わたしは右手で鉛筆を、左手で、その鉛筆を握る右手を掴んで前に突き出す。

 ピューーン!

 甲高い音をさせて、鉛筆は自動的に開いた窓からわたしを引っ張ったまま飛び出していく。

 やくもぉ!!

 別の窓から、ハイジとネルが顔を出してわたしを呼ぶ。くわせものの影響は長続きはしないようだ。

 ゴオオオオ!

 くわせものが旋回して食堂の窓を舐めるように低空飛行、食堂のみんなは悲鳴を上げて頭を引っ込める。やつは、渋谷の3D広告、サイネージっていうんだっけ。あそこの定番の三毛猫の首くらいの大きさになって飛んでいる。

 そんなに大きいと三毛猫でもおっかないのにピエロの顔だよ、あんなのが傍に来たらおしっこチビルくらいに怖いよ。

 グゴオオオ!

 こんなのどうやってやっつけるんだ……と、思ったら、鉛筆が勝手に動き出す。

「ウワア、あ、ちょ、ちょっとぉ!」

 鉛筆は、わたしを引っ張ったまま空中に字を書き始めた。

 鉛筆のくせに、太くておっきい字!

――ティターニアに手伝ってもらって!――

 鉛筆も自分一人じゃ苦しいんだ。

 え、え、どうするどうする(;'∀')

 空から見てても分かるくらい、地上のみんなも焦ってる感じ。

 みんな森の住人たちを敬遠してきたからね、自信が無いんだ。

 思い余って、ネルとハイジが窓枠に足を掛ける。あの二人は森の住人とも多少は近い。

 ムギュ!

 飛び出すかと思ったら、だれかに踏みつけられたようにペシャンコになる二人。みんなは妖に一発喰らったのかとのけ反るけど、やくもには分かったよ。

 デラシネが二人を踏み越えて森へ駆けていく!

 だいじょうぶかな、森のみんなとは、まだ和解できてないよぉ。

――かまうな、行くぞ!――

「鉛筆のクセにえらそー」

――おもいやりを構えろ――

「え、あ、うん」

 おもいやりは樺太旅行に行ったお礼にデラシネがくれたフィギュアのパーツみたいに小さな槍。これは破魔矢みたいな縁起物だと思ってた。あるいは――人にはおもいやりを持って――的ないましめ、あるいは、デラシネなりの感謝の気持ち的な。

――分析してる場合ではない、構えて!――

「うん!」

 うんとは言ったけど、鉛筆に掴まりながらはやりにくい。

――しかたがない……えい!――

 ガクン

 衝撃があったかと思うと、鉛筆は魔法使いのホウキほどになってわたしを乗せていく。

 ガツガツガツ! ムシャムシャムシャ! ハグハグハグ!

 くわせものは結界に食らいついて食べ始めている。

「あいつ、自分でも食べるんだ!?」

――感心してる場合じゃない!――

「う、うん!」
 
 ビューーン

 鉛筆は旋回しながら速度を上げ、わたしは、アニメの勇者みたいに姿勢を低くして、くわせもののコメカミ目がけて突きかかる。

 プチュ

 少しは手ごたえがあるんだけど、やつが逃げる方が早い!

 くそ!

 やつが齧ったところはほころびが出ている。

 結界は外からの攻撃には強いけど、中から蝕まれると弱いんだ。

 ザザザザザーー

 下の方から音がしたかと思うと、無数の葉っぱが森の方から飛んできて、結界の傷口を覆って修復にかかる。

 そうか、これがティターニアたち森の住人たちの協力か。

 でも、補修だけでいっしょに戦ってくれるわけではないようだ。

 仕方がない!

「いくよ!」

――おお!――

 鉛筆といっしょに人馬一体という感じで追いかける!

 えい! とー! それ! そこだ! ウリャー! キエエエ!

 いろんな掛け声で、くわせものに襲いかかる!

 プチュ プチ プツ プシュ プチュ

 確実に手ごたえはあるんだけど、決定打にならない。

 小さな傷はすぐになおしてしまうくわせもの。

 だめだ、こっちが先にバテてしまう。

 五六回攻撃したところで息切れがしてきて、空振りが増えてくる。

 ドザザザザザーー!!

 ひときわ大きな枯れ葉のかたまりが上がってきたかとおもうと、それは、くわせものの背後で弾けて、中から大きな剣を構えたデラシネが現れた!

 セイ!

 ビシュッ! ドシュッ!!

 十文字に大剣を振るうとくわせものは大きく口を開けてのけ反った!

 かなり効いてる!

「トドメだ!」

 デラシネは空中で二回転すると、そのままの勢いで大剣を振りかぶった!

 ギャアアア!!

 断末魔の叫びをあげたかと思うと、くわせものは無数のポリゴンぽいものに分解し、消滅していった……。

 そして、消滅するくわせものに目を奪われているうちに、デラシネの姿も消えてしまっていた。

 

☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生 ミチビキ鉛筆、おもいやり等が武器
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
  • 酒井 詩       コトハ 聴講生
  • 同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
  • 先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
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やくもあやかし物語2・049『妖怪くわせもの・1』

2024-05-28 10:07:14 | カントリーロード
くもやかし物語 2
049『妖怪くわせもの・1』 




 ガツガツガツ! ムシャムシャムシャ! ハグハグハグ!


 みんなの咀嚼する音が食堂中に満ちて、天井から吊るされた三つのシャンデリアさえも共振してチャラチャラと音をさせている。

 各自のテーブルには食べ終わった食器がアンコールワットのパゴダのように積み重なり、食べ終わった食器は命あるもののように自動的にパゴダの相応しい場所に収まって、同時にお代わりのトレーが現れる。

「みんな、そんなに食べたらお腹がパンクするよ!」

 わたしが叫ぶと、ほんの一瞬、みんなは目だけこっちに向ける。

 分かっているけど止められない! そんな感じのやら、恍惚となってるのやら、中には目も鼻も痕跡器官のようになって、顔中口になって朝食を放り込んでいるような者までいる。

 ムシャムシャムシャ! ハグハグハグ! やくもぉ……ムシャムシャムシャ! ハグハグハグ! やくもぉ ガツガツ! ムシャムシャ……

 咀嚼の合間にわたしを呼ぶ声。

 パゴダの隙間から見覚えのあるクセッ毛の頭が覗いている。

 ハイジだ!

 ハイジは顔のほとんどが口になってしまい、残った皮膚も赤黒くなってきて、緊急事態なことが分かる。このままじゃ、みんな大食死にしてしまう!

――ハイジの口を消してやれ――

 耳もとで声がした。

「え、だれ?」

 声のした右側を見るけど、誰もいない。

――ここだ、ここ、お前の耳だ――

 そう言われて触ってみると耳たぶの上に鉛筆が挟まれている。

「え、みちびき鉛筆!?」

 いつの間にと思ったけど、今はみんなを、ハイジを助けてやらなければならない。

 でも、どうやって、口を消すんだ?

――次のトレーが現れるのにコンマ5秒のタイムラグがある。その間、口は点のように小さく窄まる。そこを目がけて消してやるんだ――

「どうやって!? 消すものなんて持ってないよ! あんたは鉛筆だし!」

――おれの尻に消しゴムがついている――

「え?」

 触ってみると短い鉛筆のお尻はゴムになっている。

「よし、やってみる!」

 ピシュ!

 ハイジが食べ終わった瞬間を見計らって、逆さに持った鉛筆を横殴りにする。

 すると、ホクロほどに小さくなっていた口は一瞬で消えてしまい、次の瞬間、ハイジはバタリとテーブルに伏せて、伸ばした指がヒクヒク痙攣する。

「ハイジ!」

――大丈夫、すぐに元に戻る、それより大元の妖をやっつけるんだ――

「大元、どこに?」

――厨房だ――

 言われて厨房に目を向けるけど、パゴダの山に遮られて簡単には見えない。

――ジャンプしろ、このミチビキ鉛筆がついていれば、空だって飛べる――

「う、うん!」

 エイ!

 天井スレスレまでジャンプして……見えた!

 厨房に居るのはナリはいつものオバチャンだけど、顔はお化けピエロみたいなあやかしだった。

「退治してやる!」

 勢い込むと、お化けピエロは煙のようになって換気扇に吸い出されるようにして外に逃げて行ってしまった!

「待てえ!」

 反射的に追いかけると、わたしも換気扇に吸い込まれて、外に飛び出してしまったよ。



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やくもあやかし物語2・048『再びのみちびき鉛筆』

2024-05-23 15:51:11 | カントリーロード
くもやかし物語 2
048『再びのみちびき鉛筆』 




 さあ、朝ごはん!


『朝飯前のラビリンス』の成敗に時間を取られ、ただでも出遅れていた朝ごはん!

 プルルル プルルル

 部屋を出ようとしたら黒電話が鳴る。

「もしもし、なにかなあ交換手さん?」

 黒電話は交換手さんの棲家なので、電話の主は交換手さんに決まっている。

『あやかしが出たでしょ?』

「あ、うん。でも、やっつけたから大丈夫だよ」

『机の引き出しにミチビキ鉛筆が入ってます』

「え?」

 戸惑ったよ、二重の意味で。

 ミチビキ鉛筆は五角形のお尻に1~5の数字が書いてあり、試験の時に転がしたら正解の番号を示してくれる(『やくもあやかし物語・20・ミチビキ鉛筆』)優れモノだけど、選択肢が6個以上になると役に立たない。それに、夢の中に出てきた魔道具で、現実には存在しない。

「あ……えと、これは?」

『たまにこういうことが起こるんです。だって、八十年も昔の交換手が電話の中に住んで居たり、源氏物語のヒールキャラが1/12サイズになって引き出しに居たりするんですから』

 ヘクチ!

『さっきは間に合いませんでしたけど、今度は、きっと役に立ちます』

「他ならぬ交換手さんが言うんだ、ありがたく使わせてもらうね」

『はい、お誘いしておきながら真岡では十分なことができませんでしたし』

「ううん、デラシネも楽しんでくれたみたいだし、良かったと思ってるわよ」

『ありがとうございます。ま、わたしのささやかな、お……』

「お……?」

『お、応援です』

「ありがとう。じゃ、行ってくるね。御息所も風邪とかひかないでねぇ」

『さっさと行きなさいよ!』

「じゃね」

 ドアを閉めて一階の食堂を目指す。

 タタタタタタタ

 正直お腹もすいていたので、軽やかに階段を下りて一階の食堂に。

 もう、20分は遅れてるから、ほとんどの子は食べ終わって食堂から出てくるころだ。残って食べているのは食いしん坊のハイジぐらいのもの。

 あれ?

 ダイニングには、まだ寮生全員が残っていて朝食の真っ最中。

 ガツガツガツ! ムシャムシャムシャ! ハグハグハグ!

 ちょっと、みんなの食べっぷりがおかしかった(;'∀')!?



☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
  • 酒井 詩       コトハ 聴講生
  • 同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
  • 先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
  • あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス
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やくもあやかし物語2・047『朝飯前のラビリンス・2』

2024-05-18 11:16:46 | カントリーロード
くもやかし物語 2
047『朝飯前のラビリンス・2』 




 おちついて考える。


 あわてて動くとろくなことがない。

 まずは……名前だ。

 人にもあやかしにも名前がある。

 名前というのは取っ手なんだ。

 カップには取っ手があるでしょ。コップには無いけどね。

 コップにはお水とかジュースとかの熱くないものをいれるから取っ手が無い。

 でも、コーヒーや紅茶のカップには取っ手がある。

 熱いものをいれるからだよね。

 冷たいものでも量が多くなれば取っ手が付く。ね、ビヤホールのジョッキなんて、ごっつい取っ手がついてるよね。

 取っ手が無いとめちゃくちゃ扱いにくい。

 でしょ、コーヒーカップに取っ手が無くって直に掴むのって難しいでしょ?

 日本の茶碗とかには取っ手が無い。

 熱々のお茶をいれた湯飲み茶わんだって、直に持つ。アプローチというか把握というか掴まえかたというか、日本は独特で重要なことなんだけど、それは、またべつの機会にね。

 ここはヤマセンブルグ。ヨーロッパだからヨーロッパのやり方でいく。

 つまりね、やくも流の取っ手を、さっさとつけてしまう。

 正式には、下を噛みそうな横文字の名前なんだろうけど、そんなの検索も詮索もしない。

 おまえは……朝飯前のラビリンスだ!

 グニュ

 廊下の景色が、いっしゅんゆがむ。

 はんぶん腹が立って、はんぶんは動揺してる。ざまあみろ。

 で、奴の正体なんかどうでもいいという感じで、御息所の気配をさぐる。

 御息所はもともとは鬼の手だし、 ついさっき怒ってプンプンしたところだから、その気になればすぐに分かる。

 …………え?

 ちょっと意外だった。

 てっきり、たくさん並んでるドアのどれか。あるいは裏をかいて反対側の窓のどれかだと思った。

 でも、御息所の気配は廊下の天井からしてくる。

 でも、迷いはしない。

 気配がもれてくる天井のところをめがけてジャンプ!

 グヮラリ

 すごくいやな感じがして重力の方向が90度変わって、いっしゅんで天井が壁に変わってドアが現れて、そのドアの下の方にぶつかる!

 バッターン! ゴロゴロゴロ……

 鍵をかけ忘れていたドアは簡単に開いて、わたしは部屋の真ん中あたりに転がっていく。

 痛っあ……!

 お尻を押えて起き上がると、ベッドの布団の隙間から御息所が顔を覗かせている。

『ちょ、どうしたのよ!?』

 ついさっきケンカしたのも忘れて目をぱちくりさせる御息所。

「あやかしよ! 廊下に出たとたんにあやかしがぁ(>〇<)!」

『あ、あやかしの気配……でも、遠ざかってる』

「え……あ、ほんとだ」

 台風が遠ざかっていくのを早回しにしたらこんな具合……そんな感じで気配は遠のいていく。

 やつは、名前を付けられたことで気分を悪くし、御息所の気配でわたしがまやかしを見破ったんで逃げていったんだ。


 とりあえず、最初の一匹はやっつけた。

 
 メモ帳の一ページを破って『朝飯前のラビリンス 成敗』と書いて壁に貼った。


☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
  • 酒井 詩       コトハ 聴講生
  • 同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
  • 先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
  • あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名 朝飯前のラビリンス

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やくもあやかし物語2・046『朝飯前のラビリンス・1』

2024-05-11 16:01:11 | カントリーロード
くもやかし物語 2
046『朝飯前のラビリンス・1』 




 ブレザーを着て朝食に行こうとしたら、ポケットがグンと重くなった……と思ったら、いっしゅんで軽くなる。

 ちょ、なにしてんのよ?

 声に出さずに、部屋のどこかに居る御息所に声をかける。

『くそ、やっぱり気が付いたか』

「分かるわよ、長い付き合いなんだから」

 ポケットがグンと重くなったのは、御息所が踏ん張ったから。いっしゅんで軽くなったのは、踏ん張りを効かせてポケットから飛び出したから。
 御息所は、霊体同然で重さなんかほとんどないんだけど、付き合いが長いから分かってしまう。

『ネルの爺さんと変な契約したでしょ。巻き込まれるのヤダからね、しばらくは部屋にいるわ』

「あ、そう」

 ちょっとツッケンドンに返事して回れ右。

 嫌な時には黙って姿をくらますのが御息所流。それが、気配を悟られたからといって、わざわざ『巻き込まれるのヤダからね』とにくたらしく返されるとムカつく。

 チ (`ε.´●)(; `-)

 舌打ちまで重なってしまって、ますますシャク。

 バタン

 乱暴にドアを閉めて廊下に、数歩歩いて鍵を閉めていないことに気付く。

 ネルは先に食堂に行ったし、御息所は居ても何の役にも立たないし、鍵はかけなくっちゃ。

 カチャ

 鍵をかけて、再び廊下を歩く。

 あれ?

 廊下の果てが見えなくなっている……広い宿舎だけど、ちゃんと廊下には突き当りがあって、突き当りからは階段が下っていて、一階の食堂に行けるはずだ。

 自分の部屋からは50メートルも歩けば突き当り……のはずが、廊下の突き当りは、はるかに霞んでズーッと廊下が伸びている。

 あ、やられた!

 あやかし慣れしてるんで、パニックにはならない。

 ただね、こういうあやかしのシデカシを見抜いて綻びを見つけ、それをやっつけるのは、とてもめんどくさい。ナザニエル卿が言っていた七匹のあやかしに違いないだろうから、日本の森で出会ったアレコレとは違うだろうし。

 廊下の右側は寄宿舎だからドアが並んでいる。左側には外に繋がる窓が柱のワンスパンに一個の割で付いている。

 ドアを見ると自分の部屋の番号と名前が付いている……から安心ではない。

 部屋を出て10メートルは歩いてる。もう二つか三つ隣の部屋の前のはずだ……一つ戻って確認。

 思った通り、同じ番号、同じ名前。

 窓から外を見る……いつもの景色なんだけど、これもクセモノ。

 隣りの窓……さっきの窓と同じ景色。窓のすぐ外の木の枝ぶりまでいっしょ。きっと、どこの窓からでも同じ景色しか見えない。

 安物のゲームが同じテクスチャを繰り返してラビリンスやダンジョン作っているのと同じ。

 試しに窓を開けてみると、外の景色ではなくて、ここと同じ廊下だ。景色は窓ガラスに投影された3Dの映像みたいなものだ。

 感覚的には三つ手前のドアが本当の自分の部屋。

 三つ戻ってドアのカギ穴を覗く……自分の部屋が見えている。
 
 でも、安心はできない。

 鍵を開けてドアを少しだけ開けて覗いてみる……自分の部屋なんだけど、うさんくさい。

 ハンカチを丸めて投げてみる……ハンカチは一メートルも行かないところで消えてしまう。

 ああ、やっぱり3Dの映像だ。

 窓にしろドアにしろ、そこから見えているものはフェイクで、そこから出たら……たぶん、同じ廊下だと思う。

 一見すごくは見えているけど、ゲームで言えば数百メガバイトくらいで作れてしまう低級なラビリンス。

 でも、ヤケになってウロウロしたり飛び出したりしたら、体力も気力も擦り減らして倒れるか発狂するか。

 ええ!?  なんでぇ!?  どこだ!?  ここは!?  ちょっとぉ!

 微かだけど、みんなの声が聞こえる。

 低級なせいか、混乱させるたものフェイクか……返事したり呼びかけたりしてはダメだ。

 なまじ声だけするから、みんな必死で伝えようとして、かなり早く体力を奪われる。

 それに、みんな朝ごはんのために食堂にいくところなんだ。お腹が空いているだろうし、それに飲み水だって持ってない。

 声を出して動き回ったら三日ももたないだろう。

 けっきょくは、無限にあるだろう真のドアを見つけて出ていくしかない。

 おーい!  だれかぁ!  返事してぇ!  おーい!

 ああ、そんなに叫んで……三日ももたないかもしれない。

 朝飯前のラビリンスは朝めし前というわけにはいかないようだ……


 
☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
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  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
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やくもあやかし物語2・045『寝物語』

2024-05-05 15:55:41 | カントリーロード
くもやかし物語 2
045『寝物語』 





「ツボルフというのは、エルフの王族のことなんだ」


 部屋の明かりを消そうと思ったら、組んだ腕を枕にしたネルがポツリという。

 起きて聞くべきかと思ったけど、そのままベッドに入って同じように天井を見る。部屋の明かりは薄オレンジの常夜灯。

「お名前に『フォン』が付いてたから、貴族階級だとは思ってたけど」

「辺境伯って言うんだ、むかしむかし、都を離れて蛮族との境目に領地を持って国の守りを引き受ける代わりに、ほかの王族や貴族には無い強い力を与えられている。お父さんは跡継ぎだったんだけどね、お母さんと結婚したから当主の継承権を失ったんだ……だから、お祖父ちゃん、あの歳でも現役」

「エルフって、長生きなんだよね」

 いま流行のエルフのアニメ、主人公は軽く1000歳を超えるエルフの魔法使いだ。

「うん、アニメほどじゃないけど、人の十倍は生きる」

 ちょっと考えた。

「ということは……」

「あたしは掛け値なしの十七歳さ」

「そのう……」

「なに?」

「ネルって、ワケありっぽいからさ……」

「なんだ、遠慮してたのか?」

「あ、ううん……そういうことは相手が話さないかぎり触れるもんじゃないと思ってたから」

「そっか……じゃあ、独り言だと思ってくれていい」

「う、うん……」

「お母さんは普通の人間なんだ」

「え、そうなの?」

 生粋のエルフだと思ってたよ。

 背は高いし、耳も立派にピンと張ってるし、運動神経はいいし、美人でスタイルもめちゃくちゃいいし。

「お父さんは、人間と結婚した罰で討伐隊に出されて、あたしは、小さいころから白い目で見られるし……ずっとお祖母ちゃん、お母さんのお母さんとこで暮らしてた」

「差別とかされたんだ……」

「まあね……でも、無理はないとも思ってる」

「どうして、差別はいけないことなんだよぉ」

 思わず起き上がってしまった。

「フフ、だってさ、人間はエルフの1/10以下しか寿命が無いんだよ。エルフは1000年以上生きるからね。歳をとれば体力も判断力も落ちるし、いっしょに生きるのはむつかしい『ちょっと旅に出る』って言って、50年100年戻ってこないなんて普通だからね。まして辺境伯って領主だからね、御領主さまが、何十年の単位でしか領主の地位にとどまっていられなかったら領地の支配なんて任されないからね」

「でも、お父さんは……」

「人と交わるとエルフの寿命も縮んでしまう……って言われてる」

「え、そうなの?」

「うん、伝説も含めるといくつか前例があるんだけど、普通以上に生きた例は無い。だからね、放り出されるか放り出される前に自分から出ていくしかない」

「じゃ、ネルがうちの学校に来たっていうのも……」

「そればっかりじゃないけど……エルフの女って、17歳ぐらいの状態で1000年以上生きるんだ。だからさ、5年とか10年で変わってしまうのは、ちょっと辛くってさ……そういうのを周りから見られてるって、もっと辛くってさ、まあ、逃げて来たってとこ」

「そうなんだ」

 ……そこまで話すと言葉が無くなった。

 肝心なことを聞いてない気がするんだけど、ちょっと踏み込む勇気が無いよ。

 でも、ここまで聞いて終わりにしたら、ちょっと薄情な気もする。

 エルフの辺境伯……ただの王族、貴族じゃなくて力がありそう……その孫娘……人とエルフのハーフだから、寿命はたぶん人間並み。
 
 でも……ひょっとしたら長生きかも……仲間のエルフがネルを見る目……生まれたのはネルが選んだことじゃない……だけど、ご領主さまの孫娘、きちんと聞いていないけど、まだ正式な後継ぎとかは決まってない感じがする……。

 ナザニエル卿は結界を張るために来たって言ってるけど、だったら、なんで、露天風呂で待ち伏せとかして……話をするんだったら、もっと他に方法はあったと思うよ……たしかに、あやかしとか出てるんだったら、やっつける必要あるんだろうけどさ……。

 そうだ、まずはあやかしだ。

「ねえ、ネル……」

 ………………。

 体を捻って隣のベッドを見ると、肝心の本人は美しい横顔を見せて寝息を立てていたよ。


 
☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
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やくもあやかし物語2・044『露天風呂のナザニエル卿』

2024-04-30 10:47:23 | カントリーロード
くもやかし物語 2
044『露天風呂のナザニエル卿』 





「罰に、露天風呂の掃除をやっとけ!」


 ソフィー先生に叱られる。

 夕べ、ネルに届いたお祖父さん(ヴォルフガング・フォン・ナザニエル卿)の手紙にビックリして福の湯の湯船の掃除を忘れてしまったからね(-_-;)。

 それで、ジャージの裾をまくって露天風呂に。

「じゃあ、元栓停めるよ」

「まだ、いけるのになあ……」

 露天風呂はかけ流しなんで、お湯を抜いてする掃除は週に一度。おとつい別の班がやったから、そこまでやる必要はないんだけど『ちゃんと湯を抜いてな!』とダメ押しされてるから仕方がない。

 わたしは高圧洗浄機のホースをつなぐ。

 ザッパーーン!!

 いっしゅんネルが浴槽に落ちたのかと思った。元栓は湯船の岩の縁を周らなきゃいけないから足場が悪い。

 でも、そうじゃなかった。

「お、お祖父ちゃん!?」

 なんと、お湯の中に潜っていたんだろう、ナザニエル卿がスッポンポンで岩風呂の真ん中に立ってる。

「待っていたぞ、お前たちも入れ」

「あ、あたしたちは掃除に来たんだよ、お祖父ちゃんこそ(^_^;)」

「四の五の言うな!」

 ヒエエエ(#*´▢`*#)! ザップーーン!

 ナザニエル卿が指を動かすと、いっしゅんで服が消えて、そのままネルと二人、岩風呂に強制入浴させられた。

「セ、セクハラだよ祖父ちゃん!」

「ワハハ、気にするな」

「気にするわヽ(`Д´)ノ」

「…………」

「やくもだったか、君は、少しは分かっているようだな」

「あ、浴槽に投入される時に……」

 ジャージと下着がしゅんかんで消えて、体が持ち上がって風呂に投入される時に、ゾゾっとくるものがあった。

「ああ、すでに入り込まれている。戦闘力は知れているが、諜報能力に優れた妖どもだ。なあに、しばらくはあの者たちが誤魔化してくれる」

「「あ」」

 岩風呂の外では、ネルとわたしのジャージが生きてるみたいに掃除をしてくれている。

「敵には、おまえたち二人に見えている」

「じゃ、ここは?」

「無人に見えている。温泉の性質がいいんでな、魔法の効きがいい」

「で、なんなのよ祖父ちゃん?」

「今も言ったが、すでに入り込まれている。一重目の結界は張り終えたが、もう二重張り足そうと思う。わしは、その作業に専念するから、お前たちに、侵入者の退治をしてもらいたんだ」

「無理だよ、そんな力ないし、うちら、まだ魔法学校の生徒なんだし!」

「コーネリア、お前には力がある。やくも、君にもな。日本ではいろいろ活躍したようだしな」

「いいえ、そんな……」

「いやいや、ここに詳しく出ているぞ」

 ナザニエル卿が指を動かすと、前作『やくもあやかし物語』がゾロゾロ現れた。

「ワシは、すでに女王陛下や森の女王ティターニアにも話をつけた。他にもデラシネが役に立ってくれそうだしな。そうそう、アーデルハイドも捨てたものじゃない。だれと、どう力を合わせるかはお前たち次第だが……」

「ちょ、待ってよお祖父ちゃん」

「グダグダ言うな。必要な情報は、その都度知らせてやる。励め」

「励めたって……」

「これ以上は、お祖父ちゃんではなくて、ツボルフからの命令になるぞ」

「グヌヌ……」

 ツボルフ?

「さあ、では、当面の敵について……」

 ナザニエル卿は、現時点で確認できている七種類の妖について説明してくださる。卿も退治してくださるようだけど、結界を張るのが第一の仕事なので、がんばって欲しいと……見つめられる目は、ちょっと怖いかも(^_^;)

「では、よろしくな」

 そう言うと、卿はクルリンと指を回す。

「「ああああ!」」

 ネルとふたり、岩風呂から放り出されたかと思うと、空中で一回転。あっという間に水気が抜けて、着地した時にはジャージを着ていた。

 振り返ると、卿の姿はすでになかった。


 朝になって、岩風呂の浴槽の掃除をし終わっていないことに気付いたけど、叱られることもやり直しを命じられることも無かったよ。

 でも、卿が言ってたツボルフって何のことだろ?

 


☆彡主な登場人物 
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やくもあやかし物語2・043『ヴォルフガング・フォン・ナザニエル卿・2』

2024-04-24 10:12:27 | カントリーロード
くもやかし物語 2
043『ヴォルフガング・フォン・ナザニエル卿・2』 



 ナザニエルとナサニエル……どう違うんだろう?


 祖父と孫だから同じ一族だと思うんだけど『ザ』と『サ』が違う。

 もっと細かくいうと『‶』があるかないかだけの違い。

 祖父というんだから、血のつながりがあるわけで、それは、顔つきやエルフ独特の長い耳でも分かった。

 手紙を読んだ時のネルの驚きとうろたえぶりを見ると、すこしためらわれたけど、聞いておかなきゃと思った。


「日本語だと『‶』があるかないかだけだろうけど、横文字で書くと『Nathaniel 』と『NaZaniel 』、違うだろ」

 ネルは、メモ魔法で浴槽の湯気を文字に変えて示してくれる。

 あ、今はお風呂に入ってるんだよ。

 今日は福の湯の掃除当番にあたっていたし、しまい風呂に入って、浴槽以外を掃除してから湯船に浸かる。そうすると、ゆっくりお湯に浸かった後、ザザっと湯船の掃除だけで済むからね。

「どう違うの?」

「『NaZaniel 』の方が、本当の苗字なんだ」

 そう言うと、湯気の『NaZaniel 』が『Nathaniel』の三倍くらいに大きくなった。

「うちのお父さんは長男だったけど、お祖父ちゃんや一族の反対押し切って結婚しちまったから『NaZaniel 』は名乗れなかったんだ」

「それで『Nathaniel』なの?」

「うん、日本の将軍て『徳川』だろ?」

「あ、うん。他にも御三家とかが徳川だけどね」

「将軍から枝分かれしたのは『松平』って呼ばれるだろ」

「あ、うん」

 松平っていうのは徳川の旧姓で、徳川よりも一段低い。

「その『松平』に似てるかなぁ……でも、立場はもっと低い。お父さん死んでから、いっそうひどくなってさ……この学校に来たのも……まあ、そういうわけさ」

「あ、えと……でも、ちゃんと手紙とかくれたんでしょ?」

「ああ、あれなぁ……」

 ネルが湯気文字を消すと『親愛なる我が孫娘コーネリア・ナサニエルへ』という手紙が現れた。ネルが読むなりベッドに座ったまま飛び上がった、あの手紙だ。

「親愛なる我が孫娘って、なんだか優しいじゃない(^_^;)」

「それは、ただの慣用句。中身はこれだよ……」

 
――今度、そっちの学校に行く。顔を洗って待っていろ!――


「え……ええ!?」

 あんまりビックリして、湯船を掃除するのも忘れて部屋に戻ってしまったよ(-_-;)。

 

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やくもあやかし物語2・042『ヴォルフガング・フォン・ナザニエル卿・1』

2024-04-19 17:35:18 | カントリーロード
くもやかし物語 2
042『ヴォルフガング・フォン・ナザニエル卿・1』 



 四時間目の魔法史の時間が終わると全員講堂に集められた。


「グ……校長が来てんぞぉ」

 ハイジが地声で呟いた。

 本人は呟いたつもりでも、ハイジの声はよく通る。とたんに集会指揮のメグ・キャリバーン教頭先生が睨む。

 あ、気持ちは分かる。

 校長はめったに顔を見せないし、いかつくってとっつきにくい。

 なんでも、学校を立ち上げるについて、各方面に気を使ったり抑えがきくようにしたそうで、それは総裁にヨリコ王女を頂いていることでも分かる。

 でも、議会や貴族たちの抑えとしてはヨリコ王女は若すぎるし、日系でもあることから軽んじられることも無きにしも非ず。それで、直接のファイアーウォールとして長老的貴族であるカーナボン卿を校長に戴いているんだとか。

 ハイジが睨まれたので、その後は静かになって、教頭先生が演壇の下に居たままマイクを握る。

「授業終了後の全校集会で申し訳ない。でも、とても大事な話だから、しっかり聞くように。校長先生、どうぞ」

「うむ」

 鷹揚に頷くと、猛禽類が鬚を付けたような校長のカーナボン卿がゆっくりと演壇に上がった。

「諸君らも承知している通り、ヤマセンブルグを含む全ヨーロッパは東からの脅威にさらされている」

 みんなの顔が上がる。

 日本で東といえば単なる方角だけど、ヨーロッパで東というと、あの巨大すぎる国の事を指す。じっさい戦争やってる真っ最中だしね。

「かの国の脅威は実弾飛び交う戦場ばかりではない。様々な妖や精霊による侵攻は少しずつヨーロッパ全域に広がりつつある。その脅威に備えるために、本校を含む王宮全域に結界を張ることになった」

「校長先生、すでに王宮には結界が張られているのではないんですか?」

 英国貴族でもある優等生のメイソン・ヒルが口を挟む。

「いかにも。ヤマセンブルグ最高の結界が張られてはいる。だが、それでは心もとないという状況になりつつある。そこで、結界と防御魔法の第一人者を本校に招へいし、結界の補強と防御、それに防御魔法の指導の為に北の国より特別講師をお呼びした。ヴォルフガング・フォン・ナザニエル卿であーる!」

 こういう場合、礼儀として拍手が起こるものだけど、奥のドアからものすごい圧がして、みんな声も無かった。

 だって、ヴォルフガング・フォン・ナザニエル卿は立派な耳を持ったエルフ!

 そのうえ、なんとなくうちのネルに似たおっさんだ。

 え?

「うん、うちのクソジジイだ(-_-;)」

 ええ、ネルのお祖父さんが来るって、こういうことだったの!?

 チラ見すると、ネルは赤い顔して俯いて、でも耳だけはピンと立ってる。

 これは、ネルがブチギレてる時の特徴だよ……たぶん。



☆彡主な登場人物 
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やくもあやかし物語2・041『ネルの手紙と手袋の穴』

2024-04-11 11:20:58 | カントリーロード
くもやかし物語 2
041『ネルの手紙と手袋の穴』 





 昔の樺太を見せてあげられなかった……と、交換手さんは、少し申し訳なさそう。

「ううん、そんなことないよ」

 ひとことだけ受話器に言って、こんどの樺太へのプチトラベルはおしまい。

 チャンチャン焼き食べたし、間宮林蔵の記念碑見たし、デラシネもいつも通り教室とかに来るようになったし。


 ドッヒャアアアアア!!


 ネルがあぐらかいたまんまベッドの上で飛び上がった。

 手に手紙を開いたまま、胸と耳がプルンと揺れて、ベッドがすごい悲鳴を上げた。

「ヒヤ!」

 あやうく針で指をつくところだった!

 ほら、樺太に行くとき、御息所用にデラシネから手袋を借りたじゃない。こっちに帰って見ると親指の先が破れていて、それを繕っているところだった。

「もお、ビックリするじゃない、どうしたのよ(>△<)!?」

「ごめん、ちょっとショックなことが……」

「その手紙ぃ?」

「うん、お祖父ちゃんが、学校に来るって……」

「え、ネルのお祖父さん!?」

 いっしゅん自分のお祖父ちゃんの顔が浮かんで、思わず嬉しい声になってしまった。

「やくもが思ってるようなジジイじゃないから……」

 ネルは、ガックリと肩を落とした。

 エルフは耳にも気持ちが現れるんで、耳も雨に打たれたリボンのようにしおたれてしまっている。

『ちょっとぉ、目が覚めてしまったわよぉ……え、どうかした?』

 机の引き出しが半分開いて御息所が顔を出す。

「ちょっと、外に出てる……」

 耳を萎れさせたまま、ネルは部屋を出て行ってしまった。

『どうしたのネルのやつ?』

「うん、お祖父さんが学校に来るって……」

『ふうん……あ、手袋に穴空いたのぉ?』

「あ、うん、戻ってきたら穴が開いてて、借り物だからね、ちゃんと繕って返さなきゃね」

『元から破れてたんじゃないの、親指って、お土産用に開けてたし……あ、血がついてるし』

「え、あ……!」

 さっきビックリして、指を刺してしまったんだ。

 トントン トントン

 ティッシュで叩いて、なんとか血をふき取る。

『けっきょくお土産は無かったけどね……』

 そう言いながらも机の中からサビオを出してくれる。

「ありがとう、優しいところもあるんだ」

『当たり前でしょ、これでも元々は東宮妃よ、御息所の呼び名は伊達じゃないのよ。じゃあね、もうひと眠りするから』

「ええ、まだ寝るのぉ?」

『春眠暁を覚えずよ、文句ある?』

「あはは、まあ、いいけど」

 チン

 引き出しが閉まると、窓に小石がぶつかる音。

 窓を開けると、下でハイジが手をメガホンにして「メシ、いくぞお!」と叫ぶ。

 そうか、今日はハイジが楽しみにしていたクジラの大和煮のカツが出るんだ。

 サビオを巻きながら部屋を出る。

 ネルを探さなきゃね。

 トン トン トン……

 階段を一段飛ばしで降りていくと、踊り場にデラシネ。

 手のひらに何かを載せてシミジミしてる。

「どうかした、デラシネ?」

「あ、お土産落ちてたから」

「え?」

「ほら、御息所の手袋」

「え、やっぱりお土産入ってた?」

「うん、これ」

 突き出した手のひらにはフィギュアの付属品みたいな小さな槍が載っている。

「え、槍ぃ?」

「うん、やくもにあげる」

 そう言うと、二段飛ばしで階段を下りて食堂へ走って行った。

 リアルに食べられるわけじゃないけど、やっぱりみんなで食べるのが好きみたいだ。

 窓からの光にかざして見ると、槍の柄には『おもいやり』と小さな小さな字で彫ってあったよ。


☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
  • 酒井 詩       コトハ 聴講生
  • 同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
  • 先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
  • あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名
 
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やくもあやかし物語2・040『樺太の空を飛ぶ』

2024-04-06 15:07:59 | カントリーロード
くもやかし物語 2
040『樺太の空を飛ぶ』 



 おいしく樺太ランチをいただいて郷土博物館の外に出る。

「ちょっと高く飛ぶので息を合わせて」

 少彦名さんが指を立てる。

「息を合わせるって?」

「1、2、3、でジャンプ。そのタイミングを合わせるんだ」

「は、はい」「う、うん」

 デラシネと返事をすると、少彦名さんは狛犬の太郎と次郎に合図を送る。太郎と次郎は首だけこっちに向けて、顔が怖くて図体が大きいものだから、ちょっとおっかない。

「それ!」

「「えい!」」

 グワーーーーーーッ!!

 ジャンプすると同時に太郎の方が盛大に息を噴き出して、やくもたちを屋根の高さまで上げてくれて、すこし遅れて次郎が息を噴き出して、次に太郎、次郎と交互に息を噴き出し、あっという間に、ジェット機、いや、人工衛星が飛ぶくらいの高さに上げてくれた!

『すごいですね! わたしの力ではこの高さまでは無理でした!』

 交換手さんが御息所の口を借りて感激する。

「でも、なんでコマイヌは互い違いでしか息を吐かないんだぁ、ジグザグに上がったから、ちょっとクラクラする」

 デラシネが目を回しながら言う。

「申しわけない、阿吽の呼吸と云ってな、片方が口を開けている時、もう片方は閉じているものなんだ」

「そうか、まあ、上がってしまったからいいんだけどね」

『樺太の形がよく分かりますねえ』

「うん、それを見てもらうために高く上がったんだ」

「樺太って、大きいんですねえ……」

「ああ、北海道と同じくらいの面積だからね」

『真岡って、けっこう北の方にある感じだったんですけど、南ですねえ』

「交換手のころの日本領は南半分だけだったからね」

『そうですね、人間は、自分が住んでいるところを中心に考えますねえ』

「なんだか、美味しそうにも見える」

 グルグルが落ち着くと変なことを言うデラシネ。

「え、島がか?」

「吊るしたシャケに見える」

『お昼にチャンチャン焼きを食べましたからね』

「島が食べ物に見えるのは平和で楽しいね」

「そうだな、やくも」

「ほんとうは、昔の樺太を見せてやれるとよかったんだけどな、まあ、逆にこういう樺太を見るのも悪くはない……ほら、あの海が狭くなったところが間宮海峡だ」

 少彦名さんは、指で空中に字を書いた。

「……日本の名前が付いているのか?」

「ああ、間宮林蔵って人が発見したんだよね」

 ちょっと得意になって知識をひけらかす。

「ああ、そうだ。それまで樺太は島なのか半島なのか結論が出てなかったんだ」

「半島?」

「ああ、カムチャツカ半島と区別がついてなかった」

「アハハ、バッカじゃない、どう見たって島だろぉ、カムチャツカ半島って、もっと東の方……あれだろ?」

 身を乗り出して東の水平線のあたりの陸地を指さすデラシネ。

「ほぉーー」

「なに感心してんだ、こんなの中学レベルの地理だろがぁ!」

「あ、いや……」

「しっかりしろよ、王立魔法学校の生徒だろーが」

「あははは(^_^;)」

 ほんとは、デラシネの伸ばした指と横顔がきれいで「ほぉーー」だったんだけど、言わない。

『そう、間宮林蔵が樺太を船で一周して島であることを確認したんですよね、女学校で習いました』

「え、だったら樺太は日本だろ?」

「え、なんで?」

「領土と言うのは、最初に発見した奴の国になるんだぞ、ヨーロッパじゃそうだぞ」

「あ、そろそろ下りるぞぉ」

 質問には応えずに、少彦名さんは間宮海峡に近い小さな村を指さした。


 ザザザーーー


 地面をこするようにして下りてきて、自分たちが乗っていたのが芋の皮のようなボートであったことに気付いた。

『天乃羅摩船(アメノカガミノフネ )ですね』

「え?」

『ふふ、むかし習ったんです。少彦名さんは、これに乗って海の向こうからやってきたことに……あ、もう先に行ってますよ!』

 少彦名さんといっしょに行ったデラシネがたぶん「早く来い!」というように腕を回してる。

「もう、先に行かないでよね」

「すまん、これを見せたくて焦ってしまった」

 頭を掻きながら少彦名さんは太い二本の柱に挟まれた石板を示した。

『これは……間宮林蔵到達記念碑?』

 石板は立派なのに、柱は枕木みたいに粗削りで武骨だ。

「ああ、古地図や間宮林蔵の残した資料を基に、林蔵がこの村に来たことを知った日本の関係者が残していったんだ。草に埋もれてしまいそうになったのを村人たちが補強して目の高さにしてくれたんだ」

 ええ!?

 みんなビックリした。

 交換手さんも知らなくって、感動して涙ぐんでいる。

 借りているのが1/12サイズの御息所なものだから、なんだか御息所がとても優しくなった感じで、ちょっと混乱(^_^;)。

 デラシネは微妙にブスっとして、でも、わたしには分かったよ。

 デラシネは感動すると、こういう顔になる。


 それから、わたしたちに気付いて家から出てきた村の人たちと、陽が沈むころまでお話して、ヤマセンブルグに帰ったよ。

 

☆彡主な登場人物 
  • やくも        斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
  • ネル         コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
  • ヨリコ王女      ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
  • ソフィー       ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
  • メグ・キャリバーン  教頭先生
  • カーナボン卿     校長先生
  • 酒井 詩       コトハ 聴講生
  • 同級生たち      アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
  • 先生たち       マッコイ(言語学) ソミア(変換魔法)
  • あやかしたち     デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン 三方 少彦名


 

 
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