この暑さの中、まだ続いている。
なにがって……綾香のヨガ。
いまも宿題やってる俺の横で、新しいポーズに挑戦中なのだ。
綾香の悪戦苦闘からは、どんなポーズにしたいのかよく分からないが、タブレットに出ている見本では、こんな具合。
インストラクターのオネーサンは座った姿勢で片足ずつ持ち上げて、首の後ろで組んでいる。胸の前で合掌して決めポーズ。
二つに畳まれた人間が股の間から顔を出すのは、なんともシュールだ。
「クッソー、あともうちょっとなのにい(;゚Д゚)」
飽き性の綾香がここまでやるのは珍しい。でも、さして広くもないリビングでやられるのは気が散ってしょうがない。
ポーズを作るのに動物的な唸り声をあげられるのが耳障りだし、Tシャツにビッチャリ汗をにじませるのも鬱陶しい。
「おい、汗が飛ぶ!」
テーブルのタブレットに飛びつく勢いで俺のとこまで汗が飛び散る。
「どーして、こんなに柔らかいのかなあ……」
俺の苦情をシカトして検索をし始める。
「……そうか、お風呂で練習すればいいんだ! お風呂掃除したよね!?」
まるで下僕に対するような物言いだ。
「朝の内に済ませてあるよ」
「フフン、愛い奴じゃ、誉めて遣わす」
汗をまき散らしたのもそのままに、敵は二階へ駆けあがる。切れそうな集中力をなだめつつ宿題に戻る。
綾香が消えたので、読書感想にかかる。もっとも書くんじゃなくて、課題図書を読むところからだが。
三行読んだところで、綾香の声が降って来る。
「ちょっと! 替えのパンツが無いんですけど!?」
あ、干すの忘れてた!
春には、自分のものは自分で洗濯すると決心した綾香だったが、一週間と続かなかった。それ以来、風呂に入った時に下洗いしておくことを条件に俺がいっしょに洗ってやっている。
「あ、わりー、とりあえずおニュー下ろしとけや」
「んもー、スペアは二枚っきゃないんだからね。買いに行かなくっちゃ、すぴかでも誘おっかな……」
ブツブツ言いながらも二階に戻り入浴準備をやり直すようだ。俺も忘れちゃいけないので、ベランダに出て洗濯機の蓋を開ける。半日も開いていたら洗い直しだけど、ま、三時間ぐらいなら干せばいい。
干したついでにシーツと枕カバーも洗濯することにする。
洗剤ぶち込んで、スイッチを押したところでアナウンスが聞こえてきた。
―― ピピピピ ピピピピ お風呂場で読んでいます お風呂場で読んでいます ――
湯沸かし器の合成音声が、いつにないフレーズを繰り返している。
浴室で転んだか!?
幼児のころ風呂場で転んでケガをした綾香が思い浮かんで、とるものもとりあえず風呂場に急いだ。
「どうした、綾香!?」
「そのまま入んな! 目つぶってから入れええええええ!」
妹とは言え年頃の娘だ、言われるままに目をつぶって浴室のドアを開けた。
「ちょっと、こんぐらがったから、ほどくの手伝って」
湯船に手をついて、手をそよがせると綾香の足に触れた……え、足!?
なんと、浴槽の水面からは綾香の首と足が一緒に出ていた。
「目、目開けるなああああ!」
どうやら、湯船の中でヨガのポーズを(さっきの折り畳み)成功させたはいいが、浴槽につかえて自力では解けなくなったようだ。
「もたもたしてないで、さっさと救出!」
「わ、わーってる! で、でもなあ……」
「ワブ! 沈む!」
「掴まれ!」
手を差し伸べるが、なんせ二つ折りの状態、沈みかけた姿勢は容易には回復できない。
「ウブ、ウブ……」
「綾香!」
俺は浴槽に飛び込んで綾香の脇に手を潜り込ませ沈下を防ぎ、渾身の力で引き上げる。
グヌヌヌヌ……!
アニメだったら『スッポン!』とかの擬音が付いているだろう。まさに抜けたという感じで引き上げることができた。
むろん目をつぶったままやれる芸当じゃない。
気が付いたら、必然的に綾香のアラレモナイ姿が目の前にあったのだった。
♡主な登場人物♡
新垣綾香 坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし
新垣亮介 坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし
夢里すぴか 坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止
桜井 薫 坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん
唐沢悦子 エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ
高階真治 亮介の親友
北村一子 亮介の幼なじみ