REオフステージ (惣堀高校演劇部)
156・秋風を予感して 松井須磨
瀬戸内美晴を凹ませて体育館の外廊下に出る。
スチールの扉を開ける時、秋風を予感した。
だって、窓から見えた空、たたなづく秋の叢雲は風を予感させたから。
あ、たたなづくは山とか八重垣の枕詞だっけ。まあいい、今のわたしは、空の雲さえ、おごそかに言ってみたい気分。
だけど、風の向きなのかグラウンドに面した外廊下にはソヨとも風は吹いていない。
こんな凪のようなグラウンドでも、ヘリコプターが不時着した時はオズの魔法使いのつむじ風よりも凄かった。慌てたわたしとミリーはうまく車いすが操作できなくて、啓介がバットを放り出して駆けつけて、千歳をお姫様ダッコして中庭まですっ飛んで行った。
学校も人間も、外からの風にあおられないと本気では動き出さないものなのかもしれない。
一般の生徒は教室に戻って授業だけど、わたしはタコ部屋に戻る。
急ぐことは無い、授業が待っているわけじゃないからね。
美晴には、ああ言ったけど、けして悪いことじゃない。十代は大いに悩めばいいのよ。
啓介と千歳と伊藤香里菜。
どうくっついても、傍から見ている分には面白い。別れても面白い。
いろいろドラマチックにはなるだろうけど、それで人は鍛えられていくんだ。あとで振り返れば、人生のいい肥やしになっているさ。
ミリーは、ちょっと深刻。
田中さんのお婆ちゃんが亡くなって、シカゴの家族はテキサスに引っ越す。
テキサスなんて、ミリーにとっちゃ外国同然なんだろうね。
中学から留学生で大阪に来てる。田中さんのお婆ちゃんに鍛えられて、大阪弁なんか、わたしより達者だもんね。彼女、頭の中で考える時も英語じゃなくて大阪弁でやってると思うよ。
ミリーは、あと5年とか10年のスパンで日本にいればいい。
めちゃくちゃ不安なんだろうけど、啓介もいることだしね。付き合いの長さからいったら、啓介にいちばんお似合いなのはミリーなのかも。保健室でカマをかけた時のリアクションは千歳と変わりない。
保健室のミリーを見て「わたしもね、来年卒業するんだ」と、あっさり口をついて出た。卒業は山梨に行くことなんだ。こんなあっさり口にするとは思わなかった。ひい祖母ちゃんはミリーに感謝すべきだ。
階段を下りると、時計塔の前で朝倉さんがハイス薬局のおじさんと話している。なんか要領を得ないという感じなので、傍まで寄ってみる。
「あ、スマちゃん」
同級生時代の愛称で呼んできた、やっぱり持て余してる。
「どうかしたんですか?」
「薬局のおじさんがねぇエリ-ゼって人形をどうとかで……」
「あ、エリ-ゼのこと?」
そう聞くと、二人とも安心した顔になって、朝倉さんは「ごめん、授業の用意があるから」と校舎に戻って行った。
「アレが、どうかしたんですか先輩?」
薬局のおじさんは、演劇部の古い先輩でもあるんだ。
「いやね……ちゃんと作り直そうと思って」
「完成じゃなかったんですか?」
「いや、そうなんだけどね。ミイラのまんまやろ」
「あ、そういうネライで作られたんじゃ」
「前にも言うたけど、あれはうちのカミさんがモデルでなあ」
「ああ、みんなでイメージ言い合いしてるうちにグチャグチャになって……」
「ヤケクソでミイラいう設定にした」
「アハハ、あの時は大騒動だった( ´艸`)」
「いや……あれから、シミジミうちのカミさん……エリーゼを見てきたんやけどな。なんや、うちのハイス薬局と商店街にすっかり馴染んでしもてなあ」
「あ、それは思う。遠目に見たら総堀屋のケメコさんと区別つかないかも」
「うん、いつの間にか、あいつの方が儂らに合わせてくれた感じやなあ」
「あ……」
「あんたは飲み込みのええ子みたいやなあ……せやねん、あのころ感じてたエリ-ゼの姿にしてやろ思てなあ。それを見たら、カミさんもちょっとは……惣堀でしみついたもんはおいそれとは抜けへんやろけど、ちょっとはなぁ」
「うん、いい考えですね。じゃあ、タコ部屋に置いてありますから」
「あ、いや、引き取るのは下校時間になってからにするわ」
「あ、そうか、ニオイが凄いですからね」
「消臭剤のええのんもってくるさかいに」
「はい、じゃあ、部長や他の部員にはわたしから」
「ほんなら、また。ありがとう」
大先輩は、少し頬を染めて、それでも安心した笑顔で校門を出て行った。
タコ部屋に戻る前に、もう一度グラウンドに戻ってみる。
たたなづく叢雲の下、少し強めの秋風がバックネットを飛び越えて吹いてきて髪を押える。八年前の体育祭、障害物競走で飛び損ねたハードルを思い出した。
昼休みに、瀬戸内美晴から、部室棟は予算をつけ直し、来春から保存修理が再開されると聞いた。
ちょっと恩着せがましく言うところが笑いそうだった。
REオフステージ(惣堀高校演劇部) 完
☆彡 主な登場人物とあれこれ
- 小山内啓介 演劇部部長
- 沢村千歳 車いすの一年生
- 沢村留美 千歳の姉
- ミリー 交換留学生 渡辺家に下宿
- 松井須磨 停学6年目の留年生 甲府の旧家にルーツがある
- 瀬戸内美春 生徒会副会長
- ミッキー・ドナルド サンフランシスコの高校生
- シンディ― サンフランシスコの高校生
- 生徒たち セーヤン(情報部) トラヤン 生徒会長 谷口 織田信中 伊藤香里菜
- 先生たち 姫ちゃん 八重桜(敷島) 松平(生徒会顧問) 朝倉美乃梨(須磨の元同級生) 大久保(生指部長) 藤岡(養護教諭)
- 惣堀商店街 ハイス薬局(ハゲの店主と女房のエリヨ) ケメコ(そうほり屋の娘)