ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第91話《退役艦たかやす回航記》惣一 
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江田島で艦長を見送ったあと、横須賀に戻ることになった。横須賀に係留されたままの『たかやす』を種子島沖の馬毛島に移送することになったからだ。
横須賀には連日マスコミや反対派の市民団体、野党系団体、活動家、擁護派、マニアなどが押しかけ、いろいろ問題が起こりそうなので標的になる『たかやす』を再び移動させることになったのだ。僚艦の『いこま』と『かつらぎ』は、そのまま係留。全艦移動させては風当たりが強くなるということらしい。
なんとも中途半端なその場しのぎなのだが、ドローン船事件以来、C国の内情はグチャグチャなのだ。
なんとも中途半端なその場しのぎなのだが、ドローン船事件以来、C国の内情はグチャグチャなのだ。
国内に溜まった不平不満や危機感が『善良なC国漁船を撃沈した日本艦隊と日本政府』に向いた。C国漁船は実際にはドローン船で、爆発したのは巡視船に挟まれて停船させられた時なのだが、C国内では、たかやすを旗艦とする日本艦隊のミサイルと砲撃によって撃沈させられたことになっている。
ご丁寧なことに、精密なCGも作られて、それがC国内では『真実』だと流布されている。反日活動は暴動に発展し、地方政府の半ば以上は武装警察による鎮圧すらできないでいる。軍も動員されて、一部では鎮圧に成功したが、出動に応じない部隊が出始めると、あえて人民の反発を買いたくない部隊は出動を渋り、三日前からは公然と民衆側に付き、とうとう北部の二省と南部の一省が独立を宣言した。
この動乱の全ての責任はたかやすと日本政府にあるという点では、中央政府も地方政府も大方のC国人民の共通認識だ。
日本政府は『遺憾の意を表明』するのが『重大な関心を持って注視』するに変わっただけで、たかやすと、その乗組員を積極的に守ろうという姿勢は無い。七十余年前、ミッドウェー海戦で大敗北した空母艦隊の生き残りを、最前線に送って磨り潰したことに似ている。
出航の朝は、基地の司令以下十数名の見送りがあっただけで、恒例の「軍艦マーチ」の演奏すら無かった。
しかし、よく見ると基地の建物の中から、みんな挙手の敬礼で見送ってくれている。近くの岸壁では、市民や活動家たち数百人が抗議のデモにきていて、マスコミが彼らを中心に取材しているのがブリッジにいても分かった。
「艦長が人身御供になって退役しただけでも足らんようだな」
「ま、我々だけでも日系日本人でいましょう」
一瞬意味の分からない顔をした船務長だったが、ブリッジのみんなには分かったようで、ブリッジは少し和んで、遅れて船務長も微笑んだ。
「艦長が人身御供になって退役しただけでも足らんようだな」
「ま、我々だけでも日系日本人でいましょう」
一瞬意味の分からない顔をした船務長だったが、ブリッジのみんなには分かったようで、ブリッジは少し和んで、遅れて船務長も微笑んだ。
「真田三曹が見えます!」
ウィングの見張り員が、基地のフェンスの外から手を振っているのを見つけた。
免職になった彼は、基地の外から密かに自衛艦旗の小旗で『航海の安全を祈る』と手旗信号を送ってくれていた。
「アンサー送ろうか」
ブリッジの誰かが言ったが、どうせ動画に撮られている。あとで悶着になっては真田三曹にも迷惑がかかるので、ウイングの見張りが「帽振れ」で応えただけになった。真田三曹には、それでも通じていて、後日、葉書で礼を伝えてきた。
遠州沖を通過して熊野灘に差し掛かった時、沖合の海中にC国潜水艦が潜んでいる恐れがあるので、瀬戸内海を通れという指令が入った。
「ガセだろう」
副長も航海長も言ったが、海上幕僚長の指令なので従わざるを得ず、けっこうな燃料と時間を費やして紀伊水道から瀬戸内海に入る。
瀬戸大橋の下をくぐると、数百個の生卵が『たかやす』目がけて落とされた。大半は海に落ちたが数十個が艦体に当たった。
「ここまでやるか……」
もう怒りを通り越して苦笑が出てくる。
「今の様子は記録しておきました。橋の上の人物と車も撮影しておきました」
両舷の見張り員が報告にきた。
「船舶往来妨害だな。一応映像をつけて海保に通報」
艦内は淡々としていた。
さすがに海保や警察が動いてくれて、来島海峡大橋で待ち構えていた卵部隊は解散検挙された。
「ここまでやるか……」
もう怒りを通り越して苦笑が出てくる。
「今の様子は記録しておきました。橋の上の人物と車も撮影しておきました」
両舷の見張り員が報告にきた。
「船舶往来妨害だな。一応映像をつけて海保に通報」
艦内は淡々としていた。
さすがに海保や警察が動いてくれて、来島海峡大橋で待ち構えていた卵部隊は解散検挙された。
13時間分の燃料と時間を無駄にして、ようやく我々のたかやすは馬毛島に到着した。
馬毛島はほぼ全島が3000メートル級の滑走路二本を擁する自衛隊の海上基地で、本土からは隔絶されている。
その馬毛島の自衛隊専用ふ頭、折から入港していた海自最大の空母型護衛艦『あかぎ』の陰に隠れるように接岸させられた。
言うまでもなく『あかぎ』は俺の本籍地と言っていい艦だ。
なんだか、外に出てさんざん苦労した息子が、やっと実家に戻ってきたような気がしないでもなかった。
「あれ?」
下艦のため、荷物をまとめていると、さくらにもらった小さなまねき猫が出てきた。
入れた覚えはないのだが、この程度の癒し系の不思議はあってもいいと思った。
☆彡 主な登場人物
- 佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
- 佐倉 さつき さくらの姉
- 佐倉 惣次郎 さくらの父
- 佐倉 由紀子 さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
- 佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
- 佐久間 まくさ さくらのクラスメート
- 山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
- 米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
- 白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
- 原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
- 坂東 はるか さくらの先輩女優
- 氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
- 秋元 さつきのバイト仲間
- 四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
- 四ノ宮 篤子 忠八の妹
- 明菜 惣一の女友達
- 香取 北町警察の巡査
- クロウド Claude Leotard 陸自隊員
- 孫大人(孫文章) 忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
- 孫文桜 孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる