『婿殿を助けて日本を導いて!』
時空戦艦副長楠千早と名乗って直ぐに消えてしまった。
――じくうせんかんふくちょう……?――
ふくちょう……副長のことだろう。
むかしは無かった言葉だけども、ペリーの来航以来幕府の軍制は変わって、奉行ではなく総裁などと言うし、組頭ではなく隊長という。隊長の次の者を副長と呼称する……奈何は「おまえが男であればなあ」というくらいに頭の回転がよくて勉強もできる。
その奈何でも「じくうせんかん」というのは分からない。
幕末のこの時期「時空」という言葉も無ければ概念もない。
「せんかん」は千貫……千貫……銭(ぜに)が千貫の意味だろうか?
その後、何度か手鏡に千早という女が現れた。
ただ、ほんの一瞬と言ってもいい時間なので実の有る話が出来ない。
女の姓が『楠』だということが分かった。
楠千早……調べて分かった。楠正成の伝説上の娘の千早姫に違いない。
楠正成は江戸期を通じて武士の鑑のような存在で、先般十五代将軍に就任した慶喜公などは水戸の出身でもあり楠正成を称揚している。
これは、不思議な手鏡を通して千早姫が自分を導いてくださるのだろうと感激した。
「忠臣楠正成公の姫君なのですね!?」
一瞬戸惑ったような顔になったが「そうです、これから言うことを……」
なにか自分に伝えようとして切れてしまう。
今まさに前島来輔との縁談が持ち上がり、奈何自身の人生が大きく変わろうとしている。調べてみると前島来輔という人物は予想していたとおり先祖代々からの幕臣ではなく、越後の百姓の息子である。世話役の勝安房守も三代前は越後の百姓だ。きっと、その縁からの話であろう。
勝安房守様は幕府に海軍をお創りになっただけではなく、慶喜公直近であり、これからの幕府と日本を視野に置いて活躍されている。その勝様のご推挙、前島来輔様もひとかどの人物であろうと胸を高鳴らせた。
「前島来輔様に嫁ぐことになりました」
その夜も、その一言だけを伝えると手鏡の面は漆黒に戻ってしまった。一瞬千早姫が目を見張ったような気がした。
神さまのような千早姫が目を見張るんだ、前島来輔というお方はひとかどの人物には違いないと確信した。
――婿殿は日本を救う人物です! 婿殿を助けて日本を導いて! それが貴女の使命……――
そこで切れてしまい、その後は長く通じることが無かった。
その七日後、前島来輔に嫁いで奈何の奮闘が始まった。