くノ一その一今のうち
「魔石との相性が良くなったようだね、そのちゃん」
立ちふさがった多田さんは、まあやの付き人になったころの気安さで語り掛けてくる。
「惜しいなあ……木下についていてくれたら、僕のようなロートルは、さっさと引退して里で子守でもしていられたんだけどね。魔石をそこまで使いこなすようになっては見過ごすことはできない」
「どうしようと……」
「そのちゃんを止めます」
「どうやって」
「やり方は色々だよ」
「いろいろ」
「うん」
「ですか……」
言葉少なに対応しながら多田さんの周囲を駆けまわる。魔石の力もあってレギュラーの数倍の速度が出ている。もし、多田さんが並みの視力なら、わたしの姿は五人以上に見えているはずだ。
ビュン ビュン ビュビュン ビュンビュン ビュン ビュン
「おお、首が大きくなってきた……」
遠心力を消すために内側に傾斜している。
つまり、多田さんに一番近づいているのは、わたしの顔で、体とのバランスは『不思議の国のアリス』のハートの女王ぐらいに見えているはずだ。
「どう、多田さん」
「フフフ、フレームレートが24くらいに落ちたと思っているんじゃないかな?」
フレームレート24。
昔のアニメぐらいのコマ数だ。この速度で走っていれば、多田さんに見える姿はカクカクして、五人、いや八人くらいの分身の術になっている。
混乱させて隙を突けば、簡単に倒せる。
シュバ!
やられた( *o*)!
目の前が真っ白……目の前でフラッシュのような閃光が走った!
ホワイトアウトしてしまって、しばらくは視力を奪われてしまう!
犬のウンコを見つけた時みたいに脊髄反射で飛び退る!
さすがは照明技師、絶好のタイミングでマグネシウムかなんかを焚いたんだ!
ズチャ
しかし、着地しても視力は奪われてはいなかった。
『大丈夫ですか!?』
視界の外からえいちゃんの声。
――う、うん、大丈夫――
口に出して言おうと思ったら、目の下にえいちゃんが張り付いている。
「とっさに目を庇ってくれたんだ」
えいちゃんとも、まさに阿吽の呼吸。
すでに多田さんははるか後方でこちらを睨んで動かない。
忍びの脊髄反射で走り続ける。あの目くらましは、閃光を放った瞬間、自分も目をつぶらなくてはならない。
その僅かの隙に、わたしはリードしたんだ。足にかけては多田さんにひけはとらない。
黒煙を上げ、半ば以上を撃破された機甲旅団を背に数秒佇んでいた多田さんだったが、その姿に闘志は感じられなかった。
放っておいても大丈夫だろう。
胸の魔石に手を当て、草原の国を目指して疾走する。
あたしは……風魔忍者、そのだ! そのいちだ!
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母(下忍)
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長(上忍) 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優 豊臣家の末裔鈴木家の姫
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三(中忍) 脚本家・三村紘一
- 十五代目猿飛佐助 もう一つの豊臣家末裔、木下家に仕える忍者
- 多田さん 照明技師で猿飛佐助の手下
- 杵間さん 帝国キネマ撮影所所長
- えいちゃん 長瀬映子 帝国キネマでの付き人兼助手
- 豊臣秀長 豊国神社に祀られている秀吉の弟
- ミッヒ(ミヒャエル) ドイツのランツクネヒト(傭兵)
- アデリヤ 高原の国第一王女
- サマル B国皇太子 アデリヤの従兄