真凡プレジデント・84
勘違いするところだった。
秀吉さんは、わたしかすみれさんのどちらかが家康さんの嫁になれと言うつもりではなかった。
二人とも、まだ三十代で十分魅力的なんだけど、それは二十一世紀の令和の時代でこそ言えることで、戦国時代も終盤の十六世紀末、秀吉さんの感覚でなくとも――おみゃーは、もう、そういう歳ではにゃ~よ――ということなんだ。
「かえで様はお血筋ではございませぬ」
石田さんは、そうフォローしたけど――あなたさまは年齢的に無理です――という本音がありありと分かる(^_^;)。
「おるではにゃーか。うってつけの血筋のもんが~」
ピンとこない三人に正解が告げられた時、わたしもすみれさんも息をのんだ。
え!?
石田さんは、はっきりと反対の意思が表情に出て、一言言おうとしたところに秀吉さんが被せた。
「佐吉、そーゆー顔は人に嫌われるでかんわ。驚くところまではえーが、相手の言葉も終わらんうちに不足な顔するんでにゃ~」
「これはしたり。ならば、そのお使い、佐吉が承りまする」
「よし、よう言うた!」
早手回しに使者を名乗り出た石田さんは偉い。それを即座に褒めた秀吉さんも大したもんだ。
はっきり言って、石田さんには向かない仕事だ。
頭の回転は素晴らしいが、この優等生顔で理屈を言われても人は反発が先に立つ。
秀吉さんは、石田さんの申し出を、こう修正した。
「佐吉では論が立ちすぎる。それに、これは羽柴家(まだ豊臣の名乗りはしていない)と徳川家とあの家の奥向きの話だでよ、柔らこういかにゃなあ……」
そうして、わたしとかえでさんが秀吉さんの内々の使いと言うことになり、石田さんは、頼りない奥女中二人のお目付け役ということで収まった。
わたしたちは、奥女中二人の寺参りほどの身軽さで、そこを目指した。
一万石の小身ながら尾張の名族である佐治日向守さまのお屋敷。
当代は夫婦養子である。
取り立てて業績のある大名ではないが、万事に腰が低いが卑しくもなく、実直に家を守ろうとする姿は、一族郎党から領民の間にまで悪い噂が立たない。
その夫婦養子には、一つだけ問題があった。
夫婦の間に子が生まれないのである。
当主の日向守は、そのことには無頓着で、いずれ一族本流の家から養子を迎えて、自分は妻共に隠居しようと考えている。
そうすれば、自分たちが養子に入り込むことを腹の中では反対していた佐治家の者たちも納得、夫婦二人も気楽に老後を迎えられると考えている。
そう、この佐治家の当主夫妻こそが、二十年前に婚礼を上げた茂平さんと秀吉の妹のあさひさんだったのだ。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、いまは家でゴロゴロ
- 橘 なつき 中学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問
- 柳沢 琢磨 天才・秀才・イケメン・スポーツ万能・ちょっとサイコパス
- 北白川綾乃 真凡のクラスメート、とびきりの美人、なぜか琢磨とは犬猿の仲
- 福島 みずき 真凡とならんで立候補で当選した副会長
- 伊達 利宗 二の丸高校の生徒会長
- ビッチェ 赤い少女
- コウブン スクープされて使われなかった大正と平成の間の年号