大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ライトノベルベスト『ジュリエットからの手紙・1』

2021-05-16 06:17:22 | ライトノベルベスト

イトノベルベスト

『ジュリエットからの手紙・1』  

 




 思いがけなく遅くなってしまった。

 で、普段はあまり通らない商店街の裏道を通って帰ることにした。商店街は私鉄とJRの間にあり、その一本裏通りの住宅街との間の裏道が、我が家への近道。

 いつもは通らない。

 朝は、高校に入ってから仲良しになったノンコといっしょに商店街を歩いて駅まで行く。帰りは、人通りが少なく、女子高生としてはちょっと敬遠。

 でも、今日は特別。

 コンクールを控え、部活が遅くなってきたところへもってきて、わたしはグズグズしていた。いや、グズグズじゃ、自分がかわいそう。
 部活が終わって、校門を出たところで、わたしは、クラスメートでサッカー部の杉本君といっしょになってしまった。
 
 わたしは、そこでコクられてしまった。

 まったくの想定外。杉本君はイケメンで、いかにもスポーツマン。でも、わたしは、そんな目で杉本君を見たこともなかったし、見られているとも思っていなかった。
「感情吐き出して、今すぐ素直になれ♪」「好きって言葉は最高さ♪」などと、アイドルグル-プは、お気楽に歌っているけど、現実は、そんなに簡単なもんじやない。
 
 わたしは、告白しようなんて思ってないけど、好きな人がいる。わが部活のコーチの稲葉さん。

 A大の演劇科の学生。そして、わたしたちの学校の先輩でもある。今回の地区大会で優勝できたのも稲葉先輩のお陰なんだ。
 女子ばっかりの演劇部で、稲葉さんは、公平に部員を見てくれる。顧問の増田先生からも言われてるんだろうし、自分でも、そうケジメをつけている。コ-チ就任のときも「ボクには彼女が居る」と、わざとらしく宣言している。稲葉さんに彼女がいるとしたら、演劇の女神様だ。
 
 わたしは、杉本君を傷つけたくなかった。

 だから、駅までノラリクラリ。で、思いかけず遅くなってしまったわけ。
 この道は、夏休みの部活で通って以来だ。この道は「く」の字になっていて、「く」の字の角のところで、商店街に抜ける路地につながっていて、一軒だけお店の裏側が、この裏道に面している。そのお店は、昔はアンティークのお店だったけど、今は、どんなお店になっているか分からない。

「く」の字の角で、わたしは「あれ?」と思った。

 四角いゴシック風な箱に足が付いたポストが立っている。

 

――ジュリエットのポスト――

 

 浮き彫りになった下に注意書き。

『郵便局のポストではありません。ジュリエットへの手紙のみ、このポストに入れてください』

 タソガレ色のライトに照らされて、とても不思議な感じだ。

 明くる日からは、コンクールの本選に向けて朝練が始まり、わたしは、その近道の「く」の字を通って学校に行った。

 あれ……?

 ジュリエットのポストは、そこにはなかった。ちょっと戸惑ったけど、そのまま学校へ行った。
 杉本君は、教室ではポーカーフェイスでいたけど、わたしを意識しているのは分かる……ってことは、わたしも意識しているということなのだろうか。
 クラブでは、稽古も大詰め、稲葉先輩のダメ出しにも熱がこもり、わたしの稲葉先輩への思いにも熱が籠もる。
 帰り道、やっぱ杉本君といっしょになる。他にサッカー部の男の子が前の方を歩いているので、たまたま演劇部の遅練が、サッカー部といっしょなんだと思った。
 そして、杉本君と別々になって帰り道の「く」の字に入る。朝には無かったジュリエットのポストが立っていた。

『恋にお悩みの貴女、ご遠慮なく、お手紙を。ジュリエット』

 夕べとは、注意書きが変わっていた。まるで、わたしの心を見透かしたように……。

 そんな日が五日続いた。朝になれば無くなっているジュリエットのポスト、日ごとにつのる稲葉先輩への思い。そして、帰り道、必ず一緒になる杉本君。三日目には、わたしたちの前後にサッカー部員の姿は無く、日ごと遅くなる私の部活に彼が合わせて待っていてくれていることが分かった。

 で、とうとう、スマホの番号を教えてしまった。

 杉本君は、浮ついたところのない男の子で、メールも日に一回しか寄こさない。わたしの心が、彼からは少し距離があることを知っていて、自然な距離をとってくれている。そんな彼の気配りに、少しずつ気持ちが傾いていく。

 コンクールの本選では、わたしたちは惜しくも選外になり、部活は、平常のそれに戻り、稲葉先輩も、あまり来なくなった。コーチというのは、年間指導日数が決まっていて、それを超えると、交通費も含めて自腹になり、学生である稲葉先輩が、毎日来るのは厳しいものがある。それに、なにより、先輩自身学生で、自分の勉強だって生活だってある。アルバイトとか、彼女とのこととか……妄想は愛おしさとともに膨れあがっていく。

 日々の付き合いから、杉本君に傾くわたし。会えないことで稲葉先輩への思いを募らせるわたし。

 わたしは、自分が分からなくなってしまった。


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