ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第135話《髑髏ものがたり・7》さつき 
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イケメン中尉さんが戸惑ったような顔して桜子さんのやや後ろに立った……ところで目が覚めた(^_^;)。
新聞の反応は直ぐには出なかったけど、翌週、うちの雑誌が出たころから反応があった。
反応は二種類。
戦死者の首を切って骨格見本のようにした猟奇性と残虐性への表面的な興味。いわゆる怖いもの見たさ。
それと戦争犯罪とまで主張するラディカルな反応。戦闘地域や時期がはっきりしているので、当時のオーストラリアの部隊や兵士まで明らかになった。
オーストラリア政府は、当初は否定していたが、当時部隊にいた兵士が生きていて「本当だった」と証言した。この証言は証拠写真が付いていた。鍋の中で煮られる首と兵士たちの飯盒炊爨のように喜んでいる姿が生々しく写っていた。当然兵士の名前まで分かったが、すでに故人になっていた。
「父がやったこととはいえ、これは死者に対する冒涜です。たいへん残念に思います。父に代わってお詫びします」
年老いた故人の娘さんが涙ながらに謝っていた。
「写真は、野生のノブタを煮ているところ。言いがかりだ!」
という人もいた。
「父がやったこととはいえ、これは死者に対する冒涜です。たいへん残念に思います。父に代わってお詫びします」
年老いた故人の娘さんが涙ながらに謝っていた。
「写真は、野生のノブタを煮ているところ。言いがかりだ!」
という人もいた。
しかし、誰かを糾弾しようとか責任とか謝罪とかは、わたしも出版社にも無かった。阿部さんからも、そういうのは感じなかった。読者やネットの反応も身元の判明を喜ぶとか、早くご供養してあげようとか穏やかなものが大半だった。
あたしは山下公園入口前に立っている。
あたしは山下公園入口前に立っている。
阿部中尉が「山下公園に行きたい」と夢の中で言ったから。
横断歩道を渡ったら公園なんだけど、あいにく信号は赤。
阿部さんの部隊は横浜から外地に向かった。当時は桜木町の駅から部隊ぐるみ行進して埠頭の輸送船に乗るだけだった。途中、山下公園や港の見える丘公園も見えて、戦争が終わったらゆっくり来てみたいと思っていたんだって。
「ここはね、関東大震災の瓦礫を埋め立てて造った公園なんだよ。子供の頃から、よくここで遊んだもんだ」
「ここはね、関東大震災の瓦礫を埋め立てて造った公園なんだよ。子供の頃から、よくここで遊んだもんだ」
阿部中尉が言う。もう目が覚めていても姿が見える。あたしは人が見たら独り言を言っているように見えたかもしれない。
「あんまり嬉しそうなお顔には見えないんですけど、ひょっとして、あたしがやっていることって、余計なことだったですか?」
「滅相もない……さつきさんや、惣一君には感謝している」
「なんですか?」
「戦争とは異常で非情なものさ、我々も褒められたことばかりやってきたわけじゃないしね……敵の兵隊を恨む気持ちは、自分にはない。こうやって平和な横浜にやってきて、なんだか……」
「なんだか?」
「うちの中隊にあんまの上手い兵隊がいてね」
「あんま……ああ、マッサージですねぇ」
「そいつに揉んでもらうと、体中がホコホコして、ボーっとしてしまうんだ。それに似ている」
「そ、そうか、心の凝りが解れるんですね」
信号が青に変わって横断歩道を渡る。
「ビートルズのレコードジャケットみたいだな」
「え、ビートルズ知ってるんですか!?」
「ああ、アレクの親父はビートルズファンでね、棚の上にしまい込まれていてもレコードが聞こえたし、テレビも見えたからね」
「あはは、そうなんだ(^_^;)」
「あ、今の……」
公園に入って間もなく銅像の横を通って振り返る阿部さん。
その銅像は、入り口からは背を向けた後姿なので、つい気づかずに通り過ぎてしまう体育座りの女の子。
たしか……
「赤い靴履いてた女の子だ……」
「ああ……」
正直忘れてた。
子どもの頃に遠足で来て、先生が『校外学習のしおり』をめくって説明してくれた。
赤い靴 穿いてた 女の子ぉ……
阿部さんが小さな声で口ずさむ。
「妹がよく歌ってたんだ……」
「そうだったんですか」
調査したんで分かってる、妹さんは空襲で亡くなっている。
だから、すぐにはかける言葉が浮かんでこない。
「異人さんに連れていかれて青い目になるんだがね、それが物悲しいんだけど、そこがいいらしい」
赤い靴の女の子にはモデルがあって、少し後日談がある。
でも、それは、なんだか妹さんのこととも重なるようで深入りはしない。
「向こうに見えるのは氷川丸だね、アメリカ航路の豪華客船だ」
「行ってみますか!」
あやうく「大人二枚」と言うところだった。
二人で氷川丸に乗った。陸軍中尉さんは子供のようにデッキを走り、タラップを上り下りした。
「そうだ、タイタニックごっこをしよう!」
あやうく「大人二枚」と言うところだった。
二人で氷川丸に乗った。陸軍中尉さんは子供のようにデッキを走り、タラップを上り下りした。
「そうだ、タイタニックごっこをしよう!」
「タイタニックごっこ?」
「ほら、二十世紀の終わりごろに映画になったじゃないか。アレクがビデオで観ていた」
「案外ミーハーなんですね」
「ME HER? 英語かい?」
「いや、そうじゃなくて……」
案外俗語の説明というのは難しい。
「ああ、思い出した。ミーハーのことか!」
案外俗語の説明というのは難しい。
「ああ、思い出した。ミーハーのことか!」
「分かるんですか?」
「ああ、昭和の初めにはあったからね。ある事象に対して(それがメディアなどで取り上げられ)世間一般で話題になってから飛びつくことだ。ミーはみつまめのことで、ハーは林長次郎のことだ」
「林長次郎?」
「ああ、僕らの時代の二枚目スターさ。女の子が好きな、その二つをくっつけてミーハーになったんだ」
「そうなんだ」
「さあ、舳先に行こう」
「あそこ立ち入り禁止ですよ。監視カメラもあるし」
「なあに、五分ほど見えないようにすればいいんだ」
阿部さんの言うことを信じて舳先の方へ。すると、動かないはずの氷川丸が白波を立てて、いっぱいに向かい風を受け大海原を走り始めた。あたしたちは、無邪気にタイタニックごっこをやった。
不思議なことに、映画と同じアングルでスマホに映像が残された。
誰にも見せない、あたしだけの宝物になった。
阿部さんの言うことを信じて舳先の方へ。すると、動かないはずの氷川丸が白波を立てて、いっぱいに向かい風を受け大海原を走り始めた。あたしたちは、無邪気にタイタニックごっこをやった。
不思議なことに、映画と同じアングルでスマホに映像が残された。
誰にも見せない、あたしだけの宝物になった。
☆彡 主な登場人物
- 佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
- 佐倉 さつき さくらの姉
- 佐倉 惣次郎 さくらの父
- 佐倉 由紀子 さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
- 佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
- 佐久間 まくさ さくらのクラスメート
- 山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
- 米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
- 白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
- 原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
- 坂東 はるか さくらの先輩女優
- 氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
- 秋元 さつきのバイト仲間
- 四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
- 四ノ宮 篤子 忠八の妹
- 明菜 惣一の女友達
- 香取 北町警察の巡査
- クロウド Claude Leotard 陸自隊員
- 孫大人(孫文章) 忠八の祖父の友人 孫家とは日清戦争の頃からの付き合い
- 孫文桜 孫大人の孫娘、日ごろはサクラと呼ばれる
- 周恩華 謎の留学生