時かける少女BETA・56
≪帰還 コビナタの願い≫
目の前にハーブティーのほのかな湯気、湯気の向こうにコビナタの済まなさそうな顔。
「お疲れ様。今度は十年もがんばってもらったわね……」
「世界は変わりましたか」
「そうね……」
二人は、庭の世界の樹を四阿(あずまや)の窓越しに見上げた。
「……なにも変わっていないように見えますね」
「ミナにも分かるようになったのね」
「はい、タイムリープする理由も分かってます。今回のは秀吉の朝鮮侵略を止めるものだったんですね」
「ええ、それは成功したわ。豊臣の政権は、史実通り1615年に秀頼の代で滅んでしまったけどね」
「やっぱり、あの子は秀頼って名づけられたんですね……」
「文禄慶長の役が無くなれば、半島との関係は良くなるだろうと思ったんだけどね」
コビナタは一本の枝の節くれを、ため息をつきながら見た。
「節の位置が変わってますね」
「十七世紀、明と清が遅れて衝突した。史実より十年も遅れて。遅れた分、清は力を付けてきた。その分歴史が変わった」
「清が明にとって代わるだけじゃないんですか?」
「半島にまで手を伸ばして、半島の北半分を清国領にしてしまった。半島の政権は三代家光のころに江戸幕府に援軍を頼んできた」
「援軍を頼んできたのは明じゃないんですか?」
「援軍を依頼する間もなく、明は滅んでしまったわ。歴史は代わりのものを用意する。それが半島の王朝」
「……たしか、柳生や老中の反対で救援を拒否するんですよね」
「そう。この映像を観て」
「……老中評議の結果。朝鮮への援軍はいたさぬこととあいなりました」
酒井雅楽頭(うたのかみ)が老中の総意を家光に奏上した。一瞬家光の顔は朱を刷いたようになったが、深呼吸すると、冷静に頷いた。
「組織として、幕府は出来上がっているんですね……でも、これで半島からは?」
「倭の裏切りって、教科書には載ってるわ」
「え、そんな……」
「国が半分取られたからでしょうね。日本は助ける力がありながら半島の悲劇を見殺したことになってる」
ハーブティーの香りがいっそう強くなったような気がした。
「あの枝の先には、もう節くれを作りたくないの」
香りの強くなったハーブティーを飲み干して、ミナは聞いた。
「今度は、なにを?」
「今度は明治と大正……日韓併合を阻止してほしいの」
コビナタが、リープの前に目的を明確に示すことは珍しかった。今度は意気込みが違うとミナは思った。
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