「どうしてプロにならないんですか?」
そう聞かれて、SEN48のメンバーは答えにつまってしまった。
初めての記者会見に呑まれただけではない、そんなこと考えもしなかったのだ。
「えと……二か月前に、やってみたいだけで集まって、気づいたら、ここにいたってのが正直なとこです。これでいいかな?」
安祐美がメンバーに目配せ、ポナたちは顔を見合わせ、せわしく首を縦に振った。
「なんだか仲良しの小鳥みたいだな」
若い記者が言うと、温かい笑いがそよそよと会場に溢れた。
「そうなんです、この空気なんです」
田中ディレクターがニコニコしながら核心に触れる。
「T自動車からCMのお話しがあって、すぐに動画サイトで観たこの子たちに結び付いたんです。この子たちは、ごく自然に学校からはみ出たんです。部活へのアンチテーゼでもなくプロになろうという貪欲さでもなく、好きでやっていることが大勢の人たちの共感を得ました。この自然でゆるい明るさが、T自動車のコンセプトとも合いました。一言で言えば、今のこの空気です。この子たちといると、なんだか春の陽だまりの中に居るような気持ちになるでしょ」
「それで『陽だまりの五人』ですか」
会場の記者たちは納得し、ポナたちは(?)になった。
「どうしよう、ドキュメンタリーだよ」
「いいじゃん、CM用に撮ったビデオ使うんだから、新しく撮ることはないでしょ」
「それが困る」
「なんで?」
「不細工に映ってるのもん、CMで流れてるのは一瞬だからいいけど、ドキュメンタリーだと尺長いから……」
「ハハハ、笑っちゃうなあ、奈菜」
ポナが笑うと、他の三人もつられて笑った。
「もう、日本中に奈菜の不細工が流れるんだよ」
「奈菜、自分はおブスだと思ってるの?」
「今は違うよ。自分で言うのもなんだけど、あたし、この一か月で可愛くなった」
「奈菜はもともと可愛いよ」
「そんなことない。あたし最初のころは付いていくのがやっとだった。この一か月でなんとか……」
歩道の向こうから自転車が走ってきた、それを避けようとしてポナたちは一列になった。
「……奈菜」
最後尾の奈菜が、そのまま遅れてしまった。
「奈菜、これ見てごらんよ」
ポナがスマホを手に奈菜の横に並ぶ。
「……なに?」
「この奈菜は?」
「こないだの福島ライブ」
写メを見せられて奈菜は即答した。
「ブブー。初めての福島ライブのときの!」
「え、うそー、この顔は最近だって!」
「よく見てごらんよ、ここにお婆ちゃん写ってるでしょ」
「ああ、仮設住宅の……」
「お孫さんが亡くなって、お線香あげにいったじゃん」
「ああ、あの……また観に来てくれたんだ」
「ちがうよ……このお婆ちゃん、あの後亡くなったんだ」
「うそ……!」
「だから、これは最初に行った時の。仮設の人たち喜んでくださって、それであたしたちも嬉しくって……ね、奈菜は最初から可愛くてカッコいいんだよ」
「そうなの……」
「そうだよ」
「そうなのよ」
前を歩いていた三人がポナと奈菜が遅れているのに気付いて、それが可笑しくてコロコロ笑いながら戻ってきた。二人もなんだか可笑しくなってコロコロ笑う。
どんより曇って肌寒の街だったが、五人がいる歩道の上は、そこだけがまるで陽だまりのような温もりだった……。
☆ 主な登場人物
父 寺沢達孝(60歳) 定年間近の高校教師
母 寺沢豊子(50歳) 父の元教え子。五人の子どもを育てた、しっかり母さん
長男 寺沢達幸(30歳) 海上自衛隊 一等海尉
次男 寺沢孝史(28歳) 元警察官、今は胡散臭い商社員、その後乃木坂の講師、現在行方不明
長女 寺沢優奈(26歳) 横浜中央署の女性警官
次女 寺沢優里(19歳) 城南大学社会学部二年生。身長・3サイズがポナといっしょ
三女 寺沢新子(15歳) 世田谷女学院一年生。一人歳の離れたミソッカス。自称ポナ(Person Of No Account )
ポチ 寺沢家の飼い犬、ポナと同い年。死んでペンダントになった。
高畑みなみ ポナの小学校からの親友(乃木坂学院高校)
支倉奈菜 ポナが世田谷女学院に入ってからの友だち。良くも悪くも一人っ子
橋本由紀 ポナのクラスメート、元気な生徒会副会長
浜崎安祐美 世田谷女学院に住み着いている幽霊
吉岡先生 美術の常勤講師、演劇部をしたくて仕方がない。
佐伯美智 父の演劇部の部長
蟹江大輔 ポナを好きな修学院高校の生徒
谷口真奈美 ポナの実の母
平沢夏 未知数の中学二年生