アンドロイド アン・2
『味噌汁アンドロイド』
味噌汁の香りで目が覚めた。
一瞬、子どものころの記憶が蘇りかけるが、意識の水面に浮かび上がる前に沈んでしまった。
「え、朝ごはん作ったの?」
「そう、朝は、きちんと食べなきゃね」
エプロン姿のアンがニコニコして言う……昨日押しかけてきたばかりなのにしっくり馴染んでいる。
「でも、食べてたら学校に遅刻しちゃうよ。顔洗ったら出るから……」
そう言って、洗面に向かった。
「フフ、そう言うだろうと思って、時計を四十分進めておいた~♪」
で、何カ月ぶりかで朝ごはんを食べるはめになった。
「……………」
「どう、おいしい?」
アンドロイドが作った飯なんて……と思ったが、おいしかった、特に味噌汁が。
「アジの一夜干し、玉子焼き、梅干しとおしんこ。お味噌汁の具は、豆腐と油揚げ……もひとつ、な~んだ?」
「えと……これ?」
ボクは見たことも食べたことも無いものを、お椀の中からつまみ上げた。
「さあ、なんでしょ?」
「キノコの一種なんだろうけど……なめ茸はもっと太いよな」
「エノキだよ」
「エノキって、こんなに味がしないよな?」
「特製乾燥エノキ『アンスペシャル』 味は生のエノキの十倍、キノコキトサンとかグアニル酸とか入ってて、体にいいの。頭にもね。新一の場合、弱点の記憶力によく効く。ほんとだよ♪」
たしかにボクは記憶が苦手。いや、逆の言い方をすると……忘れることが上手い。
いつもは、朝ごはんも食べずにギリギリに家を出るけど、今日は十五分も早く出て、二本早い電車に乗った。当然だけど乗客の顔ぶれは全然違う。二本早い電車の車内は、こころなし空いていて、遅刻ギリギリの殺伐、あるいは厭世的なダルさがない。
学校に着くと、みんなに驚かれた。担任は目をパチクリするし、遅刻仲間の赤沢には裏切者のような目で見られた。
二時間目には重大なことを思い出した。
クラスに小金沢灯里という才色兼備の美人がいる。そう、その時までは、ただの美人のクラスメートだった。
思い出してしまった。彼女が好きだと、大好きだという自分の気持ちを……味噌汁の効き目はテキメンだった。